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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -




リヴァイとnameが本部へ経つ前。
エレン、グンタ、オルオは2人を見送りに出ていた。

nameを先に乗せたリヴァイは、ふと思い出したように足を止めた。
そして、振り返ってエレンをじっと見つめる。

「…?あの、兵長、何か…?」
「nameを見つけたのはお前だったな、エレン」
「は、はい、そうです」
「感謝する」
「…え?」

エレンが一瞬思考を停止した間に、リヴァイは颯爽と馬車に乗り込む。
どうやら要件はそれだけだったらしい。
御者が鞭を打つと馬は前進し始めた。

呆気にとられるエレンの後ろで、オルオが僻み、グンタがそれを宥める。

(あのリヴァイ兵長が…)

そこにいた3人共がそう思った。
あんな風に素直に感謝の言葉を口にする彼を、リヴァイ班のメンバーですら見たことがなかったのだ。
それはきっと、恋人の身を案じるが故だろう。

この旧調査兵団本部に来てからというもの、リヴァイの見せる顔が意外なものばかりで、エレンは驚きの連続だった。



20 残った者達の



その日、リヴァイから直々に許可をもらったハンジは、遠慮なくと言わんがばかりにエレンを独り占めしていた。
彼女の巨人談義を初めは意欲的に聞いていたエレンだが、話の熱量と長さに次第に疲労感を覚えていった。
気づけば時刻は昼を過ぎ、すっかりおやつの時間。

「そろそろブレイクタイムにしませんか?紅茶淹れましたから」

そう言ってハンジの部屋を訪ねてきたのはペトラ。
エレンにとっては有難い訪問だった。
いくら上官が相手とはいえ、そろそろ小休憩を入れなければ頭が限界を迎えそうだった。

「ペトラさん、ありがとうございます!ハンジさんも沢山話して喉乾いたんじゃないですか!?」
「ああ…まあ、そうかな?有難く頂くよ、ペトラ」
「はい。私もお邪魔していいですか?」
「勿論」

机に置かれたトレーにはカップが3つ。
淹れたての紅茶からは湯気が上がり、品の良い香りが室内を充満した。
ひと口飲み下して、エレンはほっと息をつく。
珈琲は苦くて好みではないが、紅茶は飲みやすかった。

「ペトラ、元気ないね?」

カップを持ったまま飲もうとしないペトラに、ハンジは首をかしげた。
彼女はそれを繕う素振りも見せず、伏せ目がちのまま答えない。
小さな波紋を繰り返す飴色をただ見つめている。
室内に暫しの静寂が流れたあと、ペトラは口を開いた。

「兵長のあんな表情(かお)、初めて見ました」

彼女の切り出しが何を何を意味するのか、エレンは理解できなかった。
ハンジはピンときたらしく、「ああ…」と声を漏らす。

昨晩、リヴァイがこの古城へ戻ってきた時。
「nameはどこだ?」と詰め寄る姿は必死そのもので、焦燥と渇望が入り混じった、例え難い苦しげな表情をしていたのだ。
巨人と退治する時も、仲間が死にそうな時だって冷静さを欠かさないはずのあの人が。

「あの噂は本当だったんですね。全く信じてないわけじゃなかったけど…目の当たりにすると、何だか…」
「英雄の知られざる一面に幻滅したかい?」
「そんなっ!班に引き抜いてもらってから、兵長の意外な部分はいくつも知ってきた…つもり……です」

彼女の言葉は次第に歯切れが悪く小さくなっていく。
カップの飴色が小刻みに揺れる。
髪が横顔を隠して、エレンの位置からだと表情は見えない。

噂話を信じていなかったわけじゃない。
けれど、真に受けてもいなかった。
恋愛に溺れることなど無く、きっと兵士として戦場に身を投じたのだろうと。
あの人を、尊敬していた。

「…自惚れてたかもしれません」

リヴァイ班に選ばれたことが嬉しくて。
どんな一面を知っても、想像と違っても嫌いになんてならなかった。
この人に身を捧げたいと本気で思った。
彼に一番近い異性であることが嬉しかった。
それなのに。
今、まるで裏切られたような気持ちになっている。
恋人の有無なんて一度も聞いたことなかったくせに。
勝手に美化して、勝手に傷ついた。

「潔癖や粗暴な性格と同じだよ。恋人に盲目的なのもリヴァイの一部だ」
「…nameさんになら、もっと沢山の顔を見せるんでしょうね」
「まあ、それはそうだろうね。でも、nameも知らないリヴァイの顔があるよ」
「…?」
「戦場にいる時の顔さ」

ペトラの肩がぴくりと僅かに揺れた。
ゆっくりと顔を上げて、目線をハンジに移す。
山吹色の瞳が濡れている。

「巨人と戦う時のリヴァイなら、君の方がよく知ってるんじゃない?」
「それは…」
「それは、自惚れなんかじゃないだろう?」
「…!」

ハンジが笑いかけると、ペトラは目元を擦りながら頷いた。

ヤキモチを妬いている。
色恋に鈍感なエレンにも、ペトラはそう映った。
彼はそれに同情するでもなく、勿論共感もせず、感情に揺さぶられる女性の横顔をただ眺める。
nameをこの腕に抱いた時はドキドキしたけれど、ただそれだけ。
少年にとって恋は、二の次三の次だった。

「リヴァイは悪い男だねえ…こうして泣かせた女が何人いることか」
「兵長とnameさんって、どれくらいの付き合いなんですか?」

空になったカップをソーサーに戻しながらエレンは尋ねる。
ハンジは思い出すように目線を上に向けた。

「兵団に来た頃には既に恋人同士だったよ」
「じゃあ、結構長い付き合いなんじゃ…」

呟いたあと、単純な疑問がエレンの頭に浮かんだ。

「お二人はどうして離れ離れになっていたんですか?」
「…それは私も気になります」

エレンの質問にペトラも同感して頷く。

「それが詳しいことは分からなくてさあ。今日はnameに真相を聞こうと思ってたのに、リヴァイが連れて行っちゃうし。本部に行くなら私が同伴したって構わないだろうに」
「…教えたくないのかもしれません」
「え?」
「朝の兵長は何だか強引でした。もしかしたら、その話に触れて欲しくなくてnameさんを連れていったのかも」
「そうなの!?」
「確証はないですけど…私はそんな印象を受けました」

ペトラの予想にハンジは文句を垂れる。
古城に残るべきはどう考えてもリヴァイの方なのに、ハンジを説得してまでも自分がnameに同伴しようとするのは、何だか不自然だった。
まるで彼女を遠ざけようとするようで。

「全くリヴァイは!私だってnameのこと心配したんだから教えてくれてもいいじゃないか」

そう言いながらハンジは紅茶を飲み干す。
エレンにも、あそこまで強引にする理由は分からない。

「でも…兵長が知られたくないと望んでるのなら、これ以上の深入りはできないですね」

自分に言い聞かせるように呟くと、ペトラも紅茶を飲み下した。
あの人のことを想うと心が揺れるけれど、望んでいることがあるならそれに従いたい。
やっぱり自分は女より兵士で、彼の部下だから。

「まあ、昔から私的なことは教えたがらなかったし、仕方ないかあ」

ハンジはかなり不服そうだが、ペトラの出した結論に頷いた。
同時に、自分より年下の彼女の姿勢が上向きになってきたことに安堵した。
リヴァイを慕うあまり兵団を去ることになってしまった女兵士も、過去にはいたのだから。

「結婚とかしないんでしょうか」
「エレン、深入りしない!」

疑問を疑問のまま口にしたエレンを、ペトラが小突く。
その様子にハンジは笑う。

「どうだろうね。もしそうなったら、目一杯祝福してあげたいね」

2人がやっと取り戻した幸福。
この先の戦いがどれほど残酷な未来だとしても、願わずにはいられない。
ペトラはカップをソーサーに置くと、眉を下げて「はい」と頷いた。



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