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鏡に映っているのは酷く焦った表情の自分。
内出血と口紅の痕が、まるで挑発するかのように首元で鮮明に映えていた。

これがどういうものなのか、男性経験のない彼女でも流石にわかる。
そして、これを見たリヴァイがどんな反応をするかも想像できる。

「どうしよう…」

ブラウスの襟を閉じて隠せないかと釦を止めてみるが、痕の位置的に隠すのはどうやら難しそうだった。



11 自由を奪うのは



「おいname、いいから見せてみろ」
「大丈夫ですから…寝てれば良くなるので」

さっきから同じ問答の繰り返しで流石に苛ついてきたリヴァイは盛大に溜息をついた。


リヴァイ達が帰宅すると、いつも出迎えてくれるはずのnameの声が聞こえてこないことに彼らは違和感を覚えた。
料理のいい匂いや仕上げられたテーブルメイクはいつも通りなのに、nameだけがその空間から姿を消していた。
何かあったのではと焦ったリヴァイが彼女の部屋に行くと、ドアは施錠されており、開けることは叶わなかった。
代わりに、「気分が悪いので食事は皆で済ませてください」という言葉がドアの向こうから返ってきた。
とりあえず無事家にいることは確認できたのでリヴァイは胸をなで下ろしたが、彼女の初めての体調不良に別の心配が彼の胸に広がった。

それから「どんな具合だ、見せてみろ」と何度病状を確認しようとしても、彼女は頑なに部屋から出てこようとはしなかった。

「お前がここに来てから体調を崩すなんて初めてのことだろうが。自力じゃどうにもならない病気だったらどうするつもりだ。意地になってねえで頼れ」
「っ…本当に大丈夫ですから!」
「…………」

思いの外大きな声が返ってきたことに驚いたリヴァイは目を見開いて扉を凝視した。
さっきから、彼女の様子はおかしい。
何かに意地になっているようだし、頑なに顔を見せないのも不自然だ。

リヴァイはそこで暫く思案したあと、徐に階段へと足を向け下へ降りていった。


一方、彼と扉一枚隔てたところにいたnameはリヴァイの足音が遠ざかったことに安堵し、扉に凭れ掛かると、ずるずるとその場に座り込んだ。

(こんなの見られるわけにいかない。それに…今は顔を合わせたくない)

nameは首元を擦りながら溜息をつくと目を伏せた。

今、彼と顔を合わせたら醜い自分を見せてしまいそうで嫌だった。
シェーンに言われた言葉が頭の中で何度も木霊して、チクチクと胸を突き刺してくる。

『彼って見かけによらずとっても情熱的にするのよ。私、それが忘れられないの』

nameは言葉を振り払うように首を振った。
膝に突っ伏してぎゅっと瞼を閉じる。

あの人がリヴァイの前の恋人だったとして、そういう行為をしてたことに何ら文句なんてない。
それは過去のことだし、自分より年上の彼が経験豊富だったとしても別に不思議なことではない。
そう頭では割り切っているつもりなのに、実際に耳にすると胸は締めつけられ、嫉妬の感情がじわじわと広がっていく。
何より、自分の知らない彼をシェーンが知っているという事実が一番nameを切ない気分にさせていた。

(あの人とは"シて"私とは"シない"のは、やっぱり私に魅力が足りないから?)

『胃袋を掴んでるだけじゃダメなのよ』
『いい子なだけの女って男にすぐ飽きられるから』

あの時は頭に血が上ってしまっていたが、今思うと、よく自分に当てはまっているような気がしてしまう。
彼女の言う通り、リヴァイからしたら自分は一見、聞き分けのいい、家事が少し得意なだけのつまらない女なのかもしれない。
美しく、魅力的に男性を誘うことができるであろうシェーンを心底羨ましく思った。

今リヴァイと顔を合わせたら、きっと自分は笑えない。
下手したらこのモヤモヤとした感情をぶつけてしまうかもしれない。
いい子なだけの女は飽きられると言われ、はっとしたばかりだというのに、やっぱり自分は、彼の前だと"いい子でいたい"と思ってしまうのだった。

「name」

ドアの向こうから聞こえた声にnameは顔を上げた。

「イザベル?」
「おう。大丈夫か?部屋に入れてくれよ」
「リヴァイさんは…?」
「食事にするって下に戻ってきた。アイラも食べなきゃ体治らないだろ?ご飯持ってきたぜ」

イザベルの労りの言葉に仮病を使っていることの申し訳なさを感じる。

「イザベル、ごめんね。今開ける」

鍵を解錠して僅かに扉を開けると、不安げに眉を下げたイザベルが立っていた。
しかし、食事を持ってきたと言った彼女はそれらしきものを持っている様子はない。
不安げな彼女の表情は、なんだか申し訳なさげにも見える。

「イザベル…?」

nameが声をかけた瞬間、扉が強い力で引かれ、扉の死角に隠れていたリヴァイが顔を見せた。
しまった、と思ったnameは咄嗟にノブを引っ張ったが時すでに遅し。
「下に降りてろ」とイザベルに言うと、リヴァイは扉の隙間に身を滑り込ませ、いとも簡単にnameの部屋に侵入した。

nameはくるりとリヴァイに背を向けると、距離を取るようにベッド横の窓際まで走った。

「気分が悪いと言ってたわりには随分元気そうだな」

ずんずんとnameに近寄りながらリヴァイは皮肉を口にする。
黙りを決めこんだnameはその皮肉には無反応で、ただ首元を隠すように襟を掴んで窓の外へ目線を向けていた。

「おい、こっちを向け」
「…できません」
「ちっ…」

リヴァイは舌打ちするとnameの肩を掴んだ。
抵抗するように身を固めた彼女に構わず、強く自分の方へと向かせる。
振り向かせられたnameはリヴァイと目を合わせようとしない。
不自然に襟を掴んでいる手は震えており、それを怪訝に思ったリヴァイは必然的に彼女の首元を凝視する。

「…おい、これはどういうことだ?」
「っや」

リヴァイはnameの手首を掴み襟から退かすと、彼女の喉元に咲いているそれを食い入るように見た。
今朝まではなかったキスマークが彼女の白い肌の中ではっきりと主張している。
頭に血が上っていくのを自覚しながら、nameの手首を掴む手に力を込めた。

「痛っ…」
「てめえ、そんなもんどこで誰に付けられた」
「…………」
「黙ってたらわからねえだろうが…はっきり説明しろ!」

リヴァイの怒声にnameはびくっと肩を震わせると、ゆっくりと目線を彼に向けて口を開いた。

「今日、シェーンさんが来て…その時に」
「ああ?」

何故そこでシェーンの名前が出てくるんだと、リヴァイは既に寄っている眉間の皺を更に深めた。

「洗濯物を干している私を下で見かけたそうです…それで、外の階段で話している時に、突然…」

リヴァイはもう一度nameの首元を凝視する。
よく見ると、彼女の襟に口紅の跡があるのを見つけた。
その光景には見覚えがあった。
いつだったか、シェーンと寝た次の日、鏡に映った自分の首元にも同じようなキスマークと口紅の跡がついていたことがあるのを思い出した。

だとしたら、何故あの女がnameに接触してそんなことをしたのか?
思考を巡らせているうちに、あの酒場での彼女の様子や、過去の言動などが繋がり一つの線になった。
数回しか会ったことがなかったためはっきりとは覚えていないが、彼女が客であるはずの自分に妙な執着を持っていたのは確かだった。

リヴァイは手の力を抜くとnameの腕を解放した。

「……信じてくれるんですか?」
「ああ…その口紅は確かにあいつのものと同じような気がするからな」
「随分、よく知ってるんですね」
「あ?」

ややトゲのあるnameの言い方にリヴァイは思考を一旦停止させる。

「どういう意味だ?」
「いえ、特には」
「言いたいことがあるならはっきり言え」
「…リヴァイさんは、あの人ととても親しかったみたいですね。やっぱり恋人だったんですか?」

nameはそこまで聞いて、また余計な詮索をしてしまったと後悔した。
リヴァイの口からはっきりと真実を告げられたら余計に傷つくかもしれないのに。
それに、できるだけ平静を保って聞いているつもりだったが、やはりどうしても感情が口調に出てしまった。

「ちっ…めんどくせえな」

リヴァイは舌打ちをして腕を組むと、至極面倒くさそうに、自分とシェーンの関係を説明した。
彼女は娼婦で自分はその客だったこと。それはnameと出会う前の出来事であること。そして、彼女とは数回しか顔を合わせたことがないということ。

「そう、だったんですね」
「だからあいつと恋仲だったことはねえし、恋愛感情を持ったことも一度もねえよ。どちらにせよ過去のことだ。余計なこと悩むんじゃねえ」
「は、はい」
「あと、お前と出会ってからは娼館に行ったことはねえからな。もともとああいう場所は好きじゃねぇ」
「…はい」
「ちっ、こんなことを説明させられる日がくるとはな…」

初めはnameのキスマークについて言及していたというのに、いつの間にか自分が誤解を解くように説明しており、立場が逆転していたことに気づいたリヴァイはバツが悪そうに視線を逸らした。
nameはというと、リヴァイとシェーンの意外な関係性に少し拍子抜けしていた。
娼婦と客なら許せるのかというと、そういうわけではないが、恋仲だったと言われるよりは幾分ましだった。

「「…………」」

何とも言えない沈黙が2人の間に流れる。
大分冷静になってきたnameが何か言おうと口を開いた時、クルル…とその場に不釣り合いな鳴き声が響いた。
不思議に思ったリヴァイが声のした方へ顔を向けると、ベッド脇のチェストの上に、昨日イザベルが拾ってきた鳥がちょこんと座っていた。

「…何故ここにいる」
「あ…イザベルがちゃんと見ててって言ったので」

部屋に籠ると決めた時、もしものことがあってはいけないと、nameは一時的に自分の部屋へと連れてきたのだった。
こんな状況でもイザベルとの約束を守ったnameの律儀さに、リヴァイは気の抜けたような溜息をついた。けれど、それも彼女らしい行動だった。
nameのハンカチの上が気に入ったらしい鳥は大人しく座っている。
黒い目が自分を見つめているような気がしたので、リヴァイはそっと白い羽に手を伸ばした。
しかし、羽に巻かれている包帯が目に入ると、伸ばしていた手を止め、静かに下ろした。
不思議そうに首をかしげて自分を見つめてくる様子に、nameの姿が重なる。

「狭いだろうな」
「え?」
「こいつにとったら地下の、それもこんな部屋の中なんざ狭くて仕方ないだろうよ」

地上の、それも空を自由に飛んでいたというのに、ひょんなことで地下まで落ちてきてしまった。
地下に落ちても無垢な白さを保ったままでいるそれはまるで彼女と似ている。

「怪我さえなけりゃあこんな所にいる必要はねぇ。本来ならこんな地下に留まらずに"自由"にどこへだって行ける。例えここが居心地良かったとしても、ずっとここにいることはこいつにとって幸せじゃねぇ」

誰に言い聞かせるでもない、独り言のようにリヴァイは呟いた。
nameには何故彼がそんなことを言い出したのかわからなかった。
ただ、リヴァイの横顔が何だかとても物悲しげで、初めて見る憂いを帯びた表情に、胸が締め付けられるような気分だった。

再び小さく鳴いた鳥を見て、リヴァイはふっと目を細めて小さく呟いた。

「同じだ」

nameは無性にリヴァイに触れたくなって手を伸ばしたが、その手が彼に届くことはなかった。



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