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「#幼馴染」のBL小説を読む
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「今日は遅くなる。飯は先に済ませてろ」

夕刻の買い出しに付き添い、nameを家まで送り届けると、早々にリヴァイは仕事へと戻って行った。
彼は今日、想定外のことで片付けなければならない仕事が増えてしまったのだ。

nameは買ったものを袋から出しながら、ファーランの部屋の扉へ不安げな視線を向けた。



05 弱った彼の感情



昨晩からファーランは喉の痛みを感じ、体調がよろしくない様子だった。
心配したnameに「寝れば治る」と言って笑った彼だったが、今朝になってみると症状は悪化しており、いつもは美味しく平らげる朝食を殆ど残してしまった。

リヴァイは休むように言ったがファーランは聞かず、いつものように2人で仕事へ出かけた。
しかし、仕事中どんどん顔色が悪くなり、昼食に戻ってきても食欲がない彼を見て、リヴァイは「休め」ときつく言って一人で仕事へ戻ってしまった。
ファーランはそれを追おうとしたが、引き止めたnameの説得で最後はすまなそうに頷いた。

自室へ戻ると至極億劫な手つきで立体機動装置を外し、死んだようにベッドに横になった。
頭がガンガンして体がだるい。

nameが部屋に様子を見に行くと、ファーランは瞼を閉じて苦しそうに呼吸を繰り返していた。
額に触れると、体温計など使わなくてもわかるくらいに酷い熱だった。
それからnameは濡れタオルを乗せたり汗を拭いてやったりと色々世話をしたが、その間一度も目覚めない彼により不安の気持ちが強くなった。
そして夕刻の買い出し中、風邪に良さそうな献立を必死で考えながら彼女は食材を探した。

(本当はお粥を作りたいけど、この世界にはお米がないのよね…)

米を使わない風邪に良い食事を考えた時、頭に浮かんだのがポトフだった。
鶏ガラスープを一から作らなくてはならないので手間がかかるが、ファーランに栄養のあるものを食べさせたかったnameは即決した。

水を張った鍋に、安く買えた鶏ガラ、人参、玉ねぎ、にんにくを入れ、酒も加える。
そして、高価だがリヴァイに頼んで買うことを許してもらったローリエを入れた(こちらの世界ではとても珍しいもののようだ)。
浮かんでくるアクを何度も取り除きながら、できるだけ根気強く煮込ませる。
仕上げに塩胡椒で味付けしてもうひと煮立ちさせ、味見をする。

(……うん、悪くない。臭みもないし大丈夫)

本来必要なネギや生姜がなかったので不安だったが、なんとか使えそうなスープになった。
米もそうだが、アジア圏で食べられるようなネギ、生姜、ゴボウなどの食材が売られているのをnameは見たことがない。
地下だからなのかと思ったが、パンを主食にするこの世界にはそもそもそれらの野菜は存在しないのかもしれなかった。

スープを他の鍋に移すと、予め切っておいた野菜とウィンナーを入れて新たに煮込んだ。



***



深く落ちた意識が覚醒したファーランは重い瞼を開けてぼんやり天井を眺めると、額に何かが乗っていることに気がついた。
気だるく腕を動かしそれに触れると、拍子で横に落ちてしまった。
それを目で追うように首を横に動かすと、椅子に腰掛けたnameの姿があった。
ベッド脇のチェストにもたれ掛かりながら、瞼を閉じている彼女は規則的な呼吸を繰り返して眠っているようだった。

ぼんやりと寝顔を見ながら、nameと初めて会った時のことをファーランは思い出した。
心なしか、その頃よりは大人っぽくなったように見える。

少女の面影を残していた顔はどんどん女へと変わっていくんだろう。
きっと、リヴァイの横で。

ファーランの胸に切なさのような感情が溢れる。
普段はできるだけ蓋をしているその感情は、体が弱っているせいか、なかなか抑えようとしても止まらない。

nameの形の良い唇が僅かに開かれている。
ファーランは感情の波に流されるように、彼女へと手を伸ばした。
リヴァイ以外は触れることの許されない彼女の唇へ触れようとした、その時───。

「顔色はだいぶ良いみてえだな」

突如として聞こえた声にびくっとして伸ばしかけた手を止めた。
nameの後ろに目を向けると、リヴァイが顔を覗かせた。
彼女に触れようとしていた手を誤魔化すよにファーランは両腕で伸びをした。

「いつ帰ってきたんだ?」
「丁度今帰ったところだ。ドアが開けっ放しになってたから様子を見にきた」

ファーランはいくらか軽くなった体を起こしてドアへと目を向けると、確かに、全開なっていた。恐らくnameが閉め忘れたのだろう。

「おいname、こんなとこで寝たらお前まで風邪をひいちまうだろうが」

リヴァイが肩を揺さぶり耳元で声を掛けると、nameははっと目を覚ました。

「あれ…リヴァイさん?え、今何時ですか?」
「9時を過ぎたところだ」
「ええっ、いつの間に!」

nameはガタッと立ち上がるとあわあわと部屋を出ていった。

リヴァイと部屋に残されたファーランは、さっきの行動を言及されたらどうしようかと内心焦っていた。
しかし、リヴァイはそのことに触れずに、「飯だ」とだけ言って部屋を出ていった。

「あれ、ファーラン?部屋までご飯持っていくよ?」

リヴァイと一緒に部屋を出てきたファーランを見て、nameは棚からトレーを取り出そうとしている手を止めた。

「いや、だいぶ体もいいからこっちで食べれる」

食卓に並んだのは透き通ったスープで、野菜とウィンナーが入っている。
湯気とともに運ばれる美味そうな匂いが彼らの食欲をそそる。

「ポトフって言うの。栄養もあるし体も温まるから食べてみて」

スープを一口飲むと、コクが深く、優しい味だった。優しさのなかにも飽きさせないパンチが効いていて、とても美味い。
野菜たちも柔らかく煮込まれているので、ファーランもとても食べやすかった。
朝と昼まともに食べていなかった彼は夢中でポトフを食べた。
その様子を見てnameはほっとする。

「良かった、食欲も戻ったみたいだね。またしっかり眠ってれば良くなるね」
「ああ、すぐ元気になるさ。リヴァイにも迷惑かけられないしな」
「なら、これも飲んでおけ」

リヴァイがすっとテーブルの上に置いたのは紙で包まれた薬だった。
ファーランは薬を手に取り、品定めするように眺めると、困ったよう笑ってリヴァイを見た。

「高い薬だな。ただの風邪にここまでしなくても」
「念のためだ。今日と明日の食後に欠かさず飲めよ」

それ以上の有無を言わさない口調にファーランは苦笑した。
こういうときのリヴァイの行動は、その見かけとは裏腹にとても情け深く優しいものだということをファーランはよく知っている。
nameもリヴァイのそんなところに惚れたのだと思う。
先ほど、彼女に触れようとした自分の行動に罪悪感を覚えた。

「今日は作るのに時間がかかっただろう。name、よく頑張ったな」
「え…!」

リヴァイの褒め言葉にnameは驚いて目を丸くする。そして、嬉しそうに頬を染めて笑った。

「リヴァイさんも一緒に食材を探し回ってくれたお陰です!高い食材もあったのにありがとうございます」
「ああ、確かにあの葉っぱは高かったな」
「あはは…ごめんなさい」

楽しげな2人を見ながら、ファーランは胸をチクリと刺激する痛みに気づかない振りをする。
自分にとって大事なのはこの2人なのだと、もう何度目になるかわからない戒めを心に言い聞かせる。
けれど、自分がこれ以上nameと同じ屋根の下で暮らすことは避けた方がいいのではないかと思い始めていた。



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