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ある日のこと、リヴァイはいつもより早い時間に帰宅した。
驚いたnameは窓拭きの手を止めた。
彼女がおかえりなさいと言うより先にリヴァイは声をかけた。

「name、今日は買出しの日だろ」
「はい、そうですけど」
「丁度いい。ついでに俺の買い物に付き合え」



11 落ちる、落ちた



先ゆくリヴァイをnameは追いかけた。
フードの下から彼の背中を見つめる。
小柄ながらも逞しい背中にはベルトが巻かれていた。

リヴァイとファーランは最近になって、立体機動装置という機械を身につけて仕事に行くようになった。
本来は兵士だけが所持を許されている貴重なものらしい。
憲兵から上手くくすねたと、ファーランは得意げに笑っていた。

両手に持つ装置を使い、腰からアンカーを放つ。
ワイヤーを巻き取りながらガスを噴射することで空中を飛ぶことが可能だという。
なんとなく原理は理解できたが、本当にそれで飛ぶことができるのかnameはにわかに信じがたかった。



いつも買い物をする通りに来るとリヴァイは足早に目的の店に向かった。
店頭に四角い缶が並んでいる。
光沢の美しいそれは、貧相なこの店では見るからに浮いていた。
この主張している缶こそがリヴァイの求めていたものだった。

「こんなに紅茶の缶が、珍しい」
「この店に入荷すると聞いてな。王都の物が流れ込んだらしい。それを聞いたら居ても立っても居られねぇ」
「あはは、大好物ですもんね」

リヴァイは茶葉を選び始めた。
nameには缶の種類を見分けることはできない。
この世界の文字を読めないのだ。
だけどおそらく、彼はアールグレイを選ぶだろうと思った。
それがリヴァイの一番好きな茶葉だ。

「たくさんあって迷いますね」
「まあな。だがアールグレイは外せない」

nameはやっぱりだと、ほくそ笑んだ。
リヴァイには極端なところがある。
嫌いな埃は徹底的に排除するのに、好きなものにはこうして目がない。
粗暴で冷徹かと思えば、ファーランや自分には優しい一面を見せてくれる。

出会った頃は口の悪さが怖かったが、今はその裏の意味を考えられるようになってきた。
そしてnameは少しずつ、リヴァイに好意を寄せ始めていた。

「name、お前も何か選べ」
「え?そんな、リヴァイさんが選んでください」
「付き合わせた礼だ。遠慮してねぇでさっさと選べよ」
「あ、わかりました。そうですねえ…」

正直なところ、nameはそこまで紅茶にこだわりがあるわけではない。
どうしようか迷っていると、紅茶の缶の隣に別の缶が並んでいた。
少し大きめなので見分けがついた。

「これはなんて書いてあるんですか?」
「…………」
「リヴァイさん?」
「……クッキー」
「へえ、クッキー!売られてるの初めて見ました!」

nameは嬉しそうに缶を持ち上げた。
地下街でこうした甘いお菓子に巡り合えることは珍しいのだ。
嬉々とする彼女に対し、リヴァイは少々苦い顔をしていた。

「それが欲しいのか」
「はい!クッキーなんて滅多に食べられないでしょうから」
「……店主、これとこれを頼む」

リヴァイは紅茶の缶をnameに渡すと金を店主に渡した。
まいど、と愛想のない挨拶が返ってきた。
会計が済んだのを確認すると、nameはクッキーの缶1つと、紅茶の缶を2つ買い物袋に入れた。

「女ってのは砂糖が入ったものが好きだな」
「もしかして、甘いもの苦手ですか?」
「ああ、砂糖の甘さは好きじゃねぇ」

その返答で先の苦い顔の理由がわかった。
確かに、彼はいつも紅茶をストレートで飲む。
砂糖も牛乳も入れているのを見たことがない。
普段食べる機会がなかったから気づかなかったが、彼は甘いものが苦手らしい。

「一緒に食べられるものを選べばよかったですね」
「礼だと言っただろ」
「でも…」
「…まあ、さっき買った紅茶と一緒になら食えなくもないかもな」

リヴァイの言葉にnameは微笑んだ。
こうして見せてくれる優しさが、やっぱりとても嬉しい。
そして、この人の何よりの魅力だ。

「それ最高の組み合わせですね!」
「俺はバターの方が好きだがな」
「!…すっかり気に入ってくれたみたいで嬉しいです」

nameは照れくさそうに俯いた。
優しさだけでなく、こうした誉め言葉を不意にくれるなんて。
普段とのギャップがちょっとだけずるいと思った。



***



並んで帰路を歩いていると何やら目立つ人だかりがあった。
全員同じ方向を見て何か言っている。

「ありゃ助からねぇな」
「誰か下で受け止められないのか」
「んなことしたら腕が折れちまうだろ」

彼らの視線の先にあるのは背の高い建物のようだった。
2人も同じ方へ視線を向けた。

「あっ!!リヴァイさんあれ!」

nameは思わず叫んだ。
建物の3階の窓から子供がぶら下がっていた。
室内には誰もいないのか、子供が引き上げられる気配はない。
あのままでは確実に落ちる。
受け止めるにしても成功する確率は高くない。
いくら子供とはいえ3階から落ちた人間を受け止めたら腕を負傷するリスクだってある。

助けられる道は、3階まで駆け上がって中から引き上げるしかないだろう。
だがそれも、子供の力が持てばの話だ。

nameは建物の入口へ駆けだそうとした。
彼女の肩を掴んでリヴァイが止める。

「name、お前はここで待ってろ」
「でもっ」
「俺が行く」

リヴァイは両手に装置を持つと腰からアンカーを放った。
そして彼は、飛んだ。
目の前でガスが噴射され、nameの髪が揺れる。
慌ててリヴァイの姿を目で追えば、建物の壁に向かって彼の背中がどんどん小さくなっていくところだった。
リヴァイが立体機動装置で飛ぶのを、nameは初めて見た。

しかし、彼が窓際に着地した瞬間。
驚いた子供は思わず手を離してしまった。

「ああ!落ちる!」

nameは堪らず叫んだ。
子供の体が重力に従って落ちていく。
目を覆いたくなる瞬間だった。
人々がどよめき、息を呑む。
nameは身を竦ませ、両手で口元を覆った。

しかし、落下が進むより先に二本の腕が伸びた。
まるでスローモーションのように、世界がゆっくりに見えた。
次の瞬間には、リヴァイの腕に子供がしっかりと抱かれていた。

瞬きも忘れ、nameは彼に見入っていた。
無駄のない動きは美しくさえ感じさせる。
宙を翔る彼を映した瞳が揺れる。
胸が高鳴った。

かつてないほどに、高揚した。

「なんてアホ面してやがる」

リヴァイの声でnameは我に返った。
戻ってきた彼はいつも通りの無表情で、抱えていた子供を下しているところだった。
子供は呆気にとられつつもお礼を言うと、人だかりから走って消えた。

nameはリヴァイの言うアホ面のまま開いた口が塞がらなかった。
彼が飛んでから戻ってくるまでに1分も経っていないのかもしれない。
なのに、世界が色を変えて見えた。

「帰るぞ」
「…………」
「おい…どうした」

動こうとしないnameの顔をリヴァイが覗き込む。
すると彼女は少し距離をとり、なんでもないですと言いながらフードを深く被った。
リヴァイはその様子に訝しげだったが、彼女から買い物袋を奪うと肩にかけて歩き始めた。

リヴァイを追うnameの目線は彼の足元に注がれている。
しかし、彼女の瞳に焼き付いて離れないのは、先の彼の姿だった。
飛んでいるリヴァイを見たとき、確かに胸が高鳴ってしまった。
それは今も続いている。
心臓が忙しなくてたまらない。
顔が、とても熱い。

nameは顔を上げてリヴァイの背中を見つめた。
立体機動装置を身につけて買い物袋を持つ後姿はちょっと間抜けだ。
それなのに、そんな姿すら素敵に見えてしまうなんて。

抱き始めていた彼への好意はまだほんの小さなものだった。
ゆっくり育つはずだった感情は、一気に速度を上げて花を咲かせてしまった。

あの瞬間、落ちたのは私だった。




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