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調査兵団本部。そして、幹部兵舎。
久しぶりの場所なのに、nameは懐かしむ余裕もなく下を向いて歩いていた。
5年経ってもここは、以前と何ら変わっていないのだろう。
変わったのは恐らくリヴァイと、彼を見つめる周りの眼差しだ。

「おい、何を下向いてやがる」
「…視線がすごくて」
「あ?」
「きっとリヴァイ"兵士長"と歩いてるからかな」

"あの"リヴァイ兵長が女を連れて歩いている。
兵士ではなさそうだ。
一体誰だろう?
まさか…?
そんな声が聞こえてきそうな視線。
すれ違う兵士達の顔を横目でちらりと見たリヴァイは、煩わしそうに舌打ちをした。

「どいつもこいつも、他人の色恋に興味なんざ持ってねえで、壁外で死なない術でも身につけやがれ」
「…多分、リヴァイだから興味があるんだと思うよ」
「堂々としてろ。俺たちはもう、他人じゃなくなるんだからな」

虚を突くような一言に心臓が跳ねる。
思わず顔を上げた瞬間、リヴァイは立ち止まった。

「着いたぞ」



19 知らない顔



扉を開けてくれたリヴァイに促されてnameは中に入る。
そこは彼の執務室。
以前、2人で暮らしていた部屋だ。

この部屋に帰ってくるのは自分の日常だったはずなのに、今や他人の部屋に上がるような緊張感がある。
それもそのはずだ。
踏みしめる絨毯は上質なものになっており、本棚には以前より書物が増えている。
ゆっくりと歩きながらソファを片手で軽く押せば、柔らかな反発が返ってきた。
この執務室は、彼女の記憶にあるものよりもずっと小綺麗になっているのだ。

「凄い。流石、リヴァイ兵士長」

そう呟いたあと、少し嫌味っぽかっただろうかとnameは反省した。
リヴァイの待遇が良いものになったのは明らかで、それは彼が走ってきた5年間の成果だというのに。
彼を含めた色々が大きく変わっていることが、ちょっぴり寂しかった。

「name、エルヴィンに会いに行く前に着替えろ。奴らがお前を見ていたのはその格好のせいもある」

nameは自分の格好を見下ろす。
すっかり着慣れたスーツだ。
男性ならまだしも、こちらの世界の女性にはまず馴染みがない服装だろう。

「その格好は目立つ。短い丈が特に、な」
「!すぐ着替えますっ」

リヴァイの視線がnameの脹脛に注がれる。
彼女は慌てて寝室の方へと向かった。
丈が短いと注意されるのはこれで2回目だ。
彼の機嫌が悪くなる前に早く着替えてしまおう。

久しぶりという感覚を忘れ、nameは寝室の扉を勢いよく開けた。

「……!」

飛び込んだ景色に目を見開く。
自分が息を飲んだのがわかる。
漆黒の瞳が揺れて、小さな世界を映した。

「…どうした」

リヴァイは静かな声で、彼女の背中に問う。
2、3歩中へと進むとnameは振り返った。
瞳が少し潤んでいる。

「ぜんぶ、変わってない…」

執務室は上質な部屋へと変わった。
けれど、2人で過ごした寝室は、nameの記憶に焼き付いたものと何一つ変わっていなかった。
大きなダブルベッドも、窓際の小さな丸テーブルも、彼女が使っていた鏡だって。
何もかもが、時を止めたようにそのままだった。

「着替えはクロゼットだ」

リヴァイは無表情を崩さない。
促されるままに、nameはクロゼットを開けた。
左側にかけてあるのは全て彼女の服。
どれも色褪せることなく、元通りの形で収まっていた。

「5年も経てば兵団の人間は随分と変わる。長生きできる場所じゃねえからな」

扉を閉めながら、リヴァイは言葉を紡いだ。
ブーツの床板を踏む音が、静寂な室内に響き渡る。
クロゼットの前で立ち尽くすnameの元へとゆっくり近寄った。

「お前と働いた食堂の奴らもいない。name・fam_nameという人間を覚えている奴は殆どいなくなった」

nameは顔を上げてリヴァイを見つめ返す。
彼の眼元には寂しげな影が落ちていた。

「だから…ここをあの頃のままにしていたの?」
「…………」
「ごめんなさい…何て、言ったらいいのか、」
「name、お前は特別だったんだろう」

nameの首元に光る石に触れながら、確認するようにリヴァイは呟いた。
昨晩、彼女の話を聞いてからずっと考えていた。
何故、nameはこの世界へ来て、元の世界へ戻ったのか。
自分達はどうして出会い、別れ、再会できたのかを。

「クソほど嘆いても、毎晩のように願っても、叶わないものは叶わねえ。だが、お前はそうじゃなかった」
「…どういう意味?」
「世界から消える直前のことを思い出してみろ」

nameは疑問符を浮かべつつも、言われた通り、世界移動をする直前のことを思い返し始めた。
三度目は再会を願った夜の海辺。
二度目は世界から消えたいと望んだ屋上。
一番最初の時は?

あの頃の自分が望んでいたのは、確か。


───私を必要としてくれる人に会いたい。


「…!」


nameはゆっくりと目を見開く。
三つの点が、線で繋がったような感覚だった。
何かに気づいた様子の彼女に、リヴァイは投げかける。

「共通点があったみてえだな」
「でも…それだけのことで…いくら何でも」
「普通は"願う"だけでそんな道は辿らない。お前はその"普通"とは違ったんだろうよ」
「…………」

普通とは違う。
人はそれを"特別"と呼ぶし、"異端"とも言う。
導き出された答えに戸惑いつつも、妙な納得感を覚えた。
思考し続けるnameを見下ろしながら、リヴァイは彼女の頬を指先でつつっと撫でた。
nameは擽ったさに一瞬身を震わせると、黒目を彼へと向けた。

視線が絡む。
数秒の沈黙を破ろうとnameは口を開く。
しかし、リヴァイの薄い唇がそれを封じた。
小柄ながらも逞しい腕が、彼女の体を閉じ込める。
リヴァイは啄むようなキスを何度か繰り返すと、彼女の唇を誘うように舐めた。
濡れたリヴァイの舌にnameはぞくりとする。
期待を孕んだ熱が体の芯を疼かせ始めた。

と、次の瞬間。

「きゃっ!?」

リヴァイは抱きしめていたnameの体をベッドへと投げた。
痛みはなかったが、突然のことにnameは驚いて目を白黒させる。
ふっと室内に差し込んでいた日差しが遮られたことに気づき、窓へと視線を向けた。
カーテンをリヴァイが完全に閉め切ったところだった。

少し乱れたnameの髪に扇情して、彼はベッドへ両手を付いた。
自分とシーツの間に閉じ込めた彼女を見下ろす。
抵抗はしないものの、移りゆく展開にnameはやや戸惑っているようだった。
リヴァイは視線は逸らさぬまま、彼女の太腿へと手を滑らせた。
タイトスカートの上からだと、感触がしっかりとわかる。

「!待っ」
「お前が自らの意思で俺の前から消えたんだとしたら、この足を削ぎ落としてやりたいところだ」

思わずnameは言葉を失う。
あまりに物騒な一言だった。
リヴァイは彼女の耳元に唇を寄せると、小さく囁いた。

「頼む、nameよ」

その声は、まるで彼のものではないような。
弱々しく、頼りない音で響いた。

「もう何も願うな」
「…!」

nameは咄嗟にリヴァイの顔を見ようと首を動かす。
けれど、しっかりと抱きすくめられてしまってそれは叶わなかった。
そんな声を漏らすあなたを、私は知らない。

「お前を感じられるようにこの部屋を保っても、ここにいれば頭がおかしくなりそうだった。お前の影を抱くのは、もう…沢山だ」

だから、とリヴァイは続ける。

「何も願うな」

きつく、痛いくらいに全身を抱きしめられる。
リヴァイの腕の中で、nameは目線だけを動かして部屋を見た。
あの頃と変わらない部屋。
まるで昨日まで2人で過ごしていたかのようだ。
この部屋で眠る時、リヴァイは何を思っただろう?
一人で過ごす夜をどんなに悲しく、寂しい思いでいただろう?
どれだけ想像してみても、計り知れない。

5年の空白が、私の知らないあなたを生んだ。
こんな風に懇願させてしまったのは、私だ。

nameの目尻から涙が一筋流れ落ちた。
背中に腕を回し、同じ位の強さで抱きしめ返す。

「リヴァイ」

子供を宥めるような声色で囁く。

「私はもう願わない。決して、あなたとこの世界を手放さないから」

リヴァイはそっと腕の力を緩めると、僅かに体を起こした。
目が合った灰色は、切なげに揺れていた。

「…もうどこへも行くな」
「…はい」
「二度と」
「うん、二度と」
「お前の帰る場所は向こうじゃねえ……ここだ」

リヴァイは再び身を屈めると、nameの首筋に顔を寄せた。
そして、白い肌に歯を立てて噛み付いた。
加減し切れていないのか、鋭い痛みが襲ってnameは思わず呻く。
けれど、今はその痛みすら愛おしく、嬉しかった。
こんな痛みより、彼の心の方がずっとずっと痛かったはずだ。
長い間ずっと。

ジャケットの前を開けられ、ブラウスの釦も乱暴に外されていく。
外はまだ明るいというのに、リヴァイの眼は夜の闇で光る獣のような眼光を放っていた。



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