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年末の2週間というのは時代や場所を問わず忙しないもので、あっという間にその日はやってきた。

25日の朝、リヴァイはいつも通りの時間に下りてきた。
nameは彼と会ったらまず、朝の挨拶の次にお祝いの言葉を贈ろうと思っていた。
しかし、当の本人があまりにも何も意識していないようなのですっかりタイミングを逃してしまった。
ファーランも特に何も言わないので、夜まで黙っていることにした。



16 俺たちの日常



2人を見送ったあと、nameは気合を入れてキッチンに立った。
今日のディナーはいつもより下準備に時間がかかるのだ。

食料庫から出した材料を並べた。
失敗したときの不安が一瞬よぎるが、ここまできたらやるしかない。
これが今の自分にできる精一杯なのだから。

まずはバター、塩、粉を混ぜ、水を加えながら再びしっかり混ぜる。
混ざったものをまとめ、布をかけて暫く休ませる。
その間に林檎を切って皮を剥き、少量の砂糖を塗して鍋に入れる。
レモン汁を加えて火にかけた。
朝のうちにやれることはここまでだろう。

次にメインディッシュの下準備にかかる。
手に持った肉を見て、nameはゴクリと喉を鳴らした。
こんなしっかりとした肉を見るのはいつぶりだろう。

(年に一回の誕生日だもの、美味しいものを食べてもらいたい)

nameは丁寧に味付けしながら今宵のディナーを想像し、頬を綻ばせた。



***



他の家事にも追われていると、あっという間に日が暮れた。
nameは最後の仕上げとして、格子状に組んだ生地の表面に卵を塗った。
窯に入れて上手く焼けますようにと祈る。
それから間もなくして2人が帰ってきた。

「おかえりなさい!」
「ただいま。今日はまためちゃめちゃいい匂いだな」

部屋を満たしている匂いに刺激され、ファーランは腹の虫を鳴らした。
リヴァイはいつも通りすぐに手を洗った。

2人が席についたのを確認すると、nameはテーブルを料理の皿でいっぱいにした。
サラダ、スープ、パンのいつものメニューに加え、一際輝く皿にリヴァイとファーランは目が釘付けになった。

「すげぇ贅沢な肉!」
「ふふ、今日は頑張ったよ!」
「よ、流石name!」

揚々とするnameをファーランは素直に褒めたたえた。
2人とも今晩のディナーを楽しみにしていたのだ。
はしゃぐ彼らをリヴァイは交互に見た。

「おい、今日は何かの祝いなのか?」

リヴァイの一言に2人はピタリと動きを止めた。
部屋は急に静かになった。
今日の主役である彼は状況を理解できない様子で、無表情のまま黙っている。
これはもしや、とnameは考えた。
彼女と同じことを考えていたファーランは盛大に吹き出した。
数秒の静寂はそこで終わりを告げた。

「あ?何笑ってやがる」
「やっぱり忘れてたのか、リヴァイ」
「何のことだ」

リヴァイは彼の言っていることの意味が分からないようで、苛立ったように眉間を寄せた。
苦笑したファーランがnameに目配せをする。
言ってやれ、と。
nameは軽く咳払いをした。

「リヴァイさん、お誕生日おめでとうございます」

思ったより自分の声が大きく出て、nameは少し気恥ずかしくなった。
リヴァイは目を見張ったまま数秒固まった。
やがて小さく、ああ、と呟いた。

「そうか…そういえばそうだったな」
「リヴァイさん、自分の誕生日忘れちゃってたんですか?」
「去年も忘れてたんだよ。ふつう自分の誕生日くらい覚えておくもんだよな?」

ファーランはスプーンでこめかみをトントンと叩いた。
リヴァイは黙って肉を凝視した。
どう反応したらよいかわからないのだ。

「…あ!奮発してお肉買いましたけど、ちゃんとやり繰りしたので出費は変わりませんから安心してください!」

nameがファーランに頼んだのは、実はそれだった。
この2週間あまりの間、買い出しの出費を抑えるようにしていた。
普段の食費を削り、余った分のお金をファーランに貯めてもらっていたのだ。
塵が積もったおかげで今日はいい肉を用意することができた。

誰もそんなことは気にしていないのに、とリヴァイは苦笑した。

「美味そうだな」

リヴァイがそう言ったので、nameは嬉しそうに目を細めた。

「冷めないうちにどうぞ」

今晩のディナーは格別美味しく、3人の舌を楽しませた。
久しぶりに味わう良い肉に感激しつつ、冗談を言い合っては腹を抱えた。
食器の楽しい音と笑い声が部屋に響き渡る。
リヴァイは心地よさそうに目を閉じると、僅かに口元を緩めた。

食後のティータイム、nameは立ち上がった。

「今日はデザートがあるんですよ」

食器棚に隠していた最後の料理をテーブルに置く。
格子状に組まれた生地はこんがり小麦色に焦げていて香ばしい。

「リヴァイさんは砂糖の甘さが好きじゃないと言っていたので、砂糖は本当に少量にして煮すぎないように気をつけました」

買い出しの時、林檎を見つけたことでnameは思いついた。
果物の甘さならリヴァイでも美味しく食べられるのではないかと。
そうすれば、誕生日ケーキを彼に贈ることができる。

ナイフを入れるとサクサクと音がした。
イチョウ型に切り分けると、シナモンカラーの果実が顔を見せた。
小皿に分けてリヴァイとファーランの前に置く。

「アップルパイです。紅茶と一緒に召し上がってください」

上手くできるか不安だったが、焼き上がりを見たnameは確信した。
これならきっと大丈夫。

リヴァイはフォークで欠片を綺麗にすくって口に入れた。
林檎の香りと優しい甘みが口いっぱいに広がる。
彼女の言った通り砂糖は少量しか使っていないようで、甘さは林檎本来のものだった。
サクサクとした生地が食感も楽しませた。

「どうですか?」
「…美味い」

リヴァイは心底そう思って二口目を食べた。
甘いものがこんなにも美味しいと感じたのは初めてだった。

その様子を見てnameは思わず笑みがこぼれる。
自分にあげられるプレゼントを考えとき、それは料理しかないと思った。
借りた金で物を買ったのでは意味がない。
好きな人への贈り物なら尚更に。
今の自分が贈れるプレゼントは、今晩のディナーとアップルパイが精一杯だった。

「これが私からのプレゼントです。物じゃなくてごめんなさい」
「何言ってやがる。充分すぎるだろ」
「おっと、じゃあこいつはいらないか?」

ファーランはにやりとしながら箱を出して見せた。
丁寧にリボンが巻かれている。

「俺からのプレゼントだ。開けてみてくれよ」

ファーランからのプレゼントを、リヴァイは丁寧な手つきで開けた。
中にはネイビーのハンカチが入っていた。

「気に入ってたハンカチを失くしたって言ってたろ」
「ファーラン、ちゃっかり買ってたんだね」
「ま、俺は稼いでるからな」
「あ、ひどい!」

ファーランは得意げに笑ってみせた。
小さく非難しつつもnameも一緒に笑った。

リヴァイは2人のやりとりを静かに眺めた。
とても穏やかな気分だった。
彼らとの出会いを思い出して内心で笑う。
そういえば、どちらも降って湧いたような出会いだった。
リヴァイにとって3人で過ごす時間は日常で、それは何ものにも代え難いものになっていた。

彼は自分の手元を見下ろした。
持っているフォークが一瞬ナイフに見えた気がしてはっとした。
この手が血に染まったのはとっくの昔。
汚れが落ちることは一生ない。
けれど、この日常だけは自分の手で守りたいと強く思った。

2人の命を背負ってみせると、自分の生まれた日に誓う。

「お前ら」

2人が同時にこちらを向いたので、リヴァイは躊躇うように間を置いた。
こういうのはガラじゃない。
だが今日くらいは、言ってもいいだろう。
彼は2人の顔を交互に見た。

「ありがとう」

nameとファーランは顔を見合わせて笑うと声を揃えた。

「誕生日おめでとう!」




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