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静寂な部屋で、nameは目が覚めた。
カーテン越しに見える窓の向こうはぼんやりとした橙色で、一日の終わりを感じさせる。
少し体を起こせば毛布が肩から落ち、若干の寒さを覚えて身をさすった。
何も纏っていない。
どうやら、事後にそのまま眠ってしまったらしい。
ベッドの反対側にリヴァイの姿はない。

クロゼットから懐かしいブラウスとスカートを取り出す。
体のサイズは変わっていないらしく、問題なく着ることが出来た。

「リヴァイ?」

扉を開けながら執務室へ呼びかける。
この部屋も暗く、人の気配はない。
もしかして、一人でエルヴィンの元へ行ったのだろうか?
探しに行こうと廊下へ出たところで気付く。
エルヴィンの部屋がどこにあるのか知らない。
過去に一度も足を運んだことがないのだ。
しかも、鍵がないのでこの部屋を勝手に留守にするわけにもいかない。

(どうしようかな…)

扉に凭れながら考える。
だが、結局この部屋でリヴァイを待つしかないという結論しか出てこなかった。


「name…さん?」

突然名を呼ばれ、nameは顔を上げる。
聞こえたその声と、目に入った顔は、とても懐かしいものだった。

「…!」

思わず言葉を失い、目を見張る。
nameが次に何か発するより早く、その人は彼女の手を握る。
そして、背が高いために、少し屈むようにして彼女の顔を覗き込んだ。


「ロレくん…!」


やっと名前を呼べた時、彼は僅かに涙を滲ませながら笑った。



22 報われた青年




「nameは一緒じゃないのか?」

来客用のソファに深々と腰掛けて足を組んでいるリヴァイを見て、エルヴィンはわざとらしく尋ねた。

「どうも疲れているらしい。部屋で寝かせている」
「らしい?疲れさせたの間違いじゃないのか」

エルヴィンは自分の執務机から立ち上がると、リヴァイの向かいの席に腰を下ろす。
先の質問を否定してこないあたり、どうやら図星のようだ。

「報告に来るのが遅くなったのもそのせいだな」
「ちっ、にやついてんじゃねえよ」

リヴァイ達が朝一で古城を発って、本部についたのが昼前。
すぐに報告に来るものと思っていたエルヴィンは、自室で書類の処理を進めていた。
執務を始めてから数時間が経ち、夕日が眩しくなってきても彼らは来ない。
何か問題でも起きたのかと懸念し始めた頃、リヴァイだけが部屋を訪ねてきた。
シャワー上がりの濡れた前髪を見て、「そういうことか」とエルヴィンは納得した。

「班員のいる城で及ぶのは流石に憚られたか?」
「うるせえぞ、エルヴィン。そんな話をしにわざわざ戻って来たわけじゃねえ」
「まあ、いいじゃないか」

惚気話を聞きたがるエルヴィンから顔を背け、リヴァイは二度目の舌打ちをする。
けれど、口調や態度とは裏腹に彼の心中はとても穏やかで。
それを感じ取ったからこそ、エルヴィンは余計に冷やかしたくなるのだ。

「それで、話というのは?」
「一つは報告。もう一つは、折り入って頼みがある」

そう切り出すと、リヴァイは姿勢を正してやや前屈みになった。

「昨日の会食をすっぽかした上に、頼み事をするのは我ながら虫が良すぎると思うが」
「なんだ、珍しく勿体ぶるじゃないか。まずは報告からしてみろ」

焦れったくなったエルヴィンは、彼につられて前傾になる。
リヴァイは薄い唇を開くと、いつもの抑揚の無い声で言った。

「nameと結婚することにした」



***



部屋の蝋燭に火を灯しながら、ロレをソファへと促す。
しかし、彼は姿勢を正したまま待ち、nameが向かいに来て座る仕草をすると、やっと腰を下ろした。

「夢でも見てるみたいです」

未だ興奮収まらぬ様子で、彼の声は若干震えている。

「生きて帰ってきてくださって、本当によかった」

nameは申し訳なさそうに頭を下げる。
ロレは立ち上がって彼女の肩に手を置くと、顔を上げさせた。
そして、穏やかに口元を綻ばせて首を振った。
元々大人びていた彼は、より素敵な男性へと成長したらしい。

あの時、どうして消えたのか。
どこで生きていたのか。
そうした質問をロレは何一つ聞かなかった。
彼女の失踪直後、誰よりも心配していたはずなのに。

「リヴァイから聞いたんだけど…あの時、ずっと探してくれたんでしょう?」
「…………」
「迷惑をかけて本当に、ごめんなさい」
「……自分は、寧ろ後悔していました」
「…え?」

遠いあの日を思い出すように、ロレは目を細めて空(くう)を見る。

「知り得た情報はあなたにすぐ伝えるべきだった。それであなたが意気消沈しても、可能性を信じて班長を待つようにと、勇気づけることは出来たはずだ」

2人のことを近くで見ていた自分なら、それが出来たかもしれない。
傲慢だとしても、こんなことになるくらいなら、そうするべきだったと後悔していた。
あれからのリヴァイの様子を見れば、尚更に。

「自分は尊敬する人のために動きたかったし、親しいnameさんの力にもなりたかった。誰の命令でもなく、自分がしたくてしたことです。だからどうか、謝らないでください」
「……ロレくん」
「ただ、二度目はもう勘弁ですよ」

兵長が悲しみますから、とロレは小さく笑う。

鼻の奥が痛く、目頭が熱い。
謝らないでと言ってもらえても、やはり申し訳なくて。
精一杯の気持ちを込めて、もう一度「ありがとう」と言葉にした。

「泣かないでください。自分がリヴァイ兵長に怒られますから」
「…ロレくんまで"兵長"って呼んでると変な感じ」

目尻を拭いながらnameは笑う。
その表情にほっとしたのか、彼は穏やかに目を細めた。

「そういえば、ロレくんは他の班に異動になったの?」

かつてリヴァイの部下だった彼はとても優秀で、信頼も得ていた。
未だ生存しているというのに、現リヴァイ班にいないのが疑問だった。
目の前にいる彼は兵服も着ていないし、心做しか、以前よりも痩せたように見える。

「ここの故障が癖になってしまって、前線からは退きました」

ロレは右手首に触れる。
リヴァイの兵士長就任後、彼は暫く班員として活躍していた。
完治してからは再び壁外に行くこともできた。
しかし、一度故障した手首は思ったより深刻だったようで、その後も何度も怪我を繰り返した。
一見問題ないように見えるその手は、二度と剣を振るえないほど脆弱になってしまった。

リヴァイの命令と自身の判断で、彼は班から外れ、兵団を去った。

「今は技巧科にいます。調査兵には、最後まで壁外で戦ってほしいですから」

誰かが自分と同じ道を辿らぬように、縁の下の力持ちになることにした。
その選択に苦渋がなかったわけではない。
けれど、悔いはない。

「手首の怪我は残念だけど…でも、技巧科に行く道を選んでくれてよかった。そのまま壁外に行っていたら、今こうして話せなかったかもしれないもの」

痛めた手首をぶら下げて壁外に行き続ければどうなったか、考えなくともわかる。
リヴァイの命令も、ロレの選択も正しかったのだ。
nameの言葉に彼は深く頷いた。

執務室の扉が開く音がした。
ノックもせずにこの部屋に入れるのは、nameを除いて一人しかいない。

「ロレ…?珍しい訪問だな」
「お久しぶりです、リヴァイ兵長」

ロレは速やかに立ち上がると、左胸に拳を当てた。
上官だった者の前では今でも癖でやってしまうのだろう。

「エルヴィン団長から連絡を頂きまして、早めに切り上げてnameさんに会いに」
「そうか。わざわざすまなかったな」
「いえ、本当に、よかったです」

ロレは、リヴァイとnameの顔を交互に見た。
彼らが一緒に並んでいることに、不思議な安堵感を覚える。
リヴァイが言うところの、"嵌る"ということなのかもしれない。
この数年で険しさを増した上官の表情が和らいでいるような気がして、ロレは胸中でもう一度、よかったと呟いた。

「すっかり長居してしまいました。nameさん、また」
「うん、またねロレくん」

彼は一礼すると、ソファを離れた。
リヴァイにも「失礼します」と一言残し、執務室を後にした。


「…!兵長?」

扉を閉めようとしてロレは驚く。
すぐ真後ろにリヴァイが来ていたのだ。
彼はロレと共に廊下に出ると、後ろ手に扉を閉めた。

「ロレよ、一つ頼まれてくれないか?」
「は、何でしょう?」

わざわざ廊下にまで出てきたということは内密な案件なのだろう。
周りには誰もいないというのに、リヴァイは耳打ちするように静かに言葉を紡ぐ。
全てを聞き終えたロレは深く頷くと、了承の意を込めて小さく笑んだ。



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