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あれは、寒い冬の夜のこと。
彼の誕生日の夜にも、眩しいくらいの白い光を見た。

あの日仰いで見たそれが、今日は眼下にあった。



12 水面の夜更かし



着いたのは湖だった。
正確には湖というほど大きくはないかもしれないが、四方を陸に囲まれた大きな水たまりは充分湖に見えた。

「わあ……!」

夜であれば真っ黒なはずの水面には白く美しい満月が映っていた。
月だけでなく、満天の星々も眼下で輝いている。
見上げるはずの夜空が足元から広がっている光景は幻想的だった。

「綺麗…」
「昨日、班でこの古城を通りがかった時に見つけた。name、お前は月が好きだろ?」
「うん…夜空を覗き込むなんて初めて…素敵」

うっとりと湖を眺めるnameに、リヴァイは満足そうに目を細めた。
以前に2人で月を見に行った時、彼女がとても喜んでいたのが印象的だった。

「ここは無風の日の夜に訪れると水面に夜空が映ってロマンチックなんだ」と、班の誰かが言っているのを聞いたのは昨日のこと。
そこで真っ先にnameの顔が浮かんだ。
いつ連れて行ってやろうかと思案していれば、今日は風なんて吹いていない晴天。
しかも、夜は丁度満月だと知って、行くなら今日しかないと思ったのだった。

「少し入ってみてもいい?」
「……あ?」
「ここ浅瀬みたいだし、足だけ入ってみたいの」

すっかりいい雰囲気だと思っていたリヴァイは、nameの素っ頓狂な質問に目を見開いた。
nameは海に入る感覚で言っているだけだったが、海は元より海水浴なんてものを知らない彼からすれば、彼女の言っていることは理解できなかった。

首をかしげているリヴァイの返事を待たずにnameは靴を脱いだ。
思い切って足首まで水に浸かると、想像以上の冷たさで鳥肌が立つ。

「おいっ…!」
「冷た…っ!そっか、海より湖や川の方が水温が低いんだっけ」
「name、危ねえだろうが」
「遠くまでは行かないから。リヴァイもどう?」
「いや…俺はいい。気をつけろよ」

砂を踏む感覚が何とも楽しく懐かしい。
昔、両親に海に連れて行ってもらったことを思い出した。

ちゃぷんと水を蹴ると、水面に波紋が広がった。
静止して波紋が無くなるのを待てば、水面には再び星空が映る。

上を見ても、下を見ても夜空がある。

「まるで宇宙にいるみたい」

足元の星へ手を伸ばして両手で掬う。
水面は揺れ、星は見えなくなってしまった。
それでも掬い上げると、純度の高い水は手の中でキラキラと輝いていた。

「おい、そろそろ戻れ。足が冷えるだろ」

振り向くと、リヴァイは浅瀬に少し足を踏み入れていた。
ギリギリ濡れないところで足を止めているが、湿った砂のせいで靴は汚れてしまっただろう。

「あ、ごめんなさい」

そう言って踵を返そうとした時だった。
踏み出した左足が深く沈んだ。

「わっ!?」
「っ、name!」

リヴァイは飛沫を上げてnameに駆け寄る。
先に腕を掴み、次に腰を掴んだ。
その支えを頼りにして、彼女は左足を引き抜く。

「びっくりした…ここら辺は急に深くなってたみたい」
「だから気をつけろと言っただろ」
「ごめんなさい。助けてくれてありが…っ」

足元から目線を上げたnameの謝辞の言葉が途切れる。
すぐそばにリヴァイの顔があった。
兵団に来てからというもの、恋人らしい時間を過ごせていない。
久しぶりのこの距離感に心臓が跳ねた。

リヴァイは彼女の腰に添えた手に力を込めると、そのままぐっと自分の方へ引き寄せた。
そして、彼女の唇に自分のそれを重ねる。
久しぶりに味わう柔らかな唇に、身体の熱がじわりと広がるのを感じた。

唇を離してnameを見下ろす。
月光を浴びたムーンストーンが彼女の首元できらっと光った。
リヴァイは光る石に触れ、そっと包む。


「お前が病気だとわかった時…正直、平静じゃいられなかった」


ロヴォフの使いからnameの足の話をされた時、ファーランとイザベルを落ち着かせるために、動揺は無表情の仮面の下に隠していた。
しかし、内心はとても乱れていた。

調査兵団の接触など待たずに、今すぐにでもあの男を殺してやりたかった。
そして、地上の居住権とやらを剥奪できないかと、短絡的な思考に陥っていた。

エルヴィンの計らいというのが気に入らないが、兵団に来た初日で医者に診てもらえたのは幸いだった。
他人によってnameに病気が知れてしまったのは失態だったが、症状は軽度ですぐに治ると聞いた時は心底、心底安堵したのだ。

「リヴァイ…」

石を包むリヴァイの手に、nameも自分の手を重ねた。
寄せられた彼の眉間が悩ましい。
あまりに切なげで、思わず安心させるように笑いかける。

「心配かけてごめんね、必ず治すから」
「ああ…必ずだ。俺から離れることは許さねえ」

地下の狭い家だろうが、王都の快適な暮らしだろうが、どんな未来を描いても、そこにnameがいなければ意味がない。
しかし、病魔にはなす術がない。
他の障害からは守ってやれるというのに。

リヴァイは手の中の石を割れてしまいそうな程に強く握りしめた。
そして。


必ず守り抜くから、この手に抱けるくらい、いつでも傍にいてほしい───。


そう、強く想った。


「俺は神なんざ信じちゃいないが、お前を失わないためなら何にだって願う。例えそれが、悪魔だとしても」


何かに願うなど他力本願もいいところだ。
けれど、nameのためならばそれも構わない。

手の中のムーンストーンが、一瞬、熱を持ったように感じた。


「悪魔に願うのは、いい予感がしないから怖いな」

nameは困ったように笑いながらリヴァイの前髪を撫でる。
彼は微かに表情を和らげると、足元を確認しながらnameを岸まで誘導した。

暫く佇んでいたため、やはりnameの脹脛は冷えていた。
リヴァイに至っては、靴からスラックスの膝あたりまで濡れてしまっている。
その姿を見たnameは、とても申し訳なくなってしまった。

「ごめんなさい、ズボンが…」
「気にするな。それより、帰ったらよく体を温めろ。夏とはいえ風邪をひくかもしれねえからな」

どこまでも気遣ってくれる彼に、部屋に戻ったら言われた通りにしようと心に誓った。



***



nameの部屋までの道中、夜も深い兵舎はすっかり静まり返っていた。
廊下に響く互いの靴の音がやけに響いて聞こえる。

「そういえば、定着したな」
「え?」
「言葉遣い」

リヴァイの言ってることを理解したnameは得意げに笑って見せた。
彼女にしては珍しい表情だ。

「でしょ?もう意識しまくって敬語をなくしたんだから」

リヴァイのことを呼び捨てするようになった頃、敬語もなくすよう彼に言われた。
それは流石に憚られると断ったが、ファーランにできて自分にはできないのはどういうことか?と不機嫌になってしまったので、その日から努めて敬語を使わないようにしてきた。

一ヶ月ほどが経ち、そろそろname自身も違和感がなくなってきていた。

「今更だけど、恋人とはいえ年下にタメ口使われるの嫌じゃない?」
「それを言ったらイザベルはとっくに追い出してるな」
「ああ、それもそっか」

そう納得したところで、部屋に着いてしまった。
nameは鍵を解錠する。

「素敵な場所に連れていってくれてありがとう。おやすみなさい」
「ああ」

リヴァイはnameの頭を撫でつけて背を向けた。

「あ……」


あの家にいた頃も、部屋の前でおやすみと言って別れていた。
リヴァイは隣の部屋に戻るだけ。
けれど、今は別棟で離れているために、彼の存在をすぐ隣に感じることはできない。

(…寂しい)

そう思ったnameの手は、無意識のうちにリヴァイへと伸びていた。


「…おい、どうした」
「……!」


驚いたようなリヴァイの声に我に返る。
しまった。
つい、名残惜しくて抱きついてしまった。

後ろから回した腕をさっと引く。
なんでもない、と言いかける。
しかし、時すでに遅し。

振り返った彼は、実に楽しそうに口角を上げていた。
思わず後ずさるnameを部屋の扉へ追い詰め、両手をついて逃げ場を奪う。
あわわ…と耳まで赤らめる彼女。
その可愛らしい耳に唇を寄せて囁く。


「わかった。name、寒いんだろう?」
「…へ?」


その質問はあまりに季節外れ。
というか、この場の雰囲気にそぐわなかった。


「体が冷えたせいだ。安心しろ、俺が温めてやる」

この言葉を聞くのが冬だったら、もしかしたら今より何割増かでときめいたかもしれない。
けれど、今は真夏。
何より、明日はお互いに朝が早い。

「だだだだめっ!リヴァイは明日朝から訓練でしょ?響いちゃうよ」
「お前が引き止めたんだろうが。観念しろよ」
「っ…!」

ワントーン下がった低音に鼓膜が震える。
彼の胸を押し返していた腕の力はすっかり抜けてしまった。
それをいいことに、リヴァイはノブを回して扉を開ける。
寄りかかっていたnameが倒れてしまわないように支えると、そのまま部屋へと押し入った。

「今夜は夜更かし、だな」



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