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「…あれ?」

家を出る瞬間、nameは脚に違和感を覚えた。
しかし、それは一瞬のことで、気のせいだったかと首をかしげた。
先に階段を降りていたファーランに呼ばれたので、nameは急いで階段をかけ降りた。



05 既視感



「と、こんなものかな」

袋の中の食材を確認してnameは一息ついた。
今日はいつもより多めに買ったため袋が大きく膨らんでいる。イザベルが風邪のため、必要な食材がいくつか増えたからだ。
ファーランは、重そうな袋をnameから取り上げると、自身の肩にかけた。

「ファーランありがとう。重いでしょ?」
「いいや、大したことない」

ファーランは礼を言ったnameの頭をくしゃりと撫でると、何かを思いついたようにイタズラに笑った。

「よし、じゃあお礼ってことでちょっと寄り道に付き合ってくれよ」
「え、でも早く帰ってあげなきゃ」
「ちょっとだけだから、な?」

nameの返答を待たずに、ファーランは歩き出す。
イザベルのために早く帰りたいという気持ちが強いnameは少し狼狽えた。
ファーランがこんな風に強引にするのは珍しいことだ。
迷った末、先へと進んでいる背中を追った。


しばらく歩くと、人気のない建物の前でファーランは止まった。

「ここだ」

建物には扉はなく、廃墟同然のようだ。
中は真っ暗というわけではなさそうだが、nameは不気味に感じてしまった。

「ここ?ここに入るの?」
「大丈夫、多分人はいない。ちょっと見せたいもんがあるんだ」

ファーランは安心させるように笑いかけると、中へ入っていった。
nameは数秒迷ったが、意を決して建物の中に足を踏み入れた。
建物の天井は所々穴が空いており、そこから僅かに漏れる光で足元が見えた。
奥にいくほど、一番明るくなっている場所があるのに気づいた。

「もう少しだぞ」

ファーランの言葉通り、その場所へはすぐに着いた。ここが行き止まりのようだ。
ぼんやりとした外の光が壁を照らしている。
ただの壁に見えたそれは、目が慣れてくると何かが描かれていることに気がついた。

「…わあ」
「な、すげえだろ」

その壁には大きな絵が書かれていた。
1人の手によるものではない。何人もの人が書き足していったように見える。
所々、絵の熟練度に差が見られるからだ。

「これ、空と人の絵だね」
「ああ。初めは子供の落書きから始まったらしい。それからここを見つけた人たちが少しずつ書き足していって、いつのまにかこんなに大きい絵になったんだとさ」

だから、練度に差があるのかとnameは納得した。
子供が描いたような拙い人間がいたり、その横に実にリアルに描かれた老人がいたりするのはそのためだ。
上手い下手はあれど、この絵には一貫性がある。

「みんな空の下で楽しそうにしてるね」

絵の中の人々は楽しそうに笑い、走り、歌っているようだった。
これは、来ないかもしれない、いつかを夢見る絵。

「俺もこの絵の人間と同じだ。空の下で思いきり走りたい。生きたい。この絵は俺たちの夢だ」

ファーランは壁の絵を眩しそうに見つめた。
この絵を描いた人々は皆、同じ目だったのではないだろうかと、nameは想像した。
描いた絵を通して、空を見つめている。
いつか自分も、この絵のようにと、自身を投影している。
そこまで考えて、胸が苦しくなった。

(どんなに共感しようとしても、結局は想像にすぎない)

どれだけ想像してみても、それは想像でしかない。
空の下で生きることを当たり前に育ったnameは、本当の意味で地下の住人の夢や希望を共感することはできない。
地下で暮らすようになって長い時間が過ぎたけれど、nameはリヴァイたちとの考えの違いを感じることが時々あった。

それは、地上への執着。

勿論、また太陽の下で過ごす未来があるならそれを望む。
けれど、決して楽ではない今の生活も嫌ではなかった。
リヴァイ達と身を寄せ合って生きていく日常が心の器を満たしてくれているお陰かもしれない。
もしくは、太陽の下で生きることが当たり前だったために、手放すことは惜しくないと感じているのかもしれない。

(私は今のままでもいい)

そう思うけれど、口に出したことは無い。
彼らの地上への渇望心をよく知っているから。
地上を求める気持ちこそが、nameと彼らの違いだった。


「素敵な絵だね。今まで見たどんな絵よりも一番素敵」

壁にそっと触れて、nameは呟いた。
この言葉は本心だ。描かれた空も人々も全てが美しい。だって、描いた人々の心が美しいのだから。

nameの言葉に、ファーランは嬉しそうに微笑んだ。

「ここはリヴァイにもイザベルにも教えたことがない。俺だけの秘密の場所だ」
「えっ、そんな大事な場所に連れてきてくれたの?」
「ああ、ここだけは誰にも教えるつもりなかったのに……なんでだろうな」

ファーランの声色がいつもと違う気がしてnameは顔を彼の方へ向けた。
そして、思わずはっとする。

彼の視線は絵ではなくnameに注がれていた。

この暗がりでも、ファーランの目に熱いものが燻っているように見えた。
どうして、そんな目で見るの?
どきりとした心音を落ち着かせると、nameはできるだけ平常心を保って微笑んだ。

「そろそろ、帰らない?イザベルに悪いよ」
「…………」
「ファーラン」
「…ああ、そうだな」

nameの言葉に答えたものの、いつも通りの笑みを見せない彼に不安を覚えた。
何故だか、このままファーランと2人でいては駄目な気がした。
そんなこと一度も思ったことないのに。
2人の間に漂っているこの空気から早く逃げなければと、頭の中で警報が鳴っていた。

「先に出てるね」

動こうとしないファーランを置いて、nameは出口へと歩きだした。


遠ざかる背中を見つめながら、ファーランはそっと左胸に手を添える。
キリキリと音でも聞こえそうなくらいに胸が痛い。

駄目だ。nameはリヴァイの女だろ。
でも、俺だってnameのこと───。

頭の中で二つの声が聞こえる。
nameとリヴァイが互いに惹かれ合ってるのに気づいてから、ずっと彼らを見守ると決めた。
傍観者に徹するのだと、心の箱に鍵をかけたのに。
しっかりと閉めたはずの箱から黒い感情が溢れ出して、胸を支配しようとする。
リヴァイの横で微笑む彼女を見ると、どうしようもなく心がざわついて、願ってしまう。
あの笑顔が自分のものだったらいいのに、と。
先日の、リヴァイとnameが2人きりで過ごした夜がどんなものだったのかを想像すると、胸が苦しくなる。
本当は、2人きりになどさせたくはなかった。

「相手がリヴァイでさえなければな」

nameの背中を見つめながら、ファーランは自嘲気味に笑って呟いた。
彼の最後の言葉はnameに届くことなく、闇に飲まれて消えた。
彼女が素敵だと言った絵に背を向けると、ファーランも出口へと向かった。


外へ出た瞬間、nameは何かに躓いたように足をもつれさせた。
ファーランが咄嗟に手を伸ばして彼女を支えようとしたが、nameはすぐに自分で体制を立て直す。
彼女は振り返ると、驚いた様子のファーランに笑いかけた。

「ごめん、躓いちゃったみたい」
「躓いたって…」

自分たちの足元を見ても、躓くようなものは何も無かった。

(まさか…)

nameの妙な転び方に違和感と既視感を覚えたファーランは、眉を寄せて彼女の脚を訝しげに見つめた。



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