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草木をかき分けながらリヴァイは森を進む。
人が通った後とはいえ、決して歩きやすい道ではなかった。
険しさ故か、道がとても長く感じられる。

この先に、本当にnameがいるのか?

そんな一抹の不安が過ぎる。
どれだけ周りの人間が彼女の存在を肯定しても、自分の眼で確かめるまではどうしても信じられない。

これは優しい夢で、目が覚めればまた、彼女を感じられない現実が待っているのではないか。
そんな風に考えてしまう自分が脆く、情けなく思えた。


開けた場所が見えてきた。
もう少しで森を抜けられる。
不意に、自分のものとは違う灯りが遠くにあることに気が付いた。

あれは、ランタンだ。
そばには座り込む人影がある。
柔らかな女のシルエット。
風が吹いて、黒髪が揺れた。

同時に、雲隠れしていた月が顔を覗かせた。
女の輪郭が白い光に照らされる。
少し大人びて見えるその横顔は、小さく微笑んでいた。


リヴァイは目の前の光景に息を詰まらせる。
ずっと待ち望んでいたものが、そこにはあった。

もどかしそうに草を踏みつけて進むと、もう堪えようのない想いを吐き出すように、彼は叫んだ。


「name!!!」



17 誓い



振り返ったnameはぴたりと身を固めた。
森から出てきた小柄なシルエットに気付く。

まさか。
彼が今夜ここにいるはずがない。
でも、先の叫び声は。
駆け寄ってくれるあの姿は───。


「リ……っ!」

彼女が名前を呼ぶより早く、リヴァイは手を伸ばしていた。
自身も膝を付き、座り込んでいる彼女を両腕に閉じ込める。
頭を引き寄せて耳元に顔を近付ければ、懐かしい甘い香りがした。

リヴァイは両腕に力を込めると、痛いくらいに彼女を抱きしめた。


「っ…リヴァイ」

彼女の唇から苦しげな声が漏れた。
リヴァイは名残惜しそうに身をそっと離すと、彼女の頬に手を添え、確かめるように顔を覗き込んだ。

懐かしい黒髪、大人びた顔つき。
吸い込まれるような漆黒の瞳は変わっていない。
紛れもなく、探し続けたnameだった。
胸に熱いものが込み上げ、心臓が震えているのをリヴァイは感じた。


「あの…わ、たし…っ」

nameは揺れる灰の眼を見つめ返し、懸命に言葉を絞り出そうとする。
けれど、胸が締め付けられて上手く声が出せない。
会ったらまず謝りたいと思っていたのに。
言葉に、ならない。

そっと触れてくれる彼の手を懐かしく思いながら、nameはもう一度口を開く。
けれど、「ごめんなさい」と紡ごうとした彼女の言葉は音にならなかった。


リヴァイの薄い唇が、優しく重ねられていた。

触れた唇から熱が伝わってくる。
同時に彼の想いも注ぎ込まれているようで、胸に切なさが込み上げる。
nameの涙腺は崩壊し始め、瞼を閉じると目尻から筋が伝った。
震える手を彼の背中に回せば、より強く抱きしめられる。

やがて、リヴァイはゆっくりと唇を離した。
再び彼女の頬に触れる。
そして。


「よく…戻ってきた」


nameは微かに目を見張る。
責めるでもなく、問うでもない。
リヴァイが最初に言ったのは、存在を確かめるような台詞だった。

溢れ続ける彼女の涙を指で拭いながら、リヴァイはそっと瞼に口付けた。
慈しむような触れ方に胸の奥が熱くなる。
あまりにも優しすぎて、このまま甘えたら自分を許せなくなってしまいそうだ。

nameは涙を拭うと、今度こそ言葉を紡ぐ。


「リヴァイ、勝手に居なくなったこと…ごめんなさい。ずっと後悔してた。謝りたかった」
「…name」
「生きててくれて…本当にありがとう」
「!……っ」

リヴァイはnameの手を握りしめ、自分の頬に寄せた。
5年前に辿った運命を憎んだこともある。
もう悔いることはないと思った自分の選択を、何度も悔いた。

だからこそ、もう間違いたくない。


「二度と、俺から離れるな」


落ちてきた言葉をnameは真摯に受け止める。
今度は自らが彼の頬に手を添わせた。


「もし、この先何があっても、私はもう二度とあなたと生きたこの世界を手放さない」


nameは首元の石に触れて微笑む。


「"いつでもそばにいる"から」


今度はリヴァイが目を見張る。
彼女の優しい声色が、暗く沈んでいた自分を救い上げてくれるようだ。
何よりも一番欲しい言葉をくれた彼女に、小さく口角を上げる。
笑うなんていつぶりのことだろう。


「nameよ、お前はそれを何に誓う?」
「え…?何に……」
「その石か、神か、それとも悪魔か?俺はお前を失わないためなら何にでも願えた。誓うこともできた。だが、そんなものに縋ったところで、求めてない結果になりゃ悔いるだけだ」


結果は誰にもわからない。
どんなに神聖なものを拠り所にしても、例え悪魔を呪っても、望む未来は手に入らないかもしれない。
ならば───。

リヴァイはズボンのポケットに手を入れた。
確かな箱の感触を確かめる。
掌に収まるそれをしっかり握りしめると、ゆっくりと取り出す。


「俺はお前に誓う」


気恥しい小さな箱を彼女の前に持っていく。
5年越しになってしまったが、受け取ってもらえるか?


「だから、name。お前も誓え」


蓋に手を掛け、そっと開ける。
nameの瞳が揺れるのがわかった。
5年前、この言葉を紡ぐのにどれだけ葛藤があったことか。
あの頃に憚られたそれを、遂に、躊躇いなく口にする。


「俺と、結婚してくれ」


静寂な湖畔に、彼の言葉だけが響いた。
nameは瞬きも忘れて彼を見つめ返す。
真っ直ぐなリヴァイの双眸に射抜かれて、心臓が止まったみたいだ。

開かれた箱の中身へゆっくりと目線を移す。
そこに収まるのは小さなシルバーリング。
輪の中央には、三つの宝石が繊細に埋め込まれている。
見覚えのあるその石は、彼女の首元で光るものと同じ。

nameは箱をそっと受け取ると、溢れそうになる涙を堪えて、柔らかく笑った。
そして。


「ずっと、よろしくお願いします」


ああ。
この時をどれほど待ったことだろう。
一日だって忘れた日はなかった。
諦めた瞬間もなかった。
ずっとずっと、求めて止まなかった。
リヴァイは安堵したように深く息を吐く。
今宵の彼女の微笑みは、もう夢ではない。

やっと。やっと───。


「愛している」


抱きしめながら呟けば、nameは自ら彼の頬にキスをした。
それだけでは満足できず、リヴァイは彼女の頭を引き寄せて口付けた。
確かめるように、何度も唇を啄む。
互いの体が熱を帯びる。
世界が色を取り戻していく。

口付けの最中だというのに、まるで、やっと呼吸ができたようだ。


慈しみ合う恋人達の上で、月が光る。
彼等の言葉を聞くでもなく、見守るでもなく、普遍の輝きを放ち続ける。
今夜の月は、世界の一部として、ただいつものように宵闇に佇むのだった。



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