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「#幼馴染」のBL小説を読む
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先日の事件でnameが首に負った傷もすっかり癒えた頃の、6月のある日のこと。
彼女と2人になった折、リヴァイはあることを尋ねた。

「name、何か欲しいものはあるか」
「えっ?」

唐突な質問に彼女は目を丸くする。

「欲しいもの、ですか?」
「もうすぐ誕生日だろう。欲しいものがあれば買ってやる」
「うーん…そうですねえ」

偶然にもnameとファーランの誕生日は同月の6月だ。
上旬にnameの誕生日があり、ファーランはその3日後である。

自身の誕生日を盛大に祝ってもらったこともあり、リヴァイは2人の誕生日は何か相応の返しをしたいと考えていた。
そこで彼を悩ませたのが、プレゼントの問題だ。
付き合いの長いファーランへのプレゼントはすぐに決まったのだが、nameには何をあげたらよいかわからず、彼は珍しく頭を抱えた。
何ヶ月も一緒に暮らしてきたが、nameについて知っていることは、実はかなり少ないのではないかと彼は気づいた。
それに、彼が女性に贈り物をするということ自体、初めてのことだったりする。
恋人の誕生日というのは、具体的にどんなものをあげれば喜ばれるのか。

彼は悩んだ挙句、本人に直接聞いてみることにしたのだった。

「ものと言うよりは、して欲しいことならあります」
「ほう…何だ?」
「髪を切ってほしいです」
「…は?」



18 宝石よりも



ファーランやイザベルが各々の部屋で寛いでいる深夜の刻。
普段、皆が集まる共同リビングには、チャキチャキと鋏が奏でる音が響いていた。

「ナイフの扱いだけじゃなく、鋏の扱いも上手いんですね」
「それは仕上がりを見てから言うんだな」

nameがこの世界に来てから約9ヵ月。
その間、一度も散髪をしたことがなかった彼女の髪はかなり伸びていた。
最近は気温も暑くなり、洗うのも億劫になってきたので、伸びた分をバッサリ切ってほしいとリヴァイにお願いした。

リヴァイは彼女の長くなった髪を掬っては、鋏を通す。
艶があり、指通りの良いこの髪を切るのは、少し勿体ないような気さえする。
鋏が爽快な音を立てる度、漆黒の束が床に落ちた。

「こんなものだろう」

それから1時間後、最後に正面から左右の長さを確認すると、リヴァイは鋏を置いた。

「頭が軽くなった気がします!鏡見てきても良いですか?」
「待て、掃除が先だ」

立ち上がって脱衣場へ行こうとしたnameをリヴァイが静止した。
ぴしっと身を固めたnameの顔についた短い毛をハンカチで払う。
そして、カットクロスの代わりに着ていたマントを脱がせると、それに付いていた毛を振り落とし、素早く箒で床を掃き始めた。

(まるで美容院みたい)

無駄のないリヴァイの動きは手伝う余地もなく、nameは立ったまま眺めていた。
今しがた切り落とされたばかりの自身の髪を彼がせっせと集めて掃除してくれているのは、なんとも不思議な気分だった。

片付け終わったリヴァイは時刻を確認すると、nameの腕を掴んで椅子に座らせる。

「あの、私、仕上がりを…」
「鏡ならある」

リヴァイはテーブルに伏せてあった鏡をnameへと渡す。

「ありがとうございます」

nameが受け取った鏡で自身を確認すると、胸あたりまであった髪は肩に付くくらいまで短くなっていた。
長さは綺麗に揃えられていて、左右のバランスもばっちりだ。

「凄い、リヴァイさん器用ですね!」
「自分の髪も切ってるからな。これくらいは普通だ」
「ああ、なるほど」

確かに、リヴァイが洗面で鋏と手動式バリカンを持っているのは何度か見たことがある。
刈り上げている所はこまめにカットして、いつも同じくらいの長さを保つようにしているようだ。
手間がかかるであろうその髪型を維持し続けているということは、彼なりの拘りがあるみたいだった。

「気に入ったか?」
「はい。2人に出会った頃と同じくらいの長さですね」
「伸びた分を切りたいってことだったからな」
「ねえ、リヴァイさん。私、出会った頃より大人っぽくなった気がしませんか?」
「ああ?数ヶ月じゃそんなに顔は変わらねえだろ」
「えー?だって、私もう二十歳ですよ?」

少しは大人っぽくなったと思うんだけどなあ、と、nameは鏡の中の自分を見つめる。

「そんなに大人っぽくなりたいのか?」
「はい、子供っぽいよりはいいかと思って」
「そうか。なら、目を閉じろ」
「え?」
「大人の顔にしてやるよ」
「ええ!ななっ…」
「おい、何勘違いしてやがる。いいから目を瞑れ」
「は、はい…」

nameは言われた通りに目を閉じた。
リヴァイの言葉の意味を深く考えすぎて心臓がドキドキと鳴っている。
大人の顔とは、どういう意味だろう?

nameがしっかりと目を瞑ったのを確認すると、リヴァイはポケットに入れてあった箱を取り出した。
箱を開けて、中身をそっと取る。
時計を確認すると、日付が変わるまであと1分程。
リヴァイはnameの後ろから腕を回すと、彼女の首にそれを付けた。

鎖骨あたりに何か触れた気がして、nameはぴくっと反応する。

「も、もういいですか?」
「いや、あと少し待て」
「はい」
「…………」
「…リヴァイさん?」
「ああ…いいぞ。目を開けろ」

目を開けたnameは、後ろに立っているリヴァイを不思議そうに振り返った。
彼の視線はnameの首元に注がれている。
リヴァイは満足げに口元を緩めた。

「もう一度鏡を見てみろ」

nameは言われた通りに鏡を確認する。
すると、首元で光っているものがあることに気がついた。

「こ…これ!」
「丁度0時を過ぎたな」

リヴァイはnameの肩に手を添え、鏡を覗き込む。
鏡の中の驚いた表情の彼女と目が合った。

「name、誕生日おめでとう」

日付が変わり、20歳を迎えた彼女は、リヴァイの言葉に目を見開いたまま頬を赤く染めた。
首元で光るそれにそっと触れる。

「これ、もしかして…」
「誕生日に髪を切ってやるだけじゃ味気ねぇだろ」
「こんな綺麗な石…高かったんじゃないですか?」
「そんなこと気にするんじゃねえよ。お前が待ち望んでいた20歳の誕生日だ。何か形あるものを渡したかった」
「…っ、ありがとうございます!」

nameは立ち上がると、自らリヴァイに抱きついた。
それに慣れた様子で、彼はそっと抱きしめ返す。
最近甘えてくることが多くなった彼女に、嬉しさを覚えながら。

欲しいものを聞いても、nameは具体的な答えを示さなかった。
彼女のことだから遠慮していたのかもしれないし、もしかしたら本当に物で欲しいものはなかったのかもしれない。
けれど、恋人の誕生日ならば何か喜ぶものを渡したいと思う、男の性のようなものが働いたのだった。

そっと体を離すと、彼女の白い肌の上で輝く石が目に入った。
白色の光沢が美しく、光の角度で表面にはぼんやりと筋が浮かぶ。
月のように純白なその色は彼女に相応しいと思った。
見立て通りだと顔を綻ばせると、リヴァイはnameに優しくキスをした。

「よく似合っている。宝石が似合うのは"大人"の女の証だ」

リヴァイの言葉に、nameは嬉しそうに微笑んだ。

「これ、ムーンストーンですか?」
「ああ、よく知ってるな」
「6月の誕生石ですよね。本物は初めて見ました」
「誕生石?」

不思議そうな顔をしたリヴァイに、nameもきょとん顔をする。

「誕生石だからムーンストーンを選んだんじゃないんですか?」
「いや、お前に似合うと思ったからそれを選んだ。そもそも誕生石というのを俺は知らない」

リヴァイの言葉にnameは目をぱちくりさせる。
彼は図らずとも6月のムーンストーンを選び、彼女に贈ったのだった。
その偶然に驚きつつも、そもそもこの世界には誕生石の概念はないのかもしれないと、nameは思った。

「私の世界では各月にちなむ宝石があって、それを誕生石って言うんです。ムーンストーンは、丁度6月の誕生石なんですよ」
「なるほどな…」

リヴァイはそれを買う時に商人に言われたことを思い出していた。
誕生石は知らないが、その石の言葉ならば知っている。

「その石の宝石言葉を知っているか?」
「え?いえ、そこまでは…。なんて言葉なんですか?」

どの石にしようか選んでいる時、宝石には花言葉ならぬ宝石言葉というものがあるのだと、商人が教えてくれた。
ムーンストーンの宝石言葉を聞いた時、リヴァイは妙な気恥しさを覚えたのだった。

「リヴァイさん?」

不思議そうな顔をして答えを待つnameに、リヴァイはもう一度口付ける。
くすぐったいような宝石言葉の意味を込めて、優しく彼女に触れる。
食むように唇を愛撫すると、甘い吐息がnameの口から漏れた。
舌でくすぐるように彼女の唇を舐めたあと、ゆっくり顔を離すと、濡れた瞳と目が合った。
ほんのりと色づいた頬を片手で包む。

「こういう時のお前は充分"大人の顔"をしている」
「!」

ニヤリと悪戯っぽく笑うリヴァイに、nameの胸はドキッと音を立てた。

「もう寝るぞ」

パッとnameから手を離すと、リヴァイは部屋の灯を消し始めた。
少しずつ部屋は暗くなっていく。

「あ、あの、宝石言葉は何なんですか?」
「…気が向いたら教えてやる」

すべて消し終わると、リヴァイはnameの手を取り、2階へと上がった。
彼女の部屋の前でもう一度キスをする。

「おやすみ。良い夢を」

珍しく柄にもないキザな台詞を口にしたリヴァイに、nameはおかしそうに小さく笑った。
彼の言動は、どんな綺麗な宝石よりも自分をときめかせてくれる。
彼から貰った石と幸福感を抱きしめて、nameは微笑んだ。

「はい。おやすみなさい、リヴァイさん」

石を選んでいる時、恋人への贈り物のために一生懸命になるなんてらしくない、と彼は苦笑した。
そして、宝石言葉を聞いた時、その気恥しい言葉に、ますます"らしくない"と思ったのだった。
けれど、そんな"らしくなさ"も彼女のために、たまに見せるくらいなら悪くはない。
部屋へ入るnameの背中へ、リヴァイは小さく呟いた。
ムーンストーンの宝石言葉は───。

(純粋な愛)




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