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リヴァイ達の家からそう遠くない通り沿いにある廃墟に、ハイトは身を忍ばせていた。
最上階の8階にいると、外の雑踏の音はあまり聞こえてこない。
だからだろうか?
女の悲鳴など、地下ではさして珍しいものではないのに、今は耳障りなくらい室内に響いている。

「やだっ、やめて!!」

手足を縛られたnameは体で抵抗することができない代わりに、懸命に首を横に振って抗っていた。
一体何に抗っているかというと、それはハイトが手にしているものにあった。
彼の指に摘まれているのは白い錠剤。
わざわざこの日のために入手した薬だ。
彼はnameの口元に持っていってはそれを放り込もうとしたが、彼女も最後の足掻きとばかりに頭を動かして逃げる。

ハイトは痺れを切らしたように息を吐くと、一度nameから手を離した。
摘んでいた錠剤を自身の口に入れると、水を口に含む。
そして、怯えた目を向けるnameの頭を掴んで固定させ、躊躇わずに口付けた。

「ん゛───っ!?」

リヴァイ以外の男からの口付けにnameは目をひん剥いて抵抗しようとするが、頭まで固定されてしまったため逃げることができない。
唇を巻き込んで侵入を防ごうとしても、男の力には抗いきれず、唇をこじ開けられてしまう。
ハイトは僅かに開いた隙間から口に含んだ水と錠剤を送り込むと、唇を離してnameの口を手で塞いだ。

nameは口内に流れ込んだ、生暖かくなった水分と溶け出した錠剤を吐き出そうとするが、口を塞がれているためできない。
暫く口内に留めていたが、体の生理的な不快感には耐えられず、nameの喉は錠剤の溶けた水分を受け入れる。

ごくり、と喉を鳴らして全て飲み込んだ後、nameの瞳から一筋の涙が伝った。



15 遠ざかる意識、近づく距離



錠剤を飲まされてから1時間程。
喉の渇きと、指先が痺れるような感覚がnameの体を支配し始めていた。
手足を縛る紐はもう必要がないほど、体から力が抜けてしまっている。
頭がくらくらして思考も上手く回らない。
体の力と一緒に抗う気力も抜けていってしまったようだ。

すっかり大人しくなったnameを見てハイトは時計を確認する。
もう夜の9時を過ぎた。

つい、色々なことを懸念して早めに薬を飲ませてしまった。
あの薬は精神薬の一つで、症状や服用の仕方を間違えると精神を不安定にさせる効果があるものだ。
不安、憂鬱、無気力、めまい、動悸などを引き起こす。
彼女の様子を見るに、たった一粒でも効果は出てきているようだった。
しかし、これだけでは症状は一時的なもので、死に至らしめることはまずない。

そう、こんな薬で彼女を殺すつもりはない。
この薬はさしずめ抵抗力を失わせるもの。そして、死への恐怖を感じさせなくするためのものだ。
それは今回のハイトたちの計画において、完全な被害者となるnameへのせめてもの配慮だった。

「どうして…こんなこと」

ぐったりと床で横たわっているnameが小さく声を漏らした。
ハイトは彼女の横に腰を下ろして顔色を伺った。
漆黒の瞳から光が失われ、まるで焦点があっていない様子だ。

「あんたは何も悪くない」

その事実がハイトの胸を痛めつけていた。
リヴァイの周りを嗅ぎ回るうち、nameという人間がどれほど普通なのか、よく分かったからだ。
彼らの出会いはシェーンの働いているあの酒場だった。
彼女を連れ帰ったのはリヴァイの方。
それ以降、あの2人は一緒にいる。
内情までは不明だが、一つ屋根の下にいるうちにお互いが大切な存在になっていったであろうことは想像できる。
彼女は健気に日々を過ごし、純粋にリヴァイを好きになっただけの普通の女だ。
この地下街では珍しいくらいの。

その絆に割って入ろうとする姉は、弟の自分から見ても見下げ果てた女だと思う。
けれど、そんな姉でもハイトにとってはただ一人の肉親で、彼女が救われるためならどんな非道なことでもしてやると、心から思ったのだった。

『リヴァイと一緒になれたら、トラオムを辞める』

シェーンのあの言葉にハイトはどれ程心動かされたか。
nameがいなくとも、リヴァイと一緒になれる確証などないかもしれない。
けれど、そこに一抹の希望を抱かずにはいられなかった。
男に嬲られ傷ついていく姉を、もう見たくなかった。

「この距離で見るまで気づかなかったけど、あんた東洋人だろ」
「……」
「別に殺さずとも、あんたを売ってしまえばそれでいいかとも思った。東洋人なら、もしかしたら地上の貴族にでも買ってもらえるかもしれない」

"東洋人"という単語に反応して、nameの黒目が僅かに動く。
以前にもその名称で呼ばれたことがあった。

「でも、駄目なんだ。生きている限り人は諦めない。あんたは何としてもリヴァイに会おうとするだろうし、多分リヴァイも、どんな手を使ってもまたあんたを取り戻そうとするだろう。生きてるってことはどうしても希望を持ってしまう」

リヴァイの気持ちをこの女から引き剥がすには、絶対的な距離や壁では不可能だと悟ったからこそ、ハイトは今ここにいて、計画を実行しようとしている。
nameを諦め、次へと進ませるためには、彼女の死なくしては有り得ない。
この建物の屋上から彼女を突き落とし、その亡骸をリヴァイに発見させる。
彼女の死を真っ向から受けて別れさせる計画だった。
落下死したnameを抱き上げるリヴァイ。
浮かぶ光景はあまりに悲惨で残酷だ。
けれど、そんな光景を作り上げようとしているのは他でもない自分である。

「…俺は、俺の守りたいもののためにここにいる。そのためなら、罪の意識に苛まれても構わない」

言い切ったあとnameに視線を向けると、彼女は真っ直ぐに彼を見上げていた。
光を失ってなお無垢な瞳に胸がざわつかされる。
さっと目を逸らすと、ハイトは頭を振った。

(迷うな、迷うな。覚悟を決めろ…!)

自分に言い聞かせながら、ハイトは拳を握りしめた。


─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─


ファーランは目の前にいる男の言葉に目を見開いた。

「間違いないか?」
「ああ…だが、どの建物かまではわからねえよ。それが廃墟だったってだけで…」
「その廃墟に入った奴は、大きなものを包んだ布を持った男だったんだな?」
「ああ、人の大きさくらいだったから、ちと大変そうだった」
「…充分だ。おっさんありがとう。これは気持ちだ」

ファーランは男に硬貨を渡すと、立体機動装置で高く飛んだ。
数メートル先を飛んでいるリヴァイに近づきながら声をかける。

「リヴァイ!目撃者がいたぞ!」

ファーランの言葉にリヴァイは振り返り、急いで逆走する。
ファーランが一度地面に降り立つと、リヴァイもそれに倣い降り立った。

「高い建物の廃墟に入っていく男を見た奴がいた。大きな布で包まれたものを担いでいたらしい」
「大きな布だと?」
「ああ、恐らく、シーツか何かでnameを包んで運んだんだ。どうりで黒髪の女の目撃者が一人もいないわけだぜ」
「それで、その建物はどこだ」
「ここから右の方角へ数十メートル行ったところにある建物らしい。だが、どの建物かまでは覚えていないそうだ」
「そっちの方角は俺達の家の方じゃねえか…そうか、敢えて近場に隠れたのか」
「ああ、踊らされたな」
「とにかく高い建物を探す。人が落ちたら死ぬくらいのな」

リヴァイの言葉にファーランは青ざめた顔で溜息をついた。

「まさか本当にあの女が絡んでいたとはな…女ってのは全く恐ろしいぜ」
「その女の考えに同調する男もどうかと思うがな」

これから対峙するであろう男がどんな奴なのか想像もつかないが、リヴァイの考えは一つだけだった。

「nameを必ず見つけ出す。敵はもう、すぐそこのはずだ」

リヴァイは腰のベルトに備え付けてあるナイフを触れて確かめる。
眼には強い殺意を宿らせて。

「俺はイザベルを呼んでから向かう。リヴァイは先に行け」
「ああ、助かる」
「何言ってんだ。早く行けよ!」

ファーランは自身の不安な気持ちを隠して笑みを作ると、リヴァイの背中を押した。
リヴァイはそれに頷くと、猛スピードで宙を駆けた。

(待っていろ…今、迎えにいく)



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