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雲がかかっているせいか、今宵は月が見えない。

噎せ返るような草の匂いがする中で、地に手を這わせる。
しゃがみ込んで石を探すうち、段々と暑くなってきた。
うっすらと額に汗をかいたnameは、上着を脱いで大木の根元に置いた。

エレンが指差したのはこの辺のはずなのだが…やはり、こちらの世界には持ってこれなかったのだろうか。

立ち上がり、腰に手を当てて息をつく。

「…?」

ふと、足元で何かが光った気がした。
ゆっくりと腰を下ろし、灯りを当てて目を凝らす。

「……あった!」

探していたムーンストーンが草の間で小さく光っていた。
そっと手に取って、ひび割れなどしていないかを確認する。
幸い柔らかな土と草がクッションになってくれたようで、傷一つ付いていなかった。

ほっと胸をなで下ろす。
もう落とすことが無いように、しっかりと首に付けた。

城へ戻ろうと腰を上げた、その時。
強い追い風が吹いて、頬が撫でられた。
風の行先を目で追う。

(この先は…)


もう5年も前のことだから、道など覚えていないはずなのに。
風が吹き抜けるこの先は、思い出のあの場所へと繋がっている気がした。
nameは暫し森の中の闇を見つめたあと、誘われるように、足を踏み出した。



16 雲の切れ間から



「あれえ?どこに行っちゃったんだろう?」
「ハンジさん、どうされました?」

ふらふらと食堂広間へ戻ってきたハンジ。
彼女に気付いたペトラは、紅茶を淹れる手を止めた。

「nameがいないんだよ。話の続きをしようと思ってたのに…」
「え?私もさっきここに来たばかりですけど、見かけませんでしたよ?」

おかしいな、とハンジが呟いた瞬間。
玄関の方から乱暴に扉が開かれる音がした。
驚いた2人は何事かと、音のした方へ向かった。

「えっ、兵長!?」

玄関広間にいたのは、珍しく息を切らしたリヴァイだった。
彼は乱れた前髪を荒く撫でつけながら、2人に歩み寄ってくる。

「nameはどこだ」
「え…」

ペトラは思わず言葉を失う。
どうして、nameさんの名を?

少し遅れてモブリットも帰還した。

「分隊長、只今戻りました」

息を切らす2人の顔を交互に見ると、ハンジはもう耐えきれないようだった。

「あっははははは!やっぱり戻ってきちゃったかリヴァイ。君ならそうすると思ってたよ」

ハンジはとても愉快そうに笑うと、モブリットに「ご苦労だったね」と声をかけた。
その様子を煩わしそうにして、リヴァイはハンジに詰め寄る。
そして、同じ質問を繰り返した。

「…nameはどこだ?」
「え〜っと…私達も丁度彼女を探してるところでさ」
「おい、まさか…いなくなったのか?」
「いやいや!どこかにはいるよ!外に出る用もないだろうし!」

ハンジは慌てながら、もう一度彼女の部屋を確認しに行った。
苦しげな表情でリヴァイは舌打ちをする。

ペトラはその様子に確信めいたものを感じ、少し切なげに目を伏せた。
そして、ふと食事中のnameの様子を思い出し、ぽつりと呟いた。


「もしかしたら、外で探し物をしてるのかも…」


リヴァイの切れ長の眼がペトラに向く。

「探し物だと?こんな時間に何を探しに行ったってんだ」
「それはわかりません…。けど、nameさんは何かを失くしてしまったようで、発見者のエレンに自分が倒れていた場所をしきりに聞いていました」
「…それで、その場所はどこだ」
「確か…」

ペトラに促され、リヴァイとモブリットは食堂へと向かう。
目的の窓のそばまで来ると、彼女は外を指差した。
生い茂る草花の先に大きな木がある。
どうやらあの辺らしい。

リヴァイは窓を開けると、軽い身のこなしで枠を飛び越えた。
そのまま走り出そうとする彼に、モブリットは声をかける。

「リヴァイ兵長、外は暗いのでこれを」

そう言ってランタンを手渡す。
リヴァイは短く礼を言ってそれを受け取ると、大木の方へと走っていった。


「ああ、ここにいたんだね。nameはやっぱりいなかったよ」

頭を抱えたハンジが食堂に入ってきた。
窓から入る夜風が、彼等の髪を揺らす。

「あれ…リヴァイは?」
「……兵長なら、nameさんの元に」

ペトラは遠ざかっていく灯りと彼の背中を見つめていた。
あの噂は本当だったんだ。
彼女を必死に追いかけるリヴァイの姿を見れば、悲しいほどに納得できてしまった。




リヴァイは大木のそばまで行くと辺りを見回した。
人影はない。気配もない。
彼女が何を探しているのかはわからない。
けれど、こんな夜に外に出るくらいだ。
余程のものなのだろう。

「…name」

思わず名前を呼ぶ。
早馬で戻ってきたというのに、またお前は消えてしまうのか。
一刻も早く、一秒でも早く会いたいのに。

幹に手を付いて深い溜息を吐く。
俯いた拍子で、木の根元に何かがあることに気が付いた。

「…!」

そっと拾い上げれば、それは女性物のジャケットだった。
やはり、彼女はこの辺で探し物をしていたらしい。
ならば、今はどこへ?

目の前には深い森がある。
よく見れば、草がかき分けらている。
誰かが道なき道を進んだ痕跡が残っていた。

(まさか…)

この先に何があるのかは知っている。
古城同様にもう5年と足を運んでいないが、忘れられない思い出の場所だ。

nameが行き方を覚えているとは思えない。
自分だって記憶が朧気なのだ。
けれど、この地へ舞い戻った彼女が向かう先は、あの湖畔しか考えられなかった。

リヴァイはジャケットをしっかりと掴むと、彼女が歩いた軌跡を辿るように森の中へと入っていった。



***



久しぶりに歩む森は険しく、すぐに息が荒くなってしまった。
nameは小さな灯りを頼りに奥へと進む。
すると、開けた場所が見えてきた。
気持ち足を早めると、すぐに木々の間を抜けられた。

眼前に広がったのは、あの、懐かしい景色だった。

四方を木々に囲まれたそこは湖というには少し小さいけれど、彼女には相応の広さに感じられる。
純度の高い水は変わっておらず、時々吹く風に水面が揺れる。
今夜は雲が多いので月が見えないのが残念だけれど、それでも充分に、懐古的な気分になれた。


(本当に、辿り着けた)

息を落ち着けながら、nameはゆっくりと水辺に近付いた。

(月が見れたらいいのに)

空を仰ぐ。
雲があるけれど、風も吹いている分、切れ間から顔を覗かせるだろう。
その瞬間を求めて見上げ続けていると、足を取られてしまった。

「っ、危なかった…」

大胆に転ぶことはなかったが、地面にへたり込む形となってしまった。
夜の冷えた草の感触は冷たい。
スカートが汚れてしまうけれど、あまり気にならなかった。
少し、歩き疲れたのかもしれない。
お供になってくれたランタンを地面に置くと、再び夜空を仰いだ。

丁度、雲の切れ間から月が見え始めていた。
満月に近い円球は、優しい純白の色で輝いている。

思えば、自分が辿ってきた数奇な運命の上には、いつも月がいたような気がする。
寂しい瞬間も、幸福も、絶望も、希望も。
あの光に導かれていたような、そんな気が。


ならば、彼との再会も月下の元だったりするのだろうか。

(そうだと、いいな)


nameは小さく微笑んだ。
明日の夕方には、リヴァイに会える。
会ったらまず、謝りたい。
そして、もう二度と離れないと誓って抱きしめ合えたら───。


ふっと小さく息を吐くと、不意に草木の揺れる音が聞こえた。

(何かいる…?)

思わず体が強ばる。
どうやら音は横の茂みから聞こえてくるようだ。
nameは音の方へと、そっと振り向いた。

同時に、自分の名が呼ばれた気がした。



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