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リヴァイは素早く2人と距離を縮めると、ハイトへ向かってナイフを振り抜いた。
ハイトは咄嗟に、nameの首に当てていたナイフでそれを防ごうとするが、あまりの速さに防ぎきれない。
キィン!と甲高い金属音が響いたかと思うと、ハイトのナイフは彼の手から離れ、遠くへと弾き飛ばされた。
速さも腕力もリヴァイには敵わなかった。

「なってねぇな。ナイフの振り方も、愛想の振りまき方も…!」

リヴァイは今度こそハイト目掛けて切っ先を向けると、思い切り力を込めた。

(やられる───!)

万事休す、と思ったハイトの頭に浮かんだのは、微笑むシェーンの顔。
こんな時に思い出すのは、最近見ることがなくなった化粧っ気のない、彼女の本来の笑顔だった。


ハイトは歯を食いしばると、抱え込んでいたnameの体を、思い切り宙へと投げ飛ばした。



17 決別



体が宙に浮く。
眉間に皺を寄せたリヴァイの見開かれた目と視線が絡み合う。
伸ばしてくれた彼の手を取りたいのに、nameにはそれが叶わない。
スローモーションのように見えた世界は、一瞬で終わりを告げる。
nameは重量に従い、真っ逆さまに落下し始めた。

「nameっ!!!」

リヴァイの叫び声が響き渡った。

8階から落ちていく彼女の体は速度を増していく。

(落ちる、落ちる───!!)

薬のせいで死の恐怖を感じていなかったはずなのに、今この瞬間は怖くてたまらない。
落下していく自分は確実に死へと近づいている。
声を上げたいのに、掠れて上手く声が出ない。
ぎゅっと目を瞑って身を縮めた。

次の瞬間───。

nameの体は宙で抱きとめられた。
下へと落ちていた体は、今度は横へと移動し始める。
想像していたものとは違う衝撃にnameが目を開けると、見慣れた顔がそこにあった。

「ファーラン!」
「遅くなって悪かったな、name。間一髪間に合ったぜ」

冷や汗をかきつつも、ファーランは歯を見せて笑いかけた。


─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─


nameを抱きとめたファーランが眼下を通り過ぎていくのを見ながら、リヴァイはトリガーを構えた手を下ろした。
はあ、と安堵の溜息をつく。
そして、膝をついたまま愕然としているハイトの胸ぐらを掴んだ。

「てめえの都合でよくここまでできたもんだな」

ハイトは無言のまま項垂れ、荒い呼吸だけを繰り返す。
最早これ以上抵抗する気はないらしい。
彼がnameにした愚行を許すことはできない。
リヴァイはナイフを握り直すと、思い切り振り上げた。

「やめて!!」

リヴァイの背中に静止の声が投げかけられた。
振り上げた手を止めて後ろを振り返ると、扉の前にシェーンが立っていた。

「ハイトを殺さないで!」

彼女は2人に駆け寄ると、ナイフを持つリヴァイの手を掴んだ。
ここまで走ってきたのか、汗で化粧が崩れている。

「言ったはずだ。弟が戻ってくると思うなと」
「お願い…許して」
「俺はお人好しじゃねえ。ここまでやりやがったんだ、こいつも覚悟はできてるはずだ」
「でも…でもっ、私やっと気づいたの。一番大切なのはハイトだって。弟は何にも変えられない家族なの…だから、ハイトを殺すなら私も殺して!」

シェーンの瞳から涙が零れ落ちる。
化粧が崩れ、汗と涙でぐしゃぐしゃになった顔は美しいとは言えないが、これまで見てきた彼女の中で一番人間らしい顔だとリヴァイは思った。

「やめろよ…姉さん」

ハイトは声を震わせながら強くリヴァイを睨みつけた。
姉の言葉で息を吹き返したらしい生への執着が、彼を突き動かしている。
真っ直ぐに睨みつけてくる目を、リヴァイは鋭く睨み返すと、ハイトの体を投げ捨てた。
尻餅をつく形で転んだハイトに、シェーンが駆け寄る。

「姉弟揃ってぎゃあぎゃあと喚きやがって。もう二度と関わるな。俺にも、nameにも」

リヴァイはそう言い捨てると、彼らに背を向けた。

「リヴァイ、本当に、心からごめんなさい。nameさんにもそう伝えてください」
「…フン」

今度は振り返らずに、トリガーを構えてアンカーを放つ。
きっともう、彼らに会うことはない。



ファーランの飛んで行った方向へ進むと、別の建物の上にいる3人の姿が見えた。
いち早くリヴァイに気づいたイザベルが手を振った。

「兄貴!」

リヴァイは着地すると、座り込んでいるnameに駆け寄った。
横からファーランが声をかけてくる。

「首の傷は大したことない。何か薬を飲まされたらしいが、多分精神薬の一種だ。まだ手足の痺れがあるみたいだが、水分量が少なかったお陰で強く効かなかったみたいだな。一回の服用くらいならすぐに回復するだろう」
「…そうか」

縛られていた縄から解放され、へたり込んでいるnameの前にリヴァイはしゃがみこむ。
頬に触れて俯いている顔を上げさせると、漆黒の瞳がリヴァイを映す。
さっきより顔色は幾分ましになっているように見えた。
本日二回目の安堵の溜息をつく。

目を伏せたリヴァイの顔の横に、白い腕が伸びる。
nameは痺れの残る腕を伸ばすと、リヴァイの首に抱きついた。

「わっ…ぶ!」

思わず声を上げそうになったイザベルの口をファーランが塞ぐ。
ファーランはそのままイザベルを引きずると2人から離れた。
さらに気を利かせた彼は、イザベルの目も塞ぐ。

「name…?」

初めてのnameからの抱擁に、こんな状況でもリヴァイは少なからず驚いていた。

「あれが別れの言葉にならなくてよかった…」

そう耳元で囁かれた彼女の声は震えていた。

『リヴァイさんに出会うためにこの世界に来たんだと思います』
あの時言ってくれたnameの言葉が、リヴァイの頭の中で木霊する。
リヴァイは彼女の背に手を回してしっかりと抱きしめた。


「name、俺はな、お前から自由を奪ってるのは俺なんじゃねえかと思ってた」


nameの肩がぴくりと反応した。
彼女は体を離そうとしたが、リヴァイは腕の力を緩めずにそのままの姿勢を保った。

「お前が悪夢を見た夜、"居場所がないならここにいろ"と言ったが、お前は本当にそれでよかったのか?毎日あの狭い家の中で過ごし、たまの外出は一人で出歩くこともできねえ。地上に行けるのなんていつになるかわかったもんじゃねえしな。自由に生きてたお前は、この地下街じゃまるで、鳥籠の中にいるのと同じだ」

地下街に落ちてきた。
たまたま拾ったのが彼だった。
自由を知っていながら飛べなくなった鳥は、彼女そのものだ。

「元の世界に戻れる方法があるにしろないにしろ、お前が今の選択を後悔しているんじゃねえかと、情ねえがそんなことを考えていた。ずっと確かめたかったが聞けなかった。だから、お前を簡単に自分のものにはできなかった」

心から想うからこそ、彼女の鳥籠にはなりたくないと思った。
けれど、もし彼女が元の世界へと飛び立てるとわかったとき、自分は見送ってやれるのか?
彼女の為だといくら綺麗事を並べても、胸に広がるのは独占欲、所有欲、庇護欲の類ばかり。
それらの欲求に支配された自分は、飛び立つ彼女の羽を奪いかねない。

nameを手放す選択など、到底できなくなっていた。

「リヴァイさん」

nameは彼の首に回していた腕を離した。
今度はリヴァイもそれを許し、彼女を解放する。
リヴァイを真っ直ぐに見つめると、nameはしっかりとした口調で言った。

「リヴァイさんが"ずっとここにいろ"と言ってくれた時、どんなに嬉しかったか。ここでの日々がどんなに楽しかったか。あなたと気持ちが通じあった時、どれだけ幸せだったか。リヴァイさんが思ってる以上に、私はこの世界に来てから沢山幸せだったんですよ」

揺れる漆黒の瞳から涙が溢れ、頬を伝った。
涙に濡れながらも、いつもの笑顔を彼に向ける。


「だから、リヴァイさんの傍にいることを後悔したことなんてありません」


リヴァイの胸に落ちた言の葉が、優しく波紋を広げていく。
愛しさが込み上げ、切なく胸を締めつける。
堪らずnameを引き寄せると、強く強く抱きしめた。
痛いくらいに。

「いいんだな。離さねえぞ」

耳元で優しく囁かれた低音に、nameは深く頷く。

「私は、ずっとリヴァイさんの傍にいたい」

随分前からそう思っていたのに、この言葉を口にすることはできずにいた。
それは、元の世界との完全な決別を、心のどこかで恐れていたからなのかもしれない。

けれど、もう恐れることはない。
ここには居場所があって、大切な人がいる。
大切な家族だっている。

リヴァイとの未来に、しっかりと心を決めて、nameは彼の背に手を回して抱きしめ返した。
伝わってくる体温がこの上なく心地よかった。



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