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「#幼馴染」のBL小説を読む
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美しいブロンドの髪、赤いルージュの似合う唇、海のような青い瞳。
小首をかしげてリヴァイを見つめるその女性を素直に綺麗だと思った。



09 彼と壁だけ



「…誰だ?」


愛想よく笑いかける彼女に対して、リヴァイは相変わらずの無表情でそう尋ねた。

「まさか忘れちゃったの?トラオムのシェーンよ」

リヴァイは微笑む女を睨みつけて記憶を遡る。
彼女の風貌と"シェーン"という名を頼りに記憶を手繰り寄せると、思い当たる女が一人出てきた。

「…お前、こんなところで何してやがる」

思い出しても尚、彼の態度は素っ気ない。
それを気にもとめない様子でシェーンはにっこりと微笑んだ。


トラオムとは、地下街にある娼館である。
最も有名なその店は、潔癖のリヴァイが唯一通えた館だった。

初めて足を運んだ際に指名したのが、一番人気のシェーンだった。彼女は噂通りの美人で、接客も悪くなかったため、リヴァイはたまにその娼館に行く時は彼女を指名していた。
だが、彼女とは基本的に暗がりの中でしか会ったことがない。こうして明るい店内で顔を合わせても、すぐにシェーンだとはわからなかった。
何より、彼女と体を重ねたのは数える程度で、最後にトラオムに行ったのはnameと出会う前のことだ。


「あるお客様とご縁があってね、週に何回かここで働かせてもらってるの。素敵なお店でしょう?」
「俺は苦手な趣味だがな」
「それは残念ね。でも、彼女は気に入ってくれたみたいだったわよ?」

リヴァイの隣に座っているnameへ視線を移し、シェーンは綺麗に口角を上げた。


「えっ?」
「さっき、綺麗なお店だって言ってくれたわよね?」
「あ…ええ。絵だったりお花だったり、可愛らしくて女性は好きだと思います」
「嬉しい!あなたとは気が合いそう……皆さんでゆっくりしていってね」

彼女はファーランとイザベルにも笑いかけると、ブロンドの髪をなびかせて立ち去った。
ふわりと漂う残り香が、nameの鼻腔を甘ったるく擽った。



リヴァイは普段滅多に食べられないソーセージを咀嚼しながら、肉の旨みを楽しんだ。
しかし、味付けがくどく、やはりnameの作る飯が一番美味いと心底思った。

「イザベル、もういいのか?」

イザベルの皿に残ったソーセージを見て、ファーランは尋ねた。
いつもならあっという間に皿を空にする彼女が、おかずを残したままフォークを置くのは珍しい。


「いや、食べるよ。けど、nameの作る飯の方が美味い」


ぽつりと呟かれた言葉に、リヴァイとファーランは顔を見合わせる。
そして、ファーランは指先でフォークを回して得意げに笑った。

「だろ?nameの作る飯はその辺の店よりずっと美味い」
「犬みてえにがっついて食うから味の違いなんてわからねえと思っていたが…イザベルよ、お前ちゃんとわかってるじゃねぇか」

普段あまり人を褒めないリヴァイも、nameの料理には素直に感動を表す。
それくらい、彼女の料理はお墨付きとも言える。

「外食はたまにでいいな。また明日からnameの飯が食べたい!」

イザベルは身を乗り出してnameの顔を覗き込む。
いつものように笑って撫でてくれるのを期待したが、彼女はフォークを持ったまま無反応でぼんやりと皿を見ている。
イザベルは首をかしげて、nameの顔の前で手を振った。


「おーい?name!」


イザベルの呼びかけにnameははっとした。
3人の視線が自分に注がれている。
いつの間にかぼんやりしてしまっていた。
何か話を振られたのかもしれない。
心配そうな3人を誤魔化すため、nameは咄嗟に目に入ったウインナーを急いで口に入れた。


「ああ、このウインナーね!美味しいよね。どうにかして家でも作れたらいいんだけど」
「全然話聞いてねぇじゃん…」

的はずれなnameの返答にイザベルは大きく溜息をつく。
そして、もう一度賞賛の言葉を口にしようとした瞬間、店内に音楽が流れた。

音のした方を見れば、カウンター席にいる男がギターを鳴らしている。
店員の男達がいくらか灯を消して回ると店内は少しずつ薄暗くなる。
僅かな灯と色っぽい音楽がマッチして、一気に小洒落たバーのようになった。
カウンターの中にいるシェーンが何やら客達に声を掛けている。

「手品だってよ」
「へえ、シェーンの手品ショーなら見てもいいな」

客達は席を立つとカウンターの方へ集まり、シェーンの周りはあっという間に人だかりになった。
手品への興味によるものか、彼女の美貌目当てか。聞かずとも答えはわかっているようなものだった。

「テジナってなんだ?俺も見てみたい!」
「あっおい!…ったく、仕方ねえな」

イザベルは勢いよく立ち上がると、ファーランの静止の声も無視して人だかりへ走って行ってしまった。
ファーランは溜息をつくと後を追った。


nameはウインナーをごくりと飲み込んでコップを軽く煽った。
炭酸水が油っぽさを綺麗に流してくれる。
美味しいと言ったウインナーは塩気の強さが気になるばかりで、実はまともに味など楽しんでいなかった。

ぼんやりと人だかりを眺める。
さっきから考えてしまうのはあのシェーンという女性のこと。
とても綺麗だと思ったし、彼女の一挙一動に女である自分も見惚れてしまうほどだった。
そんな彼女がリヴァイに親しげに話しかけてるのを見て、当然何も思わないわけもなく。


(どういう関係なんだろう。前の恋人とか?)


無表情か眉間に皺を寄せていることの多いリヴァイだが、整った顔立ちをしており、所謂甘いマスクだと思う。
そんな彼の横にシェーンがいるのを想像してみる。
美男美女で正直悔しいくらいお似合いだ。


(何でこんなことまで想像してるの私…。わざわざ余計に悲しくなること考えなくていいのに)

一つ悪いことがあると、どんどん悪い方へと考えてしまう自分の性格に嫌気がさす。
誤魔化すように再びコップを煽った。
清涼な炭酸水が、このもやもやとした感情も一緒に流してくれたらいいのに。


「おい」


ふいにリヴァイに呼ばれた。
壁側の席にいる彼は、隣にいるname越しに手品ショーを見ている形になる。
もしかして自分のせいで見えにくいのだろうか。
そう思いながら、彼の方を振り返った。


「!」


振り返れば、すぐ目の前に端正な顔があり、思わず言葉を失った。
驚きで目を見張ったまま固まっていると、リヴァイの顔が更に近づいてきて、唇に柔らかいものが触れた。
nameは咄嗟に身を引く。


「そっ、外ですよここ」
「今は周りに人がいねえだろうが」
「で、でも!」


そう言ってまた顔を寄せてきたリヴァイの胸に慌てて手を置き、静止させる。
いくらすぐそばに人がいないからといっても、後方のカウンターには沢山の人がいるわけで、流石にこの状況でキスをするのは憚られてしまう。
それに、リヴァイとこうしたスキンシップをとること自体久しぶりのことだ。

彼はnameと同室のイザベルを気遣ってか、夜に彼女の部屋に来ることもなければ、自室に呼ぶこともしなくなった。
イザベルと同室になった、あの夜の廊下での一件以降、久しぶりの口付けだったのだ。
そのせいか、必要以上にドキドキしてしまう。

nameの静止を無視してリヴァイは顔を寄せるが、逆に彼女は身を引いていく。
リヴァイはそれに舌打ちすると、nameの後頭部に手を置いた。
とうとう逃げられなくなってしまった。
熱っぽく見つめてくれる灰色の眼がいつもは嬉しいのに、今日はもやもやとした自分の気持ちのせいでそれを見るのが心苦しい。
nameがすっと目を逸らすと、リヴァイは再び舌打ちした。

「ちっ…name、何か余計なことを考えてるだろ」
「何も…考えてません」
「そういう顔には見えねぇんだよ」
「私は、ただ……」

リヴァイに勘づかれている。
そんなに顔に出ていただろうか。
不機嫌な顔をしてしまっていたのか。
nameは視線を忙しなく動かすと、何か上手いことを言って切り抜けなくてはと考えた。
そして、小さな声で呟く。


「私のせいで、ショーが見えにくいかな…と、思ってただけです」
「…………」


決して嘘ではない。
けれど、あまりに苦しい言い逃れだった。
リヴァイは呆れたように溜息をつくと、腕に力を込めてnameを引き寄せた。


「リヴァイさん…!」
「あんなもん、はなから興味ねえ」
「だめです、外でこんな…」
「誰も見ちゃいねえよ。それに、お前からは俺しか見えないだろ?」


nameの手の力が一瞬弱まる。
リヴァイはそのまま彼女を引き寄せてキスをした。
彼の言う通り、nameの目に映るのはリヴァイと奥の壁だけ。
店内の暗がりも手伝って、羞恥心をいくらかかき消してくれる。

何度も啄むように重ねられる唇に、体の緊張が解けていく。
胸が、甘く痺れる。
後ろでは絶えず音楽と人々の盛り上がる声が聞こえているのに、まるでこの空間に2人だけのような錯覚になる。
心地よい口付けに身を任せ、nameは恍惚とした気分に酔いしれた。

リヴァイは角度を変え、nameの咥内に侵入しようとする。
彼女はぴくりと体を震わせてリヴァイの胸元をぎゅっと掴んだが、抵抗することはなかった。
気分を良くしたリヴァイは、もどかしい手つきでnameの背中を撫で・・・───。


その瞬間、店内が少し明るくなった。

リヴァイが片目でちらりと周りを見れば、店員達が灯を付け始めている。
どうやらショーはもう終わりらしい。
名残惜しく唇を離すと、お互い僅かに息が荒くなっている。
リヴァイの熱っぽい眼に見つめられても、nameはもう目を逸らさなかった。

いつの間にか音楽は鳴り止んでおり、店内もすっかり元の明るさに戻った。
更に客達の戻ってくる足音で、甘い空間に浸っていた2人は現実に引き戻された。



***



「ね、いい雰囲気だったでしょ?」

会計をしながらシェーンは綺麗な笑みをたたえた。
どうやらあのショーのことを言っているらしい。

「ああ、あの音楽と店内を暗くする演出は悪くない」

リヴァイの言葉にnameは顔を赤くしてフードを深く被った。
会計が済まされたのを確認すると、ファーランは扉を開けて外に出る。イザベルもそれに続いた。

「だが、掃除が行き届いてねえようだな。それとも、隅に残してあった埃も装飾の一つなのか?」
「手厳しいのね。気をつけるわ」

嫌味をさらりと受け流したシェーンをリヴァイは鼻で笑う。
扉を開けてnameを先に行かせると、自身も外に出た。


「ねえリヴァイ…また来てくれるかしら?」


後ろから聞こえた鈴の鳴るようような声に、リヴァイは足を止めて僅かに振り向く。
他の3人も同様に振り返った。

扉の前で名残惜しそうに立っているシェーン。
店内の灯が逆光していて表情は見えずらいが、きっと熱い視線をリヴァイに送っているに違いない。


「どうだろうな。掃除の技術も料理の腕も、この店より上のやつが家にはいるからな」


リヴァイはそう言って、nameのフードを下に強く引っ張ると、すたすたと歩き出した。
彼の言葉にファーランとイザベルもしたり顔で笑って歩き出す。
前が見えなくなっていたnameは急いでフードを直すと、慌てて3人の後を追った。


「…………」


シェーンは無言で拳を握ると、美しいルージュの唇を歪めた。
4人の姿が見えなくなるまで、彼女は暫くそこに佇んでいた。



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