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06 赤毛の少女



昼食を済ませたリヴァイとファーランを見送ったあと、nameは洗濯し終わった3人分のシーツや衣類を外に干していた。
太陽も風もないこの地下街での洗濯には慣れたもので、今やその現状を悲しく思うこともなくなっていた。

全て干し終わると、白いシーツの向こうから階段を駆け上がってくる音がすることに気がつく。リヴァイともファーランとも違う足音だ。

(誰…?)

思わず身構えていると、その足音はどんどん近づいてくる。
家に戻った方が良いと判断して急いで洗濯籠を掴んだところで、シーツの向こうから足音の主が飛び出してきた。

「!!!」

鮮やかな赤色が目に入る。現れたのは綺麗な赤毛の髪をお下げにしている少女だった。
次に、震える緑色の瞳と目が合った。

「っ!」

赤毛の少女はシーツの向こうに人がいるとは思っていなかったようで、nameと目が合うと酷く動揺した。
身構えていたnameは現れたのが自分より年下の少女だとわかると、少し安心して声をかけようとした。
その時。
遠くない場所から怒声が響いた。

「あの小娘どこ行きやがった!」
「絶対に見つけ出せ!」
「あんな舐めたガキ、殺したって構わねえからな!」
「隈無く探せ!」

男達の声はどうやら階段下の通りから聞こえるようだ。
少女はシーツの向こう側を睨みつけてギリ、と奥歯を噛む。しかし、握りしめられた拳は震えていた。
nameも同じ方向へ意識を向けると、また、別の足音が近づいてくる気配がした。

「くっ…」

睨みつけていた少女の瞳が恐怖に染まり、怯えるように揺れた。
どうやらこの赤毛の少女は追われているらしい。
少女に声をかけようとして、リヴァイとの約束が頭によぎる。
"外では慎重に過ごす"───。
約束したのに、こんな勝手なことをしたら怒られるだろう。

(だけど、今は迷ってられない!)

nameは向かってくる足音の主に気づかれないように家の扉を開けると、少女の腕をそっと掴んだ。
びくっと肩を震わせて少女が振り返る。
nameは唇の前に人差し指を立て、素早く少女の腕を引いた。そして、気づかれないように静かに扉を締めて施錠をする。

扉から少し距離をとり耳をすませると、足音は扉のそばで止まった。
nameと少女は息を潜める。
足音の主はそこで数秒立ち止まると、踵を返して階段を降りていった。
足音が遠くなったのを確認すると、ぷは、とまるで水中から顔を出したかのようにnameは息を吐いた。

「あ…ありがとう」

少女を見ると、まだ少し怯えているようだった。
強く腕を掴んでいたことに気づいて急いで手を離す。

「ごめんね、痛かったでしょ」
「大丈夫。あんたも俺なんかのために怖い思いさせてごめん」

一人称を"俺"と呼ぶ少女は、可愛らしいお下げ髪とは対象的にボーイッシュな口調だった。
痩せている体のためか自分より小さく見えたが、目線はそんなに変わらないことに気づく。
つり上がり気味の緑色の瞳からは勝気な印象を受けた。

「どうして追われていたの?」
「……商人の、食糧を」
「…盗ったの?」
「いや、今日は失敗した。逃げる前に見つかっちまったんだ」

少女は悔しそうに目を伏せた。
事情はわからないが、少女の身なりからして生きるための盗みだということは想像できた。
着ている服は元の色を染めるように黒く汚れており、所々穴が空いてボロボロになっている。
なんと声をかけたら良いかとnameが思案していると、少女の腹の虫が盛大に鳴いた。
あまりの大きな音にnameは目をぱちくりとさせると、小さく笑った。

「パンとスープしかないんだけど、よければ食べ…」
「食べる!!」

nameの言葉に、少女は食い気味に答えるとキラキラと目を輝かせて何度も頷いた。
それに笑って応えると、nameは椅子に腰掛けるよう少女に促した。

「あ…れ?」

少女はテーブルへと足を進めようとしてよろける。
バランスを崩した体はそのまま傾き、どんどん床へと距離が近くなる。

「危ない!」

nameは駆け出し、少女へ向かって腕を伸ばす。
頭が床にぶつかる前に、抱きとめるようにして支えることができた。
大丈夫かと声を掛けるが、返事がない。
肩を掴み、だらりと力なく俯いた顔を覗き込むと、少女の目は閉ざされ意識を失っているようだった。



***



非常に怖い顔をして自分を見下ろしているであろうリヴァイを直視することができず、nameは前で組んだ自身の指を見つめた。


少女が意識を失ったあと、nameは何とかかんとか彼女をソファに横たえた。
少女は規則的な呼吸を繰り返しており、熱も無さそうだった。顔色もそんなに悪くなかったので、恐らく空腹による気絶ではないかと判断したアイラは目覚めるまで暫く様子を見ることにした。
本当は自分のベッドまで運んであげたかったのだが、年下とは言え自分と同じくらいの身長の少女を二階まで運ぶのは至難の業だった。
そのまま夕刻になり、仕事が早く上がったリヴァイとファーランは今日はいつもより早い帰宅となった。
彼らは家に入るとすぐにその違和感に気づいた。
ソファに見知らぬ子供が寝ているのだ。
それを凝視したまま2人が固まっていると、nameがおずおずと近づいてきて事情を説明し始めた。

ただでさえ見知らぬ人間の存在で眉間の皺が深くなっていたリヴァイは、話を聞くにつれてどんどん機嫌が悪くなっていった。
彼の眼の怒りの色が濃くなっていくのを見ていられず、nameは段々と目線を下にずらした。

(こうなることはわかっていたけど…やっぱり怖い!)

nameは顔を真っ青にしてダラダラと汗をかいた。
ファーランは静かに状況を見守っているようで、nameを助けるつもりはないらしい。もしかしたら彼も少なからず怒っているのかもしれなかった。

「言いてえことは山ほどあるが、まずお前はこのガキに何もされてねえんだな?」
「はい、何もされてません」
「こいつの追手に顔も見られてないな?」
「恐らく…私からも声しか聞こえなかったので見られてないと思います」
「そうか…」

リヴァイはそこで一旦区切ると溜息をついた。nameの安全を確認して漏れた、安堵の溜息だった。

丁度その瞬間、人の話し声で意識が覚醒したらしい少女が目を開けた。声のする方へと僅かに顔を傾ける。
自分を助けてくれた女の他に、男が2人立っていた。

「name…てめえ、危ねえだろうが。どういうつもりだ。一丁前に人助けでもしたかったのか?」
「そういうわけじゃ…でも、あの瞬間ではそうするしかないと思ってしまって」
「理由はどうあれやったことは同じだ。お前の現状は他人の心配をできるものか?このガキは特別か?よく考えろ。俺達がいないときに何かあったらお前を待っているのは決して楽しい未来じゃないだろうよ。俺にとってもな」
「っ…ごめんなさい」
「生きるために盗みをして痛い目を見るガキなんて地下にはクソほどいる。今日ここで飯にありつけたとしても明日からはまた同じ生活に戻ってその落差に絶望するだけだ。無責任な親切心は逆効果なことだってある」

nameははっとして顔を上げた。
リヴァイの表情から怒りの色はやや薄くなっており、代わりに彼の眼には今言ったような"絶望"の色が窺えた。
nameは自身の無責任な行いに恥ずかしさと申し訳なさを覚えた。そんなつもりはなかったとしても、結果的に中途半端な親切心が人を傷つけることもある。
状況が違っていれば自分が傷つけられ、リヴァイやファーランに悲しい思いをさせていた可能性だって充分にある。
しかし、それを理解していた上で、あの瞬間に少女を見捨てることができたかと聞かれると即答できない。
わかっていても、同じように助けていたかもしれない。
そんな風に割り切れない自分は本当に甘ったれなのだろうと、nameは内心で思った。

「待ってくれよ」

痛いほどの沈黙が、リヴァイとファーランの聞きなれない声で破られた。
3人が声のした方へと視線を向けると、体を起こした赤毛の少女が強い目でリヴァイを睨みつけていた。

「その姉ちゃんは悪くねえよ。俺が勝手にこの家の敷地まで入ったんだ。困ってた俺を助けてくれただけなんだよ」
「…なんだてめえは。関係ない奴は黙ってろ」
「関係あるよ!俺のせいで姉ちゃんは怒られてるんだろ!俺を怒れよ!」
「ちっ…」

リヴァイは苛立ったように舌打ちすると少女に数歩近寄った。
少女は少し怯むように身構える。

「よく喋るなクソガキ。さっきまで呑気に寝てやがったのに随分偉そうな口を叩くじゃねえか」
「っ…ガキじゃねえ!」
「そうか。なら追い出しても後味悪くねえな。うちの敷地に入ったことも、床とソファを汚してくれたことも見逃してやる。とっとと出ていけ」
「…出ていくよ。あんたが姉ちゃんを許したらな!」

少女は噛み付くようにリヴァイを睨みつけた。
リヴァイはそれをわざとらしく鼻で笑って、少女を凄んだ。
それまで黙っていたファーランは溜息をつくと、2人を制するように間に入った。

「……リヴァイ、もういいだろ。nameは無事だったんだ」
「…………」
「おい、ガキ。お前もとっとと失せろ」
「だからガキじゃねえよ!」
「あー、うるせえな。どっちでもいいから早くしろよ」

喚く少女の声を煩わしそうにファーランは指で片方の耳を塞いだ。
牙を剥いた子犬のように睨みつけていた少女の目は、リヴァイとファーランの2人を同時に捉えて、はっとしたように見開かれた。

「あ、あのさ…あんたたちもしかして、立体機動装置を使ってる連中か?」
「ああ?なんだよ突然」
「何回か見たんだ、あんたたちが上を通るのを。鳥みたいに飛んでて…すげえ羨ましかった」

リヴァイとファーランは訝しげに少女を見つめた。
少女に先程までの威嚇するような姿勢はなく、寧ろ憧れのような眼差しを彼らに向けている。
迷った挙句、少女は決意したように口を開いた。

「こんな状況で言うことじゃないかもしれないけど、頼む、俺も仲間に入れてくれ!」
「ええ?」

ファーランは驚いて少女を凝視したあと、チラリとリヴァイへ目線を向けた。
リヴァイは黙って少女を見つめている。

「俺もあれで飛んでみたいんだ!必要なことがあるなら何でもする。頼むよ!!」

少女は強さを宿した目をいっぱいに見開いた。
リヴァイはそれを真っ向から受け止め、怒りも苛立ちも消して真っ直ぐに見つめ返した。

「あれは遊びじゃねえ。仕事の為に使ってる。てめえが立体機動装置を扱うということは仕事を手伝うということだ。それも簡単な仕事じゃねえ。てめえにそれを手伝う覚悟があるのか?」

少女はごくりと唾を飲み込み、はっきりと聞こえるように大きく口を開いた。

「仲間にしてもらえるなら何だってやってやる。絶対に逃げ出さない」

リヴァイは真意を確かめるように少女の緑色の瞳を暫くじっと見つめると、ふっと目を閉じた。
そして、部屋の隅の掃除道具入れから箒を取り出し、それを少女へと差し出した。

「お前、名前は?」
「へっ…?」
「お前の名前だ」
「あ…イザベル・マグノリア」
「イザベル、ここにいるならまず、立体機動より先に掃除を覚えろ」

差し出された箒を受け取ったイザベルは、瞬きを何度もさせてリヴァイを見た。
そして、リヴァイの横にいるファーランへと視線を移す。
ファーランはそれに気づくと、笑って頷いた。
イザベルはリヴァイの言葉の意味をやっと理解すると、ぱっと表情を明るくした。

「ありがとう!!」

少し後ろでやり取りを見ていたnameも安心したように頬を緩ませた。

「リヴァイさん、私からもありがとうございます」
「ふん…」

嬉しそうに笑ったnameを見て、リヴァイは小さく鼻で返事をした。
nameはイザベルと目線を合わせるように屈んだ。

「自己紹介がまだだったね。私はname・fam_name。よろしくねイザベル!」
「俺はファーラン・チャーチ。こっちはリヴァイだ」
「name、ファーラン、それに…リヴァイの兄貴だな!」

イザベルは目を輝かせて3人を見ると、嬉しそうに歯を見せて笑った。
「兄貴」という慣れない呼ばれ方にリヴァイはピクリと反応したが、特に何も言うことはなかった。

イザベルを迎え入れたこの家の住人の数は4人となった。
844年の、地上はそろそろ春になろうとしている時期のことだった。



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