×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




ファーランは人数分に分けた札束を男達に渡した。

「今回の報酬だ」

仕事の協力者を家に入れるとき、nameには必ず自室にいるよう伝えてある。
お茶出しをさせてほしいと言った彼女を強く制したのはリヴァイだ。
彼女の存在を、同業の男達の目に晒したくなかった。



14 嵌ることができるのは



次の仕事の話を進めているらしい彼らを目の端に捕らえながら、リヴァイはナイフを磨いていた。
今日は一度も使用していないにも関わらず手つきは念入りだ。
それは彼が考え事をするときの癖だった。

リヴァイはあの晩のことを思い出していた。
彼女が悪夢を見たあの晩だ。
nameが感情的になって涙するは初めてのことだった。
この世界にきた頃だって泣き喚いたりしなかったというのに。

『必要としてくれる人はいないかもしれない』

nameにしては珍しい悲観的な言葉だった。
いつも穏やかな彼女にも、隠された暗部があったのかとリヴァイは思った。
それを生み出したのは両親との死別とその後の生い立ちだということは、話を聞いていて想像がついた。

リヴァイは手を止め、瞼を閉じた。

一人になる痛みは知っている。
死んだ母親と、育ての親ケニーの顔を思い浮かべた。
胸の奥が鈍く疼いた。
この古い傷は、おそらく完治することはない。
普段それを意識せずにいられるのは、傷の表面に何層もの壁を築いているからだ。
それでも隠しきれない、埋められない溝が浮き彫りになることがある。
だから彼は、仲間といることを選んだ。


同業の男達が立ち上がる気配があった。
目線を向ければ、ファーランが彼らを見送っているところだった。


(同じだ)

リヴァイはファーランの背を見ながら思った。
独りの痛みを知っている者は、誰かの中に自身の居場所を求めずにはいられない。
望まれることを、望まずにはいられない。

『何のために帰ったらいいのか、わからなくなってしまいました』

name、お前も同じだろう?

子どものように泣きじゃくるnameに、自分の内側が大きく揺さぶられるのを感じた。
抱きしめたいと思った。
彼女の願望の中に"自分"を見た気がしたのだ。

お前が必要とされることを望むなら、俺が望めばいい。
同じ願いを持つ俺なら、お前の溝に嵌るかもしれないだろ。

この感情は既に、仲間に対するものではない。
もしかしたら歪なものかもしれない。
だからどうしたと、リヴァイは内心で呟いた。
どれほど歪であろうと、もう止められないところまで彼女へのいとしさは大きくなっている。

ファーランは腕を組み、黙り込んでいるリヴァイを静観していた。

「ファーラン」
「なんだ、リヴァイ」

ファーランがnameのことをどう思っているのか、考えたことがないわけではない。
彼は頭がいいだけでなく優しい男だ。
nameのことを大事にしているし、彼女も彼を信頼している。
当然だ。自分が選んだ相棒なのだから。
これまで出会った男の中で、一番いい男だ。

リヴァイはファーランを真っすぐ見据えると、はっきりと聞こえるように言った。

「俺はnameが好きだ」

リヴァイの低音が静寂に響いた。
ファーランは僅かに目を見開いた。
少しの沈黙のあと、彼は眉を下げて笑った。

「ああ、気づいてたよ」
「そうか」
「これだけ一緒にいればわかるさ」

だてに相棒やってねぇよとファーランは肩をすくめた。

「お前もだろ、ファーラン」
「…いや」
「俺は本気だ。お前が相手でも遠慮はしねぇ」

きっぱりと言い切ったリヴァイにファーランは目を丸くした。
そして、軽快に笑った。

「ははっ、すげぇなnameは!今までのリヴァイだったら有り得ない台詞だ」

ファーランの言う通りだとリヴァイは思った。
恋愛は酒や暴力と同じ程度のものだった。
そこにあったから手を出したに過ぎない。
娼婦と寝て女を啼かせることに興じてみたこともあるが、知らない人間と肌を接触させるのはかえってフラストレーションが溜まった。

現状にリヴァイ自身が一番驚いていた。
こんな風に一人の女に執着したことは、かつて一度もなかったのだから。

「なあリヴァイ。お前がnameを好きになったのはわかる気がする。あいつと一緒にいると心が安らぐし、些細なことでも嬉しい気持ちにさせてくれるよな」

ファーランは2階への階段を眺めながら微笑んだ。
この場にいない彼女を想っているのだろう。

「けど、俺にとってnameは仲間だ。リヴァイと一緒になることであいつが幸せならそれでいいと思ってる」
「…本心か?」
「ああ。俺はこの先も3人でいられればそれでいい」

だから上手くやれよ、とファーランは笑った。
もうこれ以上は言及すべきではないと悟ったのか、リヴァイは静かに頷いた。

「それにしても驚きというか、俺は感動したぜ。リヴァイも普通の男だったんだな」
「どういう意味だ」

悪態をついては面白そうに笑うファーランに、リヴァイは小さな溜息をついた。
しかし彼の表情には、微かに安堵の色が浮かんでいた。




back