13 胸騒ぎ
立体機動の動きで風を切りながら、リヴァイは思考を巡らせていた。
シェーンがnameに接触してきてから一週間が過ぎた。
彼はあれから、これまで以上に一人での外出をnameに禁じた。
洗濯物を干す時は、リヴァイ達が昼食に戻ってきている時間帯に済ますこと。
買い物に行く際は付き添いの目の届かない場所には決して行かないこと。
ここまで徹底するのはあの日以上の脅威を避けるためだった。
シェーンは偶然通りかかってnameを見たと言ったが、それはあまりにも不自然だった。
彼女の勤める娼館も酒場もこの家からは比較的遠い場所にある。
彼女の自宅がこの辺だと考えることもできたが、ここ一週間の彼女の動向を探ったところ、娼館と酒場の往復を週に2度したくらいで、あとは外出する様子はなかった。
つまり、彼女は寝食を娼館でしていることになる。
そんな彼女がリヴァイ達の家の傍を偶然通りかかるなんてことはありえないのだ。
シェーンはあの日、リヴァイ達の家だとわかった上で来て、nameに接触した。
それも、リヴァイ達のいない時間をわざわざ見計らった可能性も高い。
家の場所を調べあげるにしても、彼女が一人でやったとは考えにくい。
間違いなく、手助けをしている人間がいるとリヴァイは踏んだ。
「ちっ」
むしゃくしゃして胸糞悪い気分だった。
自分の知らないところで、自分に好意を寄せたらしい女がnameに危害を加えようとした。
次、nameに接近するのはあの女じゃないかもしれない。
家を特定し、シェーンを手引きしたであろう人間がどんな奴なのか考えると、なかなか仕事も手につかない。
以前、路地裏に連れ去られたnameと犯人の男達を見つけた時、それまでにないくらいの殺意が湧いたのをリヴァイは感じた。
自分の"大切なもの"に無遠慮に触る手を切り裂きたいと思ったし、本気で殺してやるつもりだった。
nameに止められなければ───。
「兄貴、ここんとこ元気ないよな」
「あのシェーンって女の件だろ。ここの所、あの女の身の回りを探っているみたいだしな」
「nameも元気ないよな…大丈夫かな」
「…大丈夫だ。俺達は大丈夫」
リヴァイの後ろを飛びながら、イザベルは不安げな眼差しを彼に向けた。
イザベルを安心させるように、自分に言い聞かせるように、ファーランは「大丈夫だ」と呟く。
最近のリヴァイは非常に神経質でnameの行動に目を光らせていることが多くなった。
nameは、リヴァイのそれは自分を守ってくれるための行動だと理解しつつも、些か困惑した顔をしている時もちらほらあった。
そんな2人の様子を見て、ファーランとイザベルは先々を懸念していた。
そして、何よりリヴァイはこんな現状と自身の行動に腹が立っていた。
(地下になんか来て俺と一緒になったがために、nameはあの狭い家に閉じ込められている)
言うまでもなく、それは彼女を守るためにしてきたことだ。
しかし、自由を知っているnameが本当は今の生活を不自由に感じているのではないかと、リヴァイは常々思っていた。
元の世界に戻る方法など見つかる保証はないが、それを探す方が彼女の為になるのではないか。
「ずっとここにいろ」と言った自分の存在や、恋愛感情が自由を絶ってしまっているのではないか。
そう思うのに、nameを手離すなんて、リヴァイは到底できそうもなかった。
nameとの関係をずっと進められずにいるのも、そんなジレンマのせいだ。
(もう、選択させることすら怖くなってるとは)
自分の隣にいることが不自由か。
元の世界に戻りたいか。
それを聞くことすら臆してしまうほどに、リヴァイは彼女に惚れ込んでいた。
『あなたみたいな有名な人がお客として来てくれるなんて嬉しいわ』
ふと、記憶を掠めたのは初めてシェーンと寝た日に言われた台詞。
何故、今あの時のことを思い出す?
『別に有名じゃねえ』
『あら、ゴロツキのリヴァイと言ったら地下では知らない人の方が少ないんじゃない?』
『ちっ…くだらねえこと言うんじゃねえよ』
『うふふ。でもね、ゴロツキの知り合いなら、私他にもいるのよ』
『俺の他に客として来ていても珍しくねえだろ』
『客じゃなくて身内よ』
『ほう…?』
『弟なの。リヴァイ程じゃないけど、なかなか頭がキレるし、将来いい男になると思うわ』
あの赤い唇が嬉しそうに歯を見せて言った話。
彼女の弟もならず者として生きている。
頭がキレる弟の存在───。
「!!」
リヴァイは目を見開くと、吹かしていたガスを止めた。
重力に従い落ちていく体をワイヤーがつなぎ止め、リヴァイはその場にぶら下がる。
「リヴァイ、どうした!ガスが切れたのか?」
ファーランが建物の壁にアンカーを打ち込み、その壁に着地すると、リヴァイに声をかけた。
返事をしないリヴァイを訝しげに見る。
彼の目は見開かれ、眉間には深く皺が寄っていた。
ファーランに続き、イザベルも壁に着地する。
「兄貴…?」
妙な胸騒ぎがリヴァイの胸中を支配していた。
シェーンの協力者が弟とは限らない。
全くもって確証のないことなのに、確信めいたものを感じる。
「クソ…!」
「あ?おいっリヴァイ!」
「兄貴どこいくんだよ!」
もうこれ以上ごちゃごちゃ考えるのは無駄だと判断したリヴァイは、今来た道を逆戻りし始めた。
彼の行動が理解できない2人は困惑の表情を浮かべるが、すぐに後について行く。
(何もなければそれでいい…!)
向かう先は自宅。
今この時に何かがあるというわけでもないだろうに、何故だか今すぐにnameの顔を見たい衝動にリヴァイは駆られていた。
無事でいてくれと祈るような気持ちで、ガスを全開に吹かして自宅へと急いだ。