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4人が調査兵団に来てから1週間が過ぎた。
リヴァイ達は訓練に勤しむふりをしながら例の書類を探しているが、まだ見つかっていないらしい。
nameはというと、毎日食堂での職務に慣れるために忙しく過ごしていた。



11 繋いだ手



「name、お疲れさん!」

バンッと背中を強く叩かれて、nameはぎょっと目を見開く。
料理長のロッティ・マルクスは体格のいい陽気な女性で、何かとnameを気にかけてくれていた。
nameは額の汗を拭いながら笑って応えた。

「ロッティさん、お疲れ様です」
「あんた大分慣れてきたね。"地下からゴロツキと一緒に来た女"って噂で聞いた時はどんな小娘かと思ってたけど、真面目にやってくれて助かってるよ!」
「いえ、やっと色々覚えてこれたところです。厨房の皆さんもいい人が多くて本当に救われてます」
「初めはあんたのことを警戒してたみたいだけど、日々の仕事ぶりを見てりゃ誰も文句は言わないわよ。にしても、それだけ物覚えも早いのに文字が読めないってのはやっぱり意外だわねえ」
「あはは…お恥ずかしい限りで」

文字が読めない問題は、今のところ暗記力に頼っている。
メニューや食材には取り立てて珍しいものはない。献立も大きく変化するわけでなく、同じような食事をルーティンで作っている。
献立表とその日実際に作った食事を照らし合わせて、読めない文字を何となく理解している。
こっそりメモをとっており、その甲斐あってか少しずつだが文字も記号として覚えられている(気がする)。

昼食のピークの時間が過ぎ、厨房の面々が休憩に入り始めた。
nameも汗だくになった体を冷やそうと、厨房を出た。
夏の厨房の、特に昼時はとても暑い。

「name」

パタパタと両手で顔を扇いでいると、後ろから声をかけられた。

「リヴァイ」
「仕事には慣れたか」
「うん、なんとかね。料理長や他の人達も皆いい人だから恵まれてるよ」
「そうか。……?」

リヴァイが何気なく厨房へ目を向けると、体格のいい女がこちらを見ていた。
彼女はリヴァイと目が合っても特に臆した様子はなく、変わらず2人を眺めていた。

「…誰だあいつは?」
「あっ…!料理長のロッティさん。私のこと気にかけてくれて、凄くいい人なの」

見られていると思っていなかったnameは少し慌てたように早口になり、顔を赤らめた。
nameがぺこりと頭を下げると、ロッティはにま〜と笑った。
リヴァイは彼女の笑顔が気味悪かったらしく、顔を引き攣らせた。

「リヴァイ、訓練に戻らなくていいの?」
「戻る前に話があってな」
「話?なに?」
「今日の夜、風呂を済ませたらお前の部屋に行く。寝間着に着替えずに、動きやすい格好で待っていろ」
「?わかった…でも、どうして動きやすい格好?」
「それは…」
「おーいリヴァイ!フラゴンが集合だとよ!」

リヴァイの言葉を遮るように、ファーランの声が食堂に響いた。

「じゃあ、夜に」

リヴァイはnameの頭をそっと撫でると、食堂の出入口で待っているファーランの元へ走っていった。
去り際、リヴァイが僅かに口角を上げたのでどきっとした。
涼みに来たのに、余計に顔が熱くなってしまったみたいだ。

「恋人かい?」
「わっ!?」

いつの間にか、隣にはロッティが立っていた。
にまにまと笑いながら片手を頬に当てている。

「ロッティさんいつの間に…」
「あれは噂のゴロツキ上がりの兵士だね。地下の頃から恋人なのかい?」
「はい…すみません」
「なに謝ってるんだか!恋人と一緒に地上へ来るなんてロマンチックじゃないの。それに、兵団は恋愛禁止ってわけでもないし、堂々としてな」
「あ、ありがとうございます…!」
「にしても…いつも怖い顔してるから気づかなかったけど、彼っていい男じゃない」

あんた見かけによらずやるわね、とウインクしたロッティに、nameは肩をすくめて笑った。
彼は中身だっていい男だと、心の中でこっそり呟いて。



─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─



夜、nameはシャワーを済ませると、何を着ようか迷っていた。

(動きやすい格好って言われてもなあ…)

この世界に来てからロングスカートしか持っていないため、手頃なボトムスが見当たらない。
迷った末に、ずっと仕舞われていたスカートを履いてみた。
元の世界ではお気に入りだったが、こちらに来てからは「丈が短い」とリヴァイに怒られたあのスカートだった。
久々に履いてみると、こちらの世界の感覚に慣れてしまったためか、かなり短く感じた。

チェストから箱を出すと、中身を首につける。
誕生日にリヴァイにもらったムーンストーンだ。
本当は毎日つけていたいのだが、割れやすいから気をつけろとリヴァイに言われてしまったので、特別な時以外は仕舞っておくことにしている。
鏡を見てつけたのを確認したところで、ノック音が響いた。

「はい」

解錠して扉を開けると、ラフな格好をしたリヴァイが立っていた。
兵団へ来てから兵服を着ていることの多いリヴァイの私服を見るのは、何だか久しぶりだ。

「お前な…動きやすい格好とは言ったが、それはどうなんだ」
「だって、他にないんだもの。リヴァイ達みたいにズボンの支給もないし」
「ちっ…仕方ねえな。行くぞ」

リヴァイはnameの手を掴むと、足早に歩き始めた。
兵団の中で手を繋いだことなんてなかったnameはこの状況に慌てたが、幸いにも、外へ出るまで誰ともすれ違わなかった。
この時間帯はこんなに人が少なかっただろうか?

「このルートだと人に会いにくい」

裏戸を開けながら、リヴァイは呟いた。
いつの間にそんなルートを見つけていたのか。

リヴァイは厩舎まで行くと、中から一頭の馬を連れてきた。
黒い毛並みに、黒い瞳。nameを視界に捉えたその馬の目は、どこかリヴァイに似ているように見えた。
どうやらリヴァイの愛馬らしい。

「少し遠いから馬で移動する。馬に乗った経験は?」
「ないよ。こんなに近くで見るのも初めて」

nameがそっと撫でてやると、馬は大人しく耳をぱたぱたと動かした。
可愛い。
動きやすい格好とは、乗馬のためだったらしい。

リヴァイは鐙に足をかけ、颯爽と愛馬に跨ると、nameに手を差し伸べた。
その一連の流れが美しく、nameは思わず見とれてぱちくりと瞬きをした。

(白馬の王子様ならぬ、黒馬の王子様)

内心で呟きながらリヴァイの手を取る。
でも、彼が冠を乗せたところを想像して、やっぱりリヴァイは王子様っぽくはないかな、と笑った。

「何笑ってやがる」

リヴァイに引っ張りあげてもらい、なんとか馬に跨ることができた。
思ったよりもずっと高い視界に思わず感嘆の声が漏れる。

「わあ…高い!」
「怖いか?」
「少し、でも、大丈夫」
「俺が支えてるから落ちることはない。お前が怖がって暴れなきゃな」
「あ、暴れないよ!」

後ろから支えてくれているリヴァイを振り返ると、意地悪く笑った顔があった。
彼は違った意味で黒い王子かもしれない。
でも、人生初めての乗馬がリヴァイと一緒だなんて何だか嬉しい。
リヴァイが腹を蹴ると、馬はゆっくりと歩き始めた。



森の中を進み、古城が見えた頃、リヴァイは古城の厩舎に馬を繋いだ。
nameは高くそびえる古城を見上げた。
随分前に人が暮らさなくなったであろう古城の周りは荒れ放題で、中もきっとリヴァイの大嫌いな埃たちがまみれていて相当な荒れっぷりだろう。

「まさかここに入るの?」
「こんな汚ねえところに入るわけねえだろ。こっちだ」

リヴァイはそう言うと、nameの手を握って歩き始めた。
兵団の中を歩いた時は掴むだけだった手が、今はしっかりと繋がれている。
久しぶりの手繋ぎが嬉しく、nameはぎゅっと握り返した。

「暗いから足元に気をつけろ」

進むのは森の中の道なき道。
歩きにくいであろうnameを気遣ってか、リヴァイはゆっくりと歩を進めた。

「足は大丈夫か」
「うん、薬も毎日飲んでるし大丈夫。昨日、追加の薬をもらいに医務室に行ったけど、症状は悪化してないからこのまま良くなるだろうって言ってもらえたよ」
「そうか。なら良かった」
「心配してくれてありがとう」

先を歩く小柄な背中に笑いかける。
リヴァイは暫し無言のあと、口を開いた。

「…それはファーランに言ってやるんだな」
「ファーランに?」
「アイラの足の違和感に一番先に気づいたのはファーランだ。あいつの死んだ母親も同じ病気だったからすぐに気づいたんだろう。お前には何も言わないだろうが、足の完治を誰よりも気にかけているはずだ」
「…そうだったんだ」

ファーランの母親の話も、足の違和感にいち早く気づいてくれたという話も初耳だった。
地下ではいつでも優しく、茶目っ気のある彼からはあまり想像つかない暗い過去だ。
地下の廃墟で壁の絵を見て以来、ファーランと2人きりになることは殆どなかった(買い物の時はイザベルにも来てもらっていた)。
あの時の彼の熱い目を思い出すと、リヴァイに対して後ろめたいような気持ちになって、何となくファーランと2人になるのを避けていたのだ。
けれど、そんなに心配してくれていたなんて知らなかった。

(今度、改めてお礼を言わなくちゃ)

出会った時からいつでも助けてくれた彼は、nameの知らないところでも助けてくれていた。

「もう着くぞ」

リヴァイの言葉に、足元に気を取られていたnameは顔を上げた。
木々の間から見える先は夜なのに明るく、僅かに目を細める。
あれ、この感じ、前にも覚えがある。

既視感を覚えたnameは、飛び込んできた景色に目を見開いた。



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