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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -




地下街とはいえ冬の深夜帯はとても寒い。
冷える手を摩りながらnameは目の前を歩くリヴァイの背中を見た。
彼の吐く息も白くなっていた。



17 月下の夜更かし



12月25日もあと2時間ほどで終わるという時刻。
部屋で微睡んでいたnameは聞こえたノック音で体を起こした。
扉を開けるとコートを着たリヴァイが立っていた。

「もう寝るところだったか」
「いえ大丈夫ですよ。どうしたんですか?」
「今日が終わる前に少し付き合え」
「え?付き合うって…何にですか?」
「そうだな…夜更しってところか」

行き先を聞いても彼は教えてくれない。
先に言ったらつまらねぇだろ、ということなので、着くまでのお楽しみにしておくことにした。

出発してからそろそろ15分は経っただろうか。

nameはフードの下から街を見上げた。
この街は常灯の明るさを保っているはずなのに、昼と夜とでは全く違う顔になる。
疎らに行き交う人々の纏う雰囲気は不穏で危険なものだった。
時折、怒声や衝撃音が響く。
nameはその度に身を竦めた。
自分の出歩く時間帯の街が、いかに平穏なものだったかと思い知らされた。



***



慣れない道をしばらく進むと大きな空洞が現れ、リヴァイはそこで足を止めた。
nameは不安げに眉を寄せた。
洞窟のような入り口は不気味で中は暗く、灯りがなければ一寸先も見えないだろう。
ランタンに火を灯し始めた彼に、nameは戸惑いがちに声をかけた。

「…まさか、この中を行くんですか?」
「ああ、暗いから足元には気をつけろ」
「ええぇぇ…」
「なんだ」
「すみません…真っ暗なのは苦手で」
「ああ?」

何をガキみたいなことを、とリヴァイは言いかけた。
nameは引きつった顔に薄ら笑いを浮かべ、冷や汗までかき始めている。
どうやら本当に怖いらしい。
滑稽で彼は思わず笑った。

「わ、笑わないでください!本当に怖いんですからね!」
「安心しろ。ここから目的地まではそんなに歩かねぇ。滅多に人も来ない」
「でも…」
「万が一この中で何か起きても、俺はお前を連れて間違いなく外に出られる。だから心配するな」

リヴァイは手を差し出した。
nameはその手を見つめ、彼の顔へと目線を上げた。

「俺を信じろ、name」
「…はい」

nameは躊躇いがちに手を重ねた。
ずるい。
そんな風に言われたら頷くしかない。
煩くなり始めた心臓を落ち着けようとするが、繋いだ右手は熱くなるばかり。
手から鼓動が伝わってしまうのではないかと心配になるくらいに、どきどきしていた。

やはり中は真っ暗だった。
ランタンの微かな灯りでは心もとなく思える。
リヴァイがいてくれても怖いものは怖い。

「あの、この先に何があるんですか?」
「チッ、せっかちな奴め。もう少しで着くから待ってろ」
「はあ…でも、ここはあまりにも…」
「よく見ろ。もうそんなに暗くねぇはずだ」

nameは言われた通り辺りを見た。
ところどころ天井に空いた穴から光が差し込んでいる。
道がぼんやりと見えるようになっていた。
この光が何の灯りなのかはわからないが、彼女にとっては有難いものだった。
遠くに薄く光っている穴が見え始めた。
どうやらそこが出口のようだ。

「もう着くぞ」

やっと出られると、nameは安堵の溜息をついた。
この向こうに何があるのだろう?
だんだん明るくなる世界を彼女は見つめた。
そして彼らは長い暗闇から出た。

「あ……!」

広がった景色にnameは目を見開いた。
この場所だけ天井が崩れていて、ぽっかりと吹き抜けになっている。
仰いだ先にあるのは、もう随分長く見ていなかったもの。
見ることを許されなかったもの。

そうか、差し込む光が何なのかやっとわかった。
元の世界では、あれがこんなに明るいものだなんて実感したことがなかった。
闇夜で眩しいくらいに光るそれは───。

「月だ…月がある」

天高くに浮かぶ月。
空気は澄んで、辺りはしんと静まり返っている。
nameは胸が高揚するのを自覚した。
魅せられたように歩いていく。

すると突然腕を引っ張られた。

「…!」
「そっちは危ねぇだろ。足元をよく見ろと言ったはずだ」

足元を見るとあと数歩で斜面になっていた。
斜面の下は一面真っ黒になっている。
どうやらそれは全て水のようだ。

「リヴァイさん月が、空が見えます」
「…どうだ、久しぶりに空を見た感想は」
「月がこんなに明るいなんて知りませんでした。少し眩しいくらい…空気も全然違う」

感動したnameは饒舌だった。
横にいるリヴァイを見ると、彼も空を仰いでいた。
月光に照らされた横顔は女の彼女から見ても綺麗だった。

「これを見せるために連れてきてくれたんですね」
「たまには夜更かしも悪くねぇだろ」
「はい、とっても嬉しいです。リヴァイさんの誕生日なのに、わざわざありがとうございます」
「こんな時間に連れ出してすまなかったな」
「そんな。私こそ道中、煩くてごめんなさい」
「……今日のうちに空を見たかった。お前と」

リヴァイの横顔からnameは目が離せなくなった。
胸が、掴まれたみたいに苦しい。
そんなことを言われたら期待してしまう。
あの悪夢を見た夜から、彼への想いは更に大きくなっていた。

『俺は、お前を必要としている』

あれはどういう気持ちで言ってくれたのだろう。
どうして抱きしめてくれたのだろう。
泣き止むまでそばにいてくれたのは、仲間だから?

「リヴァイさん、あの…」

nameは躊躇いがちに声をかけた。
リヴァイに横目で見下ろされると、彼女の心臓は更に忙しなくなった。
苦しげに眉を下げ、nameは唇を噛む。
気持ちが喉まで出かかっていた。
いま、伝えてしまおうか。

「あの…私」

どきどきと、早い鼓動が耳の奥で聞こえる。
緊張で声が掠れ、みっともないことに脚まで震えてきた。
どうしよう。
人生で一番、緊張しているかもしれない。

「…………」

リヴァイは黙ってnameの言葉を待ってくれていた。
だめだ、と彼女は拳を握った。
これ以上は沈黙に耐えられない。

(やっぱり言えない!!)

nameは目をぎゅっと瞑り、意気地なしだと自分をなじった。

「ごめんなさい、何でもないです!」

誤魔化すように笑いながらリヴァイへ向けて両手を振った。
そのまま数歩、後ずさる。
リヴァイははっとして声を上げた。

「おい!」
「え?きゃ!?」

nameは後ろ足を踏み外した。
そうだ、ここが斜面になっていることを忘れていた。
危ないと注意を受けていたのに。
体は重力に従って後に傾いていく。
来たる衝撃に備えnameは身を固めた。

しかし、すかさず伸びた手が彼女の腕を掴んだ。

「お前は一点を見ると他は見えなくなるみてぇだな」

リヴァイは彼女の腕を自分の方へと引き寄せた。
遠心力によってnameの体は今度は逆方向へと傾く。
倒れる形となった彼女をリヴァイは力強く支えた。

「ご、ごめんなさ……っ!」

顔を上げたnameは言葉を詰まらせた。
リヴァイの顔がすぐそばにあった。
深い灰色の眼を、瞬きも忘れて見つめる。
顔に熱が集中するのをnameは自覚した。
きっと真っ赤になっているに違いない。
心臓がとても騒がしい。

「なんて間抜け面してやがる」

リヴァイは眼を細めて穏やかに笑った。
普段は無表情でいることがほとんどだが、たまに見せる彼の笑った顔が、nameは一番好きだった。
彼の色んな表情を、もっと見たいと思った。

「…そろそろ帰るぞ」

リヴァイは背を向けた。
それを引き止めるよう、nameは彼の腕を掴んだ。

「……待って、ください…」

勢いで動いたことをnameは少しだけ後悔した。
掴んだ手が震えている。
まただ。本当に意気地がない。
ここまできたらちゃんと言わないと。

「あの、わたし…その」

しかし、口から出る言葉ははっきりせず、nameはしどろもどろだった。
上手い言葉が見つからない。
こんなことしていたら苛々させてしまう。
でも、少し待ってください。
拒まれたとしても、きちんと伝えたい。
だって───。

「わたし、リヴァイさんのことが」

もうこれ以上、この気持ちを抑えていられないから。

「好きです」




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