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予感というのはいつも悪い時ばかり当たる。

nameの部屋で唖然と立ち尽くすリヴァイの目に映っているのは、床に散らばる窓ガラスの破片。

チェストの上にいる鳥が怯えたように震えながらリヴァイを見つめている。
愛らしい鳴き声が、主のいない部屋に響いた。



14 部屋から消えた



「リヴァイ落ち着けよ!」

窓から飛び出そうとしたリヴァイをファーランが止める。
振り返った彼の形相は凄まじく、殺気さえ感じさせる双眼にファーランは一瞬たじろいだ。
リヴァイのこんな表情は見たことがない。

「何故止める」
「無闇に飛び出してもnameは見つからない」
「あ?まだ遠くへ行ってないかもしれねえだろ」
「ここへ戻ってくる途中でそれらしい奴らなんかすれ違わなかった。まずは落ち着いて手がかりがないか調べるべきだ」
「…クソが!」

リヴァイは拳を握ると、どうしようもない怒りを壁にぶつけた。
鈍く重い音が部屋に響いた。

「イザベル、他の部屋を見て荒らされていないか確認してきてくれ」
「お、おう!わかった!」

ファーランは困惑したまま立ち尽くしていたイザベルに指示を出す。
イザベルは意外にもしっかりと返事をして他の部屋の様子を見に行った。

それを見届けたあと、ファーランは部屋の状況を見ながら懸命に頭を回転させた。
棚もベッドも乱れた形跡がない。
ベッドのシーツなんて、nameが整えたまま誰も触れていないかのように皺一つない。
この部屋で唯一変わっているのは窓ガラスが割られ、その破片が床に散らばっているということだけだった。

金が目当てなら棚を漁るはず。
強姦目的ならベッドが乱れているはず。
けれど、この部屋の状況を見るに、部屋のものには何にも触れずに、犯人はnameだけを連れ去ったらしい。
一体何のために?

ちゃり、ちゃりとブーツが破片を踏む音を響かせてリヴァイが部屋を歩き回る。
数歩、歩いたところで止まると、彼はしゃがみ込んで破片を一枚手に取った。
それを凝視すると素早く立ち上がり、ファーランへ振り返った。

「やはり、まだそう遠くへは行ってないようだ」
「どういうことだ?」
「これを見ろ」

リヴァイが掲げた破片をファーランは近寄って凝視する。
よく見ると、破片には血痕が付着していた。
それも、まだ乾ききっていないようだった。

「…!まさか、name」
「いや、ここで何かされたならこれだけの血痕じゃ済まないはずだ。恐らく、犯人が窓ガラスを割った際に自分の手を切ったんだろう」

破片に付着する血の量から見て、そう判断するのが妥当に思えた。
ドタドタと慌ただしい足音が階段を上がってくると、イザベルが部屋に戻ってきた。

「他の部屋は荒らされてないみたいだ!」

イザベルの言葉を聞いて、リヴァイとファーランは頷く。

「単純な金目当てや強姦目当てじゃなさそうだ」
「俺に心当たりがある」
「えっ、何だよそれ?」
「勘だ。確証はねえが俺はそいつに話を聞いてくる」
「…わかった。俺とイザベルは目撃者がいないか聞いて回る」
「ああ、頼んだぞ」

リヴァイは窓に足をかけるとトリガーを構えた。

「なあリヴァイ。心当たりがある奴って誰なんだよ?」
「……前に酒場で会った女を覚えているか」
「あの、シェーンて女か?」
「ああ、あの女が絡んでいる予感がする。間違ってなけりゃ、そこから辿ってnameを見つけ出す」

そう言うと、リヴァイは今度こそアンカーを放って外へ飛んで行った。

「なんであの女がnameを攫うんだ?」

ファーランの頭に浮かんだ疑問を、イザベルが口に出して言った。
酒場に行った日のことを思い出す。
あの女のことはあまり覚えていないが、印象的だったのはしきりにリヴァイに声をかけていたということ。
また店に来てくれるか、というようなことを帰り際に言っていた。
酒場の他に娼館トラオムで働いていると言っていたので、リヴァイとはそこで知り合ったのだろうが…。

(まさか)

娼婦がただの客に恋愛感情を持つことなど普通は有り得ない。
けれど、リヴァイほどの有名な男が相手ならどうか。
彼に興味を示す女はこれまでにもいた。
もしかしたら、nameと出会うまで行きつけだったあの酒場でシェーンが働き始めたのも偶然ではないのかもしれない。

そこまで考えてファーランは軽く頭を押さえる。
今はそんなことを考えても仕方がない。
とにかく今は、目撃者がいないかどうか聞いて回るのが先だ。

「俺はあっちの通りから聞いて回る。イザベルはこの近場から聞いて回ってくれ」
「わかった!」


─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─


娼館トラオムの扉をリヴァイが開く。
受付の男は貼り付けたような愛想笑いを浮かべるとリヴァイに声をかけた。

「お客さん、指名は誰にします?」

リヴァイはその言葉を無視して、建物の最奥へと足早に進んだ。
男が何か言いながら追ってきたが、肘打ちして足止めをする。

再奥の部屋に辿り着くと、中からは甘い声が聞こえてきた。
それに構わず扉を開けると、火照った顔のシェーンと中年の男が同時にこちらを向いた。
男は明らかに驚いた顔で慌ててシェーンから離れた。
男の衣類に一瞥くれると、高価そうな釦やカフスが光った。もしかしたら貴族の人間なのかもしれない。

「な、なんだお前は!」
「てめえに用はねえよ」

殺気立つリヴァイに男はそれ以上言葉を発しなかった。
リヴァイはシェーンの元へ近づくと冷ややかに彼女を見下ろす。

「nameはどこだ」
「私に会いに来て開口一番がそれ?そんなこと知らないわよ」

シェーンはわざとらしく眉を下げると首をかしげた。
火照った顔も性交独特の匂いも、何もかもがリヴァイの神経を逆なでする。

「家から攫われた。お前は知ってるはずだ」
「どうしてそんなことわかるのよ」
「俺の勘だ」
「勘ですって?話にならないわ」

シェーンは首を振ると、リヴァイの腕を掴んで自分に引き寄せた。
自身の頬に彼の手を添わせる。

「その子、もしかしたら自分から出ていったのかもしれないじゃない」
「…なんだと?」
「生活に不満があったとか、あなたに愛想をつかしたとか、心当たりはないの?」
「…………」
「今頃は他の男と楽しんでるかもしれないわよ。そんなに必死になるなら、さっさと抱いておけばよかったのよ」
「…!」

シェーンの言葉にリヴァイは目を見開く。
彼女の頬にあった手を首へ移動させると、強く掴み、手に力を込めた。
汗ばんだ皮膚の感触が不快だ。

「っ…リヴァイ」
「あいつと何を話したのか知らねえが、俺とnameの間にてめえが入る権利なんかねえんだよ」
「苦し…っ」
「どんな不満があったとしてもあいつは勝手に出ていくような真似はしない。そう、俺は信じている…!」
「っ!!」

シェーンが苦痛に顔を歪める。
これ以上絞めたら死ぬと判断したリヴァイが手を離すと、彼女はベッドに倒れて咳き込んだ。

涙が滲んだ目を細めてシェーンは息を整える。
この涙は酸欠のせいなのか、リヴァイとnameの間に自分が入る余地が全くないからなのか。

首を絞めている時の彼は"信じている"と口にしているのに、表情には迷いがあった。
それを見た瞬間、シェーンは悟った。
リヴァイはnameを想うが故に迷い、苦悩しているのだと。
その眼に入っているのはnameだけで、目の前の自分のことなど映してくれない───。

「っ、あは」

シェーンは自嘲するように笑った。

「おい、何笑ってやがる」
「放っておいても明日の朝には見つかるわよ」
「…どういうことだ?」
「夜通し探し回っていれば第一発見者になれるんじゃない?もっとも、彼女だとすぐ判断できればの話しね。落下して死んだ人間が綺麗に原型をとどめているとも思えないもの」

シェーンの言葉にリヴァイは何も答えなかった。
沈黙が部屋を包む。
激昂して掴みかかってくるリヴァイを想像していたシェーンは不審に思い、彼へと視線を向ける。
リヴァイは無表情にシェーンを見据えていた。

「なるほどな」
「…何?」
「落下死させるということは高い場所だ。恐らく決行時間は深夜。朝になればすぐに見つかるということは人通りもある程度多い所ってことだな」
「え…」
「そして、それを実際に行うのは…シェーン、お前の弟だろう?」
「…!」

驚いたようなシェーンの顔が真実を物語るようだった。
リヴァイはそれを無表情のまま見下ろすと、踵を返して扉へ向かった。
部屋を出る直前でシェーンを振り返る。

「お前の弟、生きて戻ってくると思うな」

殺意に光る眼と低い声がシェーンを震え上がらせる。
それは脅しでもなんでもなく、本気の眼だった。

「…っ待ってリヴァイ!」

シェーンが声を上げた時には扉は無機質な音を立てて閉まっていた。
それに続いて客の男も部屋から出ていった。

火照っていた体は冷え、嫌な汗が滲み出る。
部屋に"一人"の状況が、これからの自分を暗示しているように思えて手が震えた。



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