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こちらの世界で迎えた初めての朝、nameはリヴァイから初めての仕事を申し付けられた。
掃除道具を渡され、空き部屋に案内される。

「ここがお前の部屋だ。まずはここを綺麗にしろ」
「はい…え?」

nameは目を丸くして瞬きをした。
掃除が行き届いてないと言われていた部屋は既に綺麗だった。
埃だらけの酷い状態を想像していたために拍子抜けをする。
これならばすぐに終わるだろうとnameはすっかり安心した。

彼女を驚愕させたのは掃除を一通り終えたあとだ。
掃除道具を片付けようとしたnameのもとにリヴァイがやってきてこう言った。

「妥協は許さねぇと言ったはずだが?」

そうしてやり直しを命じられた。
彼は時々部屋の様子を見に来てはダメ出しをしてくる。
あまりの細かさに呆気にとられつつ、まるで小姑のようだと、nameは内心で毒づいた。



06 噛みしめる



リヴァイから合格の言葉がもらえた時にはもう昼時を過ぎていた。
どちらかといえばnameはかなり綺麗好きな方だった。
しかし、彼の求める綺麗はあまりにも度を越えている。
あれは綺麗好きではなく、重度の潔癖症だ。

「掃除の鬼…まさかこんなにダメ出しされるなんて…!」

雑巾を目一杯絞るnameの呟きを聞いたファーランはおかしそうに笑った。

「ははは、だよな!俺も初めはそう思った。でもま、リヴァイの潔癖にはすぐに慣れるさ」
「あ、はは…頑張ります」

まさか聞かれていると思わなかったため、nameはバツが悪そうに笑い返した。

nameが自室の掃除を済ませたのを確認すると、リヴァイとファーランは外出の準備を始めた。
どこへ行くのかと尋ねれば、仕事、とのことだった。

「あの、食事なんですが、私は2人とは別のものを食べた方がいいですか?」
「あ?何故そんな面倒なことをする。一緒でいいだろ」

使用人は家の主人より質素なものを食べるというイメージを持っていたので、念のため聞いてみたが特に分ける必要はないらしい。
リヴァイは最後に共同スペースの掃除を済ませておくようにと申し付けた。
そうして2人は仕事に行ってしまった。
どんな仕事なのか聞いてみたが、それは教えてもらえなかった。

(危ない仕事なのかな)

地下街で生きていくのは容易でない。
2人が何か危険な仕事をしていても不思議ではなかった。
もっとも、想像したところでどんな仕事なのかnameには皆目見当もつかなかった。

(詮索しすぎたらきっと怒られるよね)

nameは頭を振って新たに掃除に取り掛かり始めた。



***



掃除を終えたnameは夕食の準備に取りかかった。
当然だがこの家に冷蔵庫などという文明の利器はない。
というより、この世界には電気そのものが無いようだった。
代わりに食料庫という小さな部屋があり、食料はそこに蓄えられていた。
nameは米を探してみたが、あるのは粉と少しの野菜だけだった。
もしかしたら、この世界では米は食べないのかもしれなかった。

(小麦粉か…)

nameは少し考えたあと、小麦粉の袋に手を伸ばした。
試しにパンを作ってみよう。
材料は水しかないので、混ぜ合わせてこねる。
粉が粗いせいで混ぜるのに時間がかかった。

パンを発酵させている間に野菜を集める。
何か汁物を作りたいのだが、味噌もカレールーもあるわけがない。
どうしようかと思案していると銀色のミルク缶が目に入った。
開けて中身を確認する。たっぷりと牛乳が入っていた。
匂いも大丈夫そうだ。
nameは安堵の笑みを浮かべた。

(よかった!牛乳と小麦粉さえあれば、あれが作れる)

野菜を適当に切って沸騰した湯に入れる。
野菜に火が通ったのを確認すると、お湯を捨て、野菜と小麦粉を混ぜ合わせる。
粉っぽさがなくなったのを頃合に、鍋に牛乳を注いだ。
あとはとろみがつくまで煮込めば完成だ。

その間に発酵させていたパンの様子を見る。
水だけで作った割にはいい感じだ。

この家には冷蔵庫も炊飯器もない代わりに窯があった。
nameは板にパンを並べると、温めた窯の中に入れた。

(上手く焼けるといいけど)

nameは額の汗を拭った。
石造りのこの家はもともと空気がこもりやすい。
それに加え、火を使ったことで室内はかなり暑くなっていた。
火のもとの前にある窓を開ける。
風が入ってくることはないが、開けないよりはましだと思った。

「ふう」

一息つくため部屋に戻ったnameはスマートフォンのボタンを押した。
電池が昨日より減っているのがわかる。
辛うじてまだ電源は着いているが、いずれはそれも消えてしまう。
電気のないこの世界ではどうすることもできなかった。

圏外のスマートフォンは通話もメールもできないが、自分を元の世界と繋ぐ唯一の希望に思えてならなかった。
nameはぎゅっとスマートフォンを握りしめた。

すると、玄関の方から音がした。
2人が帰ってきたらしい。
nameはスマートフォンを急いでポケットにしまうとリビングに向かった。

「お帰りなさい!」

先までの暗い気持ちを振り払うようにnameは明るく2人を出迎えた。
リヴァイとファーランは面食らったように目を丸くした。
彼女がこんな風に明るく出迎えてくれるとは思わなかったのだ。
一瞬間を置いて、ファーランは気恥ずかしそうな笑みを見せた。

「おう、ただいま!いい匂いだな」
「もうすぐパンが焼き上がるので、手を洗って待っててくださいね」

nameはいそいそと窯の様子を見に行った。
その背をリヴァイは無言で見送った。
立ち尽くしている彼にファーランは耳打ちした。

「なあ、こういうの悪くないかもな」
「……さっさと手を洗うぞ」

リヴァイはファーランの言葉を無視して水場で手を洗い始めた。
反応しなかったのは不覚にも、彼も同じことを考えていたから。

長いこと男2人暮らしでいたせいか、家に異性がいることが新鮮だった。
それどころか今日は、家に帰ってきた瞬間から何か雰囲気が違うように感じた。
灯りの数は増えていないのに、室内が明るくなったように見えたのだ。

(お前の影響か?)

リヴァイは手を洗いながら、隣で鍋を煮立たせているnameをちらりと盗み見た。



食卓にはパンと白いスープが並んだ。
熱々のパンとスープの香りが2人の食欲をそそる。
nameは料理が口に合うかどうか気になり、スプーンを持ったまま彼らの顔色を伺っていた。

スープを飲んだリヴァイが手を止める。
そして、nameを睨んだ(ように見えた)。

「!!!」
「おい、どういうことだname」
「すみませんっ!やっぱりお口に合わなかったでしょうか?」
「いや、その逆だ」
「えっ?」

nameは顔を覆った手の隙間からリヴァイを見つめた。
どうしても彼は怒っているように見えてしまう。

「美味いじゃねぇか。あの少ない食材からよくこんなものを作れたな」
「ああ!このスープ何て言うんだ?めちゃくちゃ美味ぇよ」
「…よ、よかったあ」

2人の賞賛の言葉に一安心してnameも食事を始めた。
パンは焼きたてだが、かなりハードだ。
スープはまだまだ緩く薄味でコクが足りない。
味見をしていて、いまいちだなと思ったが、2人の舌を喜ばせることはできたようだ。
恐らくこちらの世界は食の文化もあまり進んでおらず、味付けも薄口なのだろう。

「シチューって言うんですよ。牛乳があったので使わせてもらいました」
「これ牛乳が入ってるのか?匂いとか全然しないな」
「よく煮込んだから。こっちではこういう食べ方しないんですか?」
「ああ、こういう調理の仕方は見たことがない」

2人は初めてのシチューに感動していた。
もっともnameからしたらこれはシチューもどきのようなもので、ここまで感動されると逆に申し訳なさが生まれる。

(こんなに喜んでくれるなら、もっと美味しいものを食べてもらいたいな)

シチューもパンも、良い材料があればもっと美味しくなる。
自分のいた世界のものを食べたら、2人はもっと驚くのだろうと想像した。

「シチューはお肉を入れればもっと美味しくなります。けど、こっちの世界だとやっぱり肉は貴重なんでしょうか?」
「まあ、貴重だな。ここでも買えないことはないが、良い肉は値が張る」

ファーランはパンを咀嚼しながら答えた。
nameにとっては硬めのパンも、彼にとってはなんということもないらしい。

ここで生活していると顎が鍛えられそうだなと、nameは苦笑した。
思えば、こうして誰かと夕食を一緒に食べるのはとても久しぶりなことだった。
知らない世界とはいえ、誰かと食卓を囲める喜びを硬いパンと共に噛みしめた。




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