ここのところ、nameの様子が変だ。
夕食後のティータイム。
ファーランは頬杖をつきながら、食器を片付けているnameを眺めて思った。
12 彼女が変わった理由
(何か雰囲気が変わった)
具体的に何が変わったのかと聞かれれば、それは上手く答えられない。
化粧をし始めたとか、髪型を変えたとか、そんなわかりやすい変化ではない(そもそもnameは普段から化粧をしていない)。
けれど、nameの出している雰囲気はこれまでと違うのだ。
(あの日リヴァイと買出しに行ってからなんだよなあ)
それは3日前に遡る。
nameとの買出しの日、ファーランは少し早く帰宅した。
しかし、彼女の姿が消えていた。
こんなことは初めてだった。
彼女が1人で外出することはない。
動揺した彼は強盗かと家中を見て回ったが、それらしい形跡もなかった。
慌てて外に探しに行こうとしたところで、彼女は帰ってきた。
リヴァイと一緒に。
事情を聞いたファーランは安堵した。
リヴァイともかなり打ち解けてきたnameだが、2人での買出しはさぞ緊張しただろう。
ファーランは軽口を叩いて絡もうとしたが、彼女は目も合わせず、すぐに夕食の準備を始めてしまった。
そして食事中も上の空だった。
次の日にはいつも通りの笑顔を見せてくれたが、どことなく雰囲気が違うのを感じた。
それは今日まで続いている。
ファーランは隣に座るリヴァイを横目に見た。
彼は愛用のナイフを念入りに拭いている。
そういえば、彼にもちょっした変化があった。
「クッキーがあと少し残ってるから食べちゃいましょう」
片付けを終えたnameが皿を持ってきた。
3日前に買ってきたクッキーは今日で最後らしい。
リヴァイはナイフを置くと皿に手を伸ばした。
そして、クッキーを一枚かじる。
ファーランはその様子をまじまじと見た。
リヴァイが甘いものを口にするなんて滅多にない。
それも砂糖を使ったクッキーなんて尚更に。
(どういった心境の変化だ?)
リヴァイはすぐにカップに手を伸ばした。
ちょうど空になっていた。
nameはそれに気づくと、ティーポットから紅茶を注いだ。
「気が利くな」
リヴァイはnameを軽く見やるとそう言った。
彼女は頷くと、耳にかけていた髪を下した。
(あ…)
思わず、ファーランは声が出そうになった。
nameの顔が髪で隠れる寸前、見えたのだ。
リヴァイの何気ない言葉に嬉しそうに微笑む表情が。
ほんのり薄紅色に染まった頬が。
それは、これまで自分といるときには見せたことがない彼女の顔だった。
(そういうことか。リヴァイのやろう)
ファーランは内心で毒づく。
数日の疑問が一瞬で解けた。
nameの雰囲気が変わった理由。
それが、恋であると。
nameがリヴァイに対して好意的になっているのは知っていた。
彼女の気持ちを一気に加速させる出来事が、おそらく3日前にあったのだろう。
そして、リヴァイが苦手なはずの甘いクッキーを食べるようになったのも、nameの影響に違いない。
ファーランはクッキーを口に放り込んだ。
甘い味が口いっぱいに広がる。
なのに、気分はあまり甘くない。
(俺の方がリードしてると思ってたんだがなぁ)
クッキーを飲み込むと、紅茶で口内を潤す。
アールグレイの淡い苦さが広がった。
「あーあ、なんだかなあ」
ファーランは頭の後ろで手を組み、盛大に溜息をついた。
リヴァイとnameが不思議そうに彼を見つめる。
2人が似たような顔をしていたので、ファーランは苦笑してしまった。
「ファーラン、どうしたの?」
「なんでもねーよ。早いとこ寝ちまおうぜ」
「ええ?まだ8時だよ?」
ファーランはnameに曖昧に笑いかけ、リヴァイを見た。
彼の双眸はいつも通りの鋭い灰色だ。
だがその眼がnameを見るときだけは、僅かに柔らかくなることをファーランは知っている。
「なんだ、ファーラン」
「いいや」
苦々しい気持ちを笑みの下に隠して、ファーランは首を振った。
正直悔しいが、こればっかりは仕方がない。
せめて、自分がnameに本気になる前で良かったと思った。
(応援してやるか)
ファーランは仄かな気持ちに鍵をかけることを決めた。
nameとリヴァイの恋路を見守る立場に回ることにしたのだ。
本気になれば奪うことだってできるかもしれない。
だが、それはしない。
自分にとって一番大切なものは仲間であり、2人はかけがえのない存在だから。