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昨日、知り合ったばかりの人と同じ家に住んで一緒に食卓を囲むなんて、nameの常識だと考えられないことだ。
それなのに安心感を覚えている自分が不思議でならなかった。



07 スリーショット



リヴァイは最後の一口を水分と一緒に飲み込むと、頬杖をついてnameを見た。

「name、お前は料理人でもしていたのか?」
「むぐっ…そんな、まさか!普段の生活の中で作っていただけですよ」

nameは思わぬ問いかけにパンを詰まらせそうになった。
両手を振り否定のジェスチャーをした。

「お前の世界の女は料理ができるのが普通なのか」
「それは…どうでしょう。男性で料理を好んでする人もいるし、女性でも作らない人はいます。自分で作らずとも何でも買えてしまいますから」

料理が好きなnameはできるだけ自分で作るようにしていた。
しかし、時にはコンビニ弁当やカップラーメンで済ますこともあった。
健康と金銭を気にしなければ、何でも買って食べていける世界だ。

「お前の世界はここより文化や技術が進んでいるな。随分便利で過ごしやすそうじゃねぇか」

リヴァイは目を細めた。
地上とはまた違うその世界を眩しく感じているのだろう。

「そうだ、nameが持ってたあの薄い光るやつはなんて言うんだ?」

食べ終わったらしいファーランが、nameに尋ねた。
すぐにピンときたnameはポケットのスマートフォンをテーブルに置いた。

「これのことですか?」
「それそれ。昨日から気になってたんだ」

ファーランはスマートフォンを興味深げに覗き込んだ。
リヴァイは頬杖をついた姿勢は崩さないが、視線はファーランと同じところに注がれている。

「これはスマートフォンと言います。略してスマホ」
「ふうん。それで、そのスマホは何ができるんだ?」
「これは遠くにいる相手と話すことができたり、文章を送ったりすることができるんです」
「遠くってどのくらい遠くなんだ?」
「電波さえあればどんなに遠くても大丈夫です」

説明を聞いたファーランは驚きを隠せないようだった。
リヴァイも目を見開いている。

「そりゃすげえな。それで元の世界と連絡はとれないのか?」
「ここには電波がないし…あったとしても別世界なのだとしたら難しいかもしれないですね」

残念そうに笑ってnameはスマートフォンを撫でた。
黙って説明を聞いていたリヴァイは初めて口を開いた。

「それは他に何ができる?」
「え?ええと、そうですね」

nameはスマートフォンの電源を付けて画面をタップして左右に動かす。
どんなアプリケーションを開いても意味がない。
カメラマークのアイコンをタッチして、インカメラ状態にする。
そのままスマートフォンをリヴァイに手渡した。

「なんだこれは…鏡か?」
「いいえ、それはカメラと言って、写真を撮ることができます」
「シャシン?」

写真という言葉にピンときていない2人。
どうやらこの世界にはカメラや写真の技術もないらしい。

nameは立ち上がってリヴァイたちの方に回り込むと、画面のシャッターボタンをタッチした。
シャッター音が鳴り、リヴァイは驚いたように自分とスマートフォンの距離を遠くした。

「…何しやがった?」
「写真を撮ったんですよ」
「だから、そのシャシンってのは何なんだ」
「なんて説明すればいいんでしょう…。見たままを……そう、ここに見えるものをそのまま絵のように写すことができるんです!」
「ああ?どういうことだ」
「試しに撮ってみましょう」

nameはリヴァイからスマートフォンを受け取ると、2人に目線を合わせるように屈んだ。
器用に横にして持ち、自分から距離を取るようにして固定した。

「2人とももう少し寄ってください。3人がこの四角に入るように…よし、撮りますよ」

再びシャッター音が鳴る。
部屋が暗かったため、インカメラのライトが作動して画面が一瞬白くなった。
nameは保存された写真を開くと、2人に画面を見せた。

「これが写真です。見たままを保存することができます」
「俺たちがいる…!すげえな、絵なんかよりずっと本物みたいだ」
「真実を写す、なんて言ったりもするので、すごく精巧なんですよ」
「name、それもう一回やってくれよ!」
「ファーラン、楽しみすぎだ」

興奮するファーランにリヴァイは少々呆れつつも、写真の精巧さには驚いていた。
nameは2人の様子に笑うと、もう一度スマートフォンを構える。

「せっかくだから2人とも笑ってください。撮りますよ!」

シャッター音とともに画面が光る。
今度は先程よりも顔がアップの写真になった。
真ん中には笑ったname、その左には歯を見せて笑顔のファーラン。
そして、nameの右隣には無表情のリヴァイが写っていた。

「面白ぇな、写真ってのは!俺達の世界にもあったらいいのにな」
「まあ、あれば便利だろうな」

ファーランとリヴァイは画面を見つめて口々に色んなことを言っていた。
左右から色々と質問してくる2人に答えつつ、nameは久しぶりに楽しい気分だった。
ファーランの笑い声やリヴァイの低い声が心地よく感じた。

「お前もそんな風に笑うんだな、name」

声を出して笑うnameの横顔を見てリヴァイは何気なく言った。

「えっ…?」
「ああ、昨日から困った顔ばっかしてたが。ちょっとは元気出たみたいだな」

nameはそういえば、と思った。
無意識に自然と笑えていた。
リヴァイとファーランの顔を交互に見つめる。
そして、2人の顔がとても近かったことに気づいた。
彼女は顔を赤らめると、屈んでいた背を伸ばして数歩後ろに下がった。

「なんか…私はしゃいでましたね。恥ずかしい」
「気にするなよ。使用人とはいえ一緒に暮らしてるんだし、楽しい方がいいに決まってる」
「…ありがとうございます」

それはフォローでもなんでもなく、ファーランの本心だった。
nameは嬉しそうに微笑んだ。
あどけなさが残る、可愛らしい笑みだと彼は思った。

nameはスマートフォンの電池を確認する。
カメラを起動したためにかなり消耗したらしい。
恐らく明日には電源は入らなくなってしまうだろう。

nameの表情の微かな陰りにリヴァイは気づいた。

「どうした」
「……いえ。これ、明日には使えなくなっちゃうなと思って」
「…写真の影響か?」
「それもありますけど、遅かれ早かれこれはもうすぐ動かなくなります。電気で燃料を蓄えないと、いずれは動かなくなってしまうんですよ」
「そうなのか…name、悪かったな」

ファーランは申し訳なさそうに謝った。
流石にはしゃぎすぎたと反省した。
nameは笑って頭を振ると、スマートフォンをポケットにしまった。

「いいんです、ファーランさんのせいじゃない。それに、2人と写真が撮れて嬉しかったです。この世界での思い出にします」

元の世界に戻ったとき、さっきの写真を見て懐かしいと思える日がきっとくるはずだ。
だから、悲しくはない。
この機械に執着し続ける必要はない。

nameはすっかり乾いた食器を束ねると、洗い場に運んで洗い始めた。
彼女の背中をファーランは真剣な眼差しで見つめた。

「…どうやったら元の世界に戻れるんだろうな」

リヴァイはファーランの横顔を横目で見たあと、視線をnameに移した。
nameはこの地下街では滅多にいないような女だ。
こんなごみ溜めのような世界では、彼女はいずれ窒息死してしまう。

「ファーラン、俺達は何のために仕事をしている」
「え…そりゃあ、金を貯めて地上で暮らす為だろ?」
「そうだ、俺達はいずれ地上にいく。その時あいつがまだ元の世界に戻れないようだったら、一緒に連れていけばいい」

ファーランは目を丸くしてリヴァイを見た。
その提案の内容にも驚いたが、彼がそんな風に考えていたことが意外だったのだ。

「まあ、それまであいつが生きていればの話だがな」
「リヴァイも意外と気に入ったんだろ、nameのこと」
「うるせぇ」

悪態をつきつつも否定しないリヴァイが面白かったのか、ファーランは声を出して笑った。
楽しそうな雰囲気にnameは思わず振り返る。
リヴァイと目が合うと、彼女は小さく笑った。
その笑みに自分の何かが微かに揺れたのを、リヴァイは感じた。

貴族の娘ならカモにしてやろうと思っていたというのに、本当に、とんだ見込み違いもいいところだ。

(だが、悪くねぇ)

そんな風に思っていることなど、リヴァイは口に出して言えるわけもない。




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