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気づけば暦は8月。
nameが元の世界にいたなら、今頃は夏休みに入り、バイトに明け暮れている頃だろう。
月日とは早いもので、あっと1ヶ月もすれば、nameがこの世界に来てから1年が経とうとしていた。


リビングで皆が寛いでいると、大きな物音が室内に響いた。
リヴァイ、ファーラン、イザベルの3人が音の方へ視線を向けると、盛大に尻餅をついているnameがいた。
さっきの音からして、相当痛いに違いない。

「痛たた…」

案の定、涙目になって腰のあたりを摩っている。
片手には大事そうに抱えられた箱があり、どうやらそれを棚の一番上から取ろうとして転んでしまったらしい。

リヴァイは読んでいた本を閉じてnameに近寄ると、彼女の手を掴んで立たせた。

「気をつけろ」
「ごめんなさい、なんか足がもつれちゃった」
「nameまたかー?最近よく転ぶな」

ドジだなあとイザベルが笑ったので、nameもそれに笑って応える。

「ほんとにね。運動不足なのかな?」

イザベルの言った「またか」という台詞にはリヴァイも共感していた。
"足がもつれた"と言ってnameが転ぶのは今日が初めてではなかったからだ。
一昨日も何もない所で転びそうになっていたし、その前日は今日より盛大に転んでいた。
慎重に行動する彼女らしからぬ、妙な転び方にリヴァイは不審に思っていた。

不意にファーランへ目線を向けると、彼は焦りにも似た表情をしてnameを凝視していた。
何かを確信してしまったかのような彼の目に、リヴァイは妙な胸騒ぎを覚えた。



06 脅し文句



次の日、リヴァイ達が仕事から帰宅すると、玄関へと続く階段の下に一人の男が立っていた。
男は彼らの顔を確認すると、手に持っていた銀時計をしまった。

「何だよおっさん。なんか用か?」

警戒した様子のイザベルが先に声をかけた。
身なりのいい男だった。
それだけで地上から来た人間だとわかる。

「仕事を頼みにきた」
「…うちは便利屋じゃないよ。家を間違えたな」

男の言葉にファーランは動じることなく軽く笑った。
リヴァイは一言、「帰れ」とだけ言って男の横を通り過ぎた。
それにファーランとイザベルも続く。
すれ違いざま、男はファーランの肩に手を置いた。

「これは前金だ」

男は小さな紙袋をファーランの手に握らせた。
ファーランは訝しげに眉を顰め、男を睨みながら袋を開ける。
すると───。

「!」

中には更に白い紙の包みがあり、包みには短い文字が走り書きされていた。
書かれていたのは薬の名前。
ファーランは目を見開いて文字を凝視した。
彼のよく知っている薬の名前だった。

「おい、これは何の真似だ?俺達にこんな趣味はねえ」

ファーランが開けた袋の中を後ろから確認したリヴァイは、不快さを露骨に表情に出して男を睨んだ。
リヴァイの反応に男は表情を崩さない。

「勘違いするな。それは夢を見るための代物ではない」
「そうだ…リヴァイ。これはれっきとした医薬品だ」

顔を真っ青にしてファーランは袋を握りしめた。

「これは、足の病に効く薬だ」

震えるように絞り出されたファーランの言葉で、男は初めて口元に弧を描いた。

「その通り。ここ暫く君達を調べていていてね。今の君達に一番必要なものを前金として払うことにした」
「…どういう意味だ。何故そんなことをする?」

ワントーン下がったリヴァイの声に、空気が張り詰める。
男の遠回しな言い方に酷く苛ついていた。

「日光が当たらない地下では足を患う者が多い。君達が大事そうに抱えているあの娘も、このままだと歩けなくなるだろう」
「なんだと…?」
「何か心当たりがないかね?」
「………!」

男の問いかけに、リヴァイの眼が徐々に目開かれる。
昨日の尻餅をついたnameの姿が脳裏を過ぎった。
確かに、ここ最近の彼女は妙な転び方をしている。
けれど、まさか。nameが病気だと?

「……っ」

ファーランは苦しげに表情を歪めて袋をぎゅっと握った。
その様子を見てリヴァイははっとする。
彼の死んだ母親は、足を患っていた。
薬が高価なため、満足に治療もしてやれなかったと、以前話していたことがあった。
だから、渡された薬の名前を知っていても不思議ではない。

何より、昨日の転んだ彼女を見つめるファーランの様子はおかしかった。
まるで何かに気づいてしまったような、そして、それに焦っているような、そんな顔をしていた。

(そういうことか。ファーラン、お前は気づいていたんだな)

あの不自然な転び方に、母親の影が重なっていたのだろう。
けれど、そうであってほしくないと、何度も頭の中で否定したに違いない。

「確かに…nameはここんとこずっと変な転び方してたよな。でも、まさか…」

nameの足に関してはイザベルも思い当たる節があるらしく、不安げに眉を下げた。
2人の動揺が広がっていくのを感じたリヴァイは、男に詰め寄った。

「この薬の意味はわかった。それで、ここまでする目的はなんだ?」
「言っただろう、それは仕事の前金だと。話を聞いてくれ、リヴァイくん」
「……いいだろう」

男は彼らに背を向けると歩き出した。
地上へ続く階段へと。



階段を登っていくと、眩しい太陽の光に目が痛みを覚える。
手で遮りながら階上を見上げると、停めてある馬車の扉が開き、小太りの男が現れた。
この離れた距離からでも上流階級の人間だとわかる佇まいだった。

「前金は受け取ったな」

ファーランの手に紙袋が握られているのを確認すると、小太りの男は僅かに口元を歪めた。
その男は名前こそ明かさなかったが、今回の仕事の依頼主は自分だと言った。

「単刀直入に言う。調査兵団のエルヴィン・スミスという男がお前達を捕らえて兵団に入れようとしている。兵団に入ったらそれに乗じて奴から"ある書類"を奪い、可能であるなら始末してほしい」

それから小太り男は、報酬は莫大な金と地上での居住権を約束すると言った。
それもただの居住権ではなく、王都で暮らせるものだという。

リヴァイは「胡散臭え」と呟きながらも、夢のような話だと思った。
喉から手が出るほど渇望するものを目の前にぶら下げられたような気分だ。
リヴァイの呟きに構わず、男は話を続ける。

「お前達の仲間の娘、今はまだ日常生活を送れているようだが、症状が進行すれば立つこともままならなくだろう」

眩しそうに睨みつけてくる3人を見下ろしながら、彼はトドメの一言を口にした。

「大事な仲間のために太陽が欲しければ、賢明な判断をしたまえよ」




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