窓の外は日が傾き始めていた。
2人の顔が夕日色に染められる。
5年前の全容を聞いたnameは、感慨に浸るように深く息を吐いた。
15 落としもの
(リヴァイが、生きてる)
なんだか現実味がない。
約5年間、彼を亡き人として想い続けていたからかもしれない。
「嬉しいことのはずなのに…実感が湧きません」
ぼんやりと呟いたnameを見て、ハンジは微笑んだ。
「そうだろうね。私も君と話してて不思議な気分になるよ」
「でも、生きてて本当によかった…奇跡みたいです」
「……この5年のリヴァイを知っている私からすれば、君がここにいることの方が奇跡に思える。お互い生きていても、会えなければ死んでいるのと同じだからね」
はっとnameは顔を上げる。
ハンジは眉を下げて笑っていた。
その表情は切なげで、5年間の彼の想いを代弁しているかのようだ。
「早くリヴァイに会わせてあげたいよ」
心臓が掴まれたように痛い。
あの時、深い悲しみに沈んでしまった自分の浅はかさを悔いる。
この事実に辿り着くまでに5年の歳月を費やしてしまった。
5年の間、リヴァイはどんな想いでいたのだろう。
会いたい。
勝手にいなくなったことを謝りたい。
そして、もう二度とあなたから離れないと、声を大にして伝えられたら───。
考えるほどに胸が苦しくなる。
その様子を見かねたハンジは、調子を明るくして言った。
「流石の彼も泣いて喜ぶかもね。泣く子も黙るリヴァイの泣き顔、見てみたいなあ!」
「それは、私も見てみたいです」
「明日の夕方には戻るだろうから、感動の再会には是非立ち会わせてもらおうかなあ」
nameは調子を合わせて笑った。
やがて、ハンジは咳払いを一つすると、真面目な顔になる。
「それじゃあ、今度は君の話を聞かせてもらえるかな?君の5年間の真相を」
「…はい」
とは言ったものの、どこから話せば良いかわからない。
何から話し始めても、自分の経験してきたそれはあまりにファンタジーすぎる。
別世界から来た、なんて、お伽話もいいところだ。
nameが言い淀んでいると、室内にノック音が響いた。
「失礼します」という声のあと、エレンがひょっこりと顔を覗かせた。
「夕食の準備ができました。お2人はどうされますか?」
ハンジはやや拍子抜けしたように瞬きを繰り返す。
かなり時間が経っていたらしい。
そういえば、腹が空いている気がしないでもない。
「丁度キリがよかったし、続きは食事のあとにしようか」
nameは内心ほっとしながら頷く。
これまでの話を、リヴァイ以外に話していいものかどうかも迷っていたから助かった。
***
ハンジと共に食堂広間へとやってきたnameに、一同は労りの言葉をかけた。
さっきまでの騒ぎは、モブリットがここを去る際に収束させてくれたようだった。
挨拶を交わした後、全員でテーブルを囲む。
曖昧に笑うnameを見ながら、エレンはどこか腑に落ちない気分だった。
食事中、彼女には様々な質問が飛んだ。
彼女は毎度考えるように間を取ってから、当たり障りのないことを答えているようだった。
素性も、過去に兵団で働いていたということしかわからない。
nameが目覚めた時のハンジの様子を見る限り、彼女の兵団との関わりは、決して浅いものではないように思えたというのに。
「それにしても、nameさんはどうしてこの古城に?nameさんがいた頃も、ここは本部としては機能していなかったはずですが」
「え?ああ、えっと…」
グンダの質問に彼女はまた口ごもる。
一体、何に躊躇いながら話をしているのだろう、この人は。
エレンは目を伏せながら、ちぎったパンを口に放り込もうとした。
「昔、この近くに連れてきてもらったことがあって。懐かしくてつい」
その台詞に、エレンは微かに目を見張って、顔を上げた。
向かいにいるペトラも、表情に驚きの色を滲ませている。
恐らく、彼女の頭にも同じことがちらついたのだろう。
リヴァイ兵長の、あの噂話が。
「あの、それは誰に連れてきてもらったんですか?」
気づいた時には、エレンはそう尋ねていた。
彼の言動にペトラは更に驚く。
けれど、止めはしなかった。
nameは困った風に視線を泳がせる。
この反応は、やはり予想通りなのかもしれない。
言い淀むのは、彼の部下である自分達にその事実を勝手に知らせてはいけないと、懸念しているからではないだろうか。
「それは……」
言葉を紡ぎながら、nameは自分の鎖骨に触れた。
そして、はっと目を見開く。
次にポケットに手を入れ、何度か中を確認する。
どうやら探し物をしているらしい。
彼女は記憶を遡るように一点を見つめる。
やがて、エレンへと目線を向けた。
「倒れていた私のそばに鞄がなかった?」
このくらいの、とnameは手で四角を描く。
エレンは思い当たらず首を振った。
そのサイズの鞄が落ちていれば、すぐに気がつくはずだ。
「そう……。私が倒れていた場所がどの辺だったか、覚えてる?」
「ええっと…あ、丁度そこですよ」
エレンは視界に入った窓の外を指差した。
草が生い茂る敷地の10メートル程先に木々がある。
彼女が寄りかかっていたのは、その中でも一番大きな幹だったため、すぐに見つけることが出来た。
nameは彼が指した場所を目に焼き付けるように暫く見つめると、エレンに向き直って礼を言った。
「教えてくれてありがとう」
「いえ…」
そこで話題は移行してしまった。
結局、彼女がリヴァイ兵長の噂話の相手なのかどうかは、わからず終いだった。
食事後、nameはエレンが指差した窓の外を眺めていた。
班員達は各々部屋に戻っており、ハンジも目を通さなければならない書類があるそうで、一度部屋に篭っている。
静寂な広間に彼女の溜息が響いた。
(どうしよう)
もう一度ポケットを確認する。
けれど、やはり中には何も入ってない。
nameの眉が悩ましげに寄せられる。
大切に握っていたはずのムーンストーンが、なくなっているのだ。
鞄も無いことから察するに、こちらの世界へ飛ばされる途中で落としてしまったのかもしれない。
以前は鞄も一緒に辿り着いたが、今回は同様とはいかなかったのだろう。
自分の身だけでも戻って来れたのだから、それで充分過ぎるのだが。
リヴァイにもらったあの石だけは、どうしても。
(もしかしたら落ちてるかもしれない)
nameは食堂を出ると、玄関へと向かう。
丁度置いてあったランタンに気が付くと、火を灯して拝借した。
見つからなかったら、諦めよう。
そう言い聞かせ、小さな灯りを頼りに古城を出た。