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「#幼馴染」のBL小説を読む
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階段を一段一段上がっていく度に、光が近づいてくるのを感じる。
地下へと流れ込む、夏の熱い風が頬を撫でる。
気温に加え、運動不足のためか、長い階段にnameはすっかり息が上がっていた。

(本当に、外なんだ…)

一番上まで登りきると、膝をつき、はあっと息をつく。
大丈夫かと声をかけたイザベルに笑いかけようとして顔を上げると、燦々と輝く太陽と目が合った。

「眩しっ…」

あまりの眩しさに目がチカチカとして痛い。
けれど、太陽の光を全身に浴びる感覚はとても懐かしく、心が踊る。
体の底から生命力が漲って、太陽との再会を身体全身が喜んでいるようだった。
この光を手放すのが惜しくないだなんて、どうして思ったのだろう。



08 兵団



「あれなんだ!?」
「すごい、色んなお店がある!」

兵団への道中の馬車の中で、イザベルとnameは外の景色にすっかり夢中だった。
ファーランも時折外へ視線を向けるが、リヴァイは同乗している兵士へ注意を払っていた。


兵団に着くと、兵服を渡され、更衣室へと案内された。
nameが立体機動装置を使えない旨を近くにいる女兵士に伝えようとすると、更衣室の外から声が聞こえた。

「name、君はこっちだ」

エルヴィンの声だった。

「name」

イザベルが心配そうに眉を下げてnameの腕を掴んだ。
彼女の手にそっと自分の手を重ねて頷く。

「大丈夫。きっと悪いようにはされないよ。兵服を着たら見せてね!」

nameが明るく笑って頭を撫でると、イザベルは「おう!」と歯を見せて笑った。
待たせてはいけないと、足早に外へ出る。
大柄なエルヴィンが扉の横で待っていた。

「さて、name。君についてだが…どの科に所属するのがいいだろうな」

エルヴィンは顎に手を当てて考えるポーズをとる。
当然、立体機動装置を扱えないnameを兵士として入団させるわけにはいかない。
暫し考えて、彼女はあの地下の家では家事をしていたのだと思い出した。

「君は料理はできるか?」
「あ、はい。一般的な家庭料理でしたら作れます」
「充分だ。ついてきたまえ」

歩き出したエルヴィンについていく。
大柄な彼は歩幅も大きいので、nameはつい小走りになってしまう。
ここに来てから思っていたが、兵団の建物というのはとても広い。
下手したら大学のキャンパスなんかよりも広いのではないかと思ってしまうくらいだった。

(慣れるまでに時間がかかりそうね…)

キョロキョロと周りを見ながら進むうち、目的の場所についたらしい。

「明日からここで働いてもらおう」

そこは広い食堂のようだった。
調理場も広く、大きな鍋や窯が置いてある。

「兵団の人間は基本的に朝昼晩の食事をこの食堂でとる。調理人たちには栄養バランスや量などを的確に考えながら作ってもらっている。別段難しいメニューはないから、すぐに慣れるだろう」
「わかりました。厨房を少し見せてもらってもいいですか?」
「ああ、構わない」

厨房に入ると、調理器具や鍋、フライパンなどが多く置かれていた。
これだけ大きな兵団だ。兵士の数も多いに違いない。
兵士の分だけ食事が必要になるのだろう。
難しいメニューはないとはいっても、料理人でもない自分にこなせるだろうか。

ふと、壁にかけられた紙が目に入った。
この世界の文字がビッシリと書かれている。
nameは暫くそれを凝視してみたが、なんと書いてあるのかさっぱりわからなかった。
他にも、塩や胡椒と思われる調味料の箱にも見出しが書かれているが、それも読むことはできない。

これまでは自分ひとりの小さなキッチンで、物の位置や献立なども1人で決めていたので、全てスムーズにこなすことができた。
しかし、この広い厨房で、まともに文字を読むこともできない自分が、決められた食事を狂いなく作っていくことができるのか不安になってしまった。

(ここでの料理は仕事になる…これまでとは勝手も違う中で、私にできるのかな)

厨房で立ち尽くしてしまったnameを不思議に思ったエルヴィンが顔を覗かせた。

「どうした?」
「いえ…少し、不安になってしまって」
「何に不安がある?」
「私、文字が読めないんです。献立表を見ても、何を作ればいいのか、どんな食材が必要なのか、1人では判断ができないと思いまして…」
「そうか…なるほど」

エルヴィンはふむ、とまた考えるように顎を触る。
文字が読めない、というnameの恥ずかしい告白にも、特に動じている様子はない。

「わかった。ここの料理長には私から話しておく」
「すみません…」
「そんなに気負う必要はない。少しずつ慣れてくれればそれでいい」
「あ…ありがとうございます」

エルヴィンの優しい言葉に、nameは少々面食らった。
威圧的な彼が、こんな風に気遣いをしてくれるのが意外だった。

「あの、どうして私たちを調査兵団に?」

素朴な疑問を投げかける。

自分達の仕事は決して褒められたものじゃない。このままだと憲兵に引き渡されてしまうが、調査兵団に入団すれば不問にしてもらえる。
兵団に入り、これからは地上で生きていくことになる。
お前も一緒に来い。
泥だらけのリヴァイから聞かされたのは、それだけだった。

彼らの仕事が犯罪に関わることだったとか、これまでの生活がなくなってしまうことなどには、少なからずショックを受けた。
けれど、何もかもが突然のことで、今は現状を受け入れていくしかない。

「地下では、罪を犯して生きている人は他にもいるはずです。どうして私たちを…?」
「……彼らは立体機動を独学で覚えたと言っていたが、それは本当か?」
「え?…はい、私も練習を見たことがあるので本当だと思います」
「立体機動は通常、兵士になるために3年の訓練を経て習得する。それを独学で、それも短期間でできるようになったのだとしたら、彼らには目を見張る才能がある」
「つまり、スカウトだったということですか?」
「そう思ってもらって構わない」

だとしても、随分強引なやり方だとnameは思った。
こんな大きな兵団組織が、たった数人のために地下へ赴くだろうか。
そうまでして強い兵士をつくる理由があるのか?
調査兵団について、璧外にいる巨人と戦う集団、という知識しかなかったために、彼らへの疑問は膨らむばかりだった。

「私も立体機動を覚えておけばよかったです。そうすれば、みんなと同じように力になれたのに」
「君には君のできることがある。それに、君がもし兵団へ来ることを拒否すれば、リヴァイもここへは来なかっただろう。そのことだけでも私は君に感謝するよ、name」

エルヴィンは目元を緩めて微笑んだ。

(あ、まただ)

綺麗な白い歯を見せて笑う彼からは、紳士的で優しげな印象を受ける。
兵士として振る舞っているときは威圧感があり、簡単に話しかけられそうもないのに、不意に見せる顔は人間味あるものだった。
もしかしたら、こちらが彼の本来の顔なのかもしれない。
今回のリヴァイたちへの入団勧誘は強引だが、第一印象ほど悪い人ではないのかもしれないと思った。

兎にも角にも、リヴァイ達がここで生きていくことを決めたのなら、それについていく。
本意ではないかもしれないが、彼らの念願だった地上へ全員で出られたのだから、悪いことばかりではない。寧ろ有難いことかもしれない。

nameは肩にかけていた荷物を下ろして手に持つと、しっかりと頭を下げた。

「明日から、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」

もう少し厨房を見たいと、nameは中を歩き回った。
その後ろ姿を見て、エルヴィンは首をかしげた。

(時々、右足を引き摺っている)

本当に僅かな動きだが、エルヴィンは見逃さなかった。
癖かと思ったが、ふと、地下で流行るという足の病のことが頭を過ぎった。
もしや、と内心で呟く。

「name、もう一つ連れていきたいところがある。ついてきてくれ」



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