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ハンジはメモ用紙に素早くペンを走らせた。
一枚破って、それをモブリットに渡す。

「これをリヴァイの手に渡るようにしてくれ」
「はっ」
「明日の夕方までは王都業務だろうけど…接待なんてしてる場合じゃない」

モブリットは受け取った紙を丁寧にしまうと、敬礼をして部屋を出て行った。
2人のただならぬ様子に、エレンは困惑している。

ハンジはnameの手を取り、強く握った。

「全く…どこに行っていたんだか」

次の瞬間、ぴくりと動いた手に握り返される。
はっとして顔を見やれば、長い眠りから覚めるように、彼女はゆっくりと目を開けた。



14 彼は走り出す



見知らぬ天井が目に入った。
とても長く眠っていたような気がする。
ここはどこだろう。
頭の芯が鈍く、上手く思考が出来ない。

「name、君なんだね?」

横から声が聞こえて首を動かす。
そこにはゴーグルを付けた女性がいて、目に涙を浮かべていた。
その人が見知った顔だとわかると、nameの頭は覚醒の速度を早めた。
漆黒の瞳が見開かれ、掠れた声が唇から漏れる。

「ハンジ、さん?」
「そうだよ、私だ。よかった、どうやら意識はちゃんとあるみたいだね」

nameは大きく息を吸って吐き出す。
そして、確かめるように自分の手を見た。
服装がスーツのままであることに気付く。
両手で顔に触れ、生々しい感触を実感すると、小さく呟いた。

「戻ってきたんだ……」

その反応をハンジは静かに見守っていた。

エレンは遠慮がちに椅子から立ち上がる。
どうやらnameと呼ばれた女性は、兵団とは無関係ではないらしい。
自分がいては彼女達の感動の再会に水を差すだろうと判断して、この場を去ることにした。

「ハンジさん、俺は退席します。何か飲み物を持ってきますね」
「ああ、ありがとう。助かるよ」

エレンが立ち去ると、nameはゆっくりと体を起こした。

「あの子は…?」
「彼はエレン・イエーガー。ああ見えて調査兵団にとって非常に貴重な存在でね、昨日から正式にリヴァイの部下になったばかりなんだ」
「え…リヴァイって…?」

まさかその名が出ると思っていなかったnameは困惑する。
その様子で、ハンジは5年前の出来事を思い出した。

「ああ、そうか…君はリヴァイの訃報を聞いてここを出て行ったんだったね」

ハンジは、先程までエレンが座っていた椅子に腰掛ける。
nameの肩に手を乗せると、真っ直ぐに彼女を見つめた。

「単刀直入に言う。リヴァイは生きてる」
「!」

息を呑む音が聞こえた。
nameの瞳は見開かれ、大きく揺れる。


リヴァイが、生きてる。


ここが現実だと確認したばかりだというのに、夢でも見ているような錯覚に陥る。
思わず止めてしまっていた息を吐き出すと、ハンジに問いかけた。

「それは本当ですか…?嘘じゃなくて?」
「落ち着いて。順を追って全て説明してあげるよ。だから…」

nameの顔を覗き込むハンジの目には、真相を確かめんとする強い意志が感じられた。

「nameも教えてほしい。君がこれまでどこにいて、どうして戻ってきたのかを」



***



来客用の一室の窓から夕日が差し込み、部屋を赤く染める。
いつだって王都はつまらないものだ。
沈みゆく太陽を見つめながら、リヴァイはそう思った。
昔はあんなにも憧れたこの地は、面倒な仕事をするだけの場所となっていた。

日が沈めば夜になり、貴族達のご機嫌取りをする会食に参加しなければならない。
兵士長という役職に付いてから、こうした胸糞悪い仕事も日常となってしまった。

「壁外調査の日程を明確に決められてよかった。期日までに必要物資を揃え、新兵達の教育も進めなければな」

向かいに座るエルヴィンは、1ヶ月半後に迫る壁外遠征のことで頭が一杯な様子だ。
当然だろう。
そこで結果を出せなければ、エレンは憲兵に引き渡され、調査兵団の失墜も免れないのだから。

「そのために、今夜も胸クソ悪い会食に出るんだろうが」

リヴァイは悪態をついてティーカップに手を伸ばした。
品の良い香りが鼻腔を擽る。
王都へ来る利点があるとすれば、高級な茶葉の味を楽しめることだけだ。

「今夜も淑女方の誘いが待っているだろうな」

エルヴィンは表情を緩めて笑う。
彼の性悪な台詞にリヴァイは眉を寄せた。
煩わしい女共の羨望の眼差しが嫌でも想像できて、思わず舌打ちをした。

「わかってるなら助けろ。いつも面白がりやがって」
「別に構わないだろう。英雄の兵士長が貴族の娘を懇意にしていたって、誰も文句は言うまい」
「……つまらねえこと言ってんじゃねえよ」

リヴァイの眼元に影が差す。
歳月をかけて尚、頑なに変わらぬ彼。
暫しの沈黙のあと、エルヴィンは言うか迷った台詞を口にした。


「もう、5年だ」


エルヴィンの言う年数が何を意味するのかは、聞かなくてもわかる。
彼は時々その話をする。
全く浮いた話のないリヴァイを見兼ねては、現実の経過を投げかけるのだ。

そろそろ前に進んでもいいのではないか、と。

「未だに彼女の影を探し続けるお前を見ているのは、心苦しい」
「放っておけ。俺の勝手だ」
「再要請を繰り返して彼女の捜索には力を尽くした。だが、目撃情報すらなかった。これだけ年数が経ってしまっては新たな情報を得るのは困難だ」
「…………」
「現実を受け止めろ。彼女はもう───」
「おい、エルヴィン」

リヴァイの低い声色がさらに下がる。
彼は灰の双眸に鋭い光を宿らせて、エルヴィンを睨んでいた。
巨人を相手にする時だって、こんなに殺意を込めた眼はしない。

「そろそろ黙れ。そうしねぇと、てめえの口が使いもんにならなくなる」

それはただの脅し文句ではない。
彼は続け様に口を開いた。


「あいつは死んでない」


リヴァイは変わらない。
5年間、頑なに。
その台詞は勿論、願望だろう。
けれど、そうまで強く言い張れるだろうか。
彼女の情報は何一つ出てこないというのに、一体どうしてそうも、変わらずに。

「お前は…何をそんなに確信を持っていられるんだ?」
「…それは」
「失礼します」

リヴァイの言葉を遮るように、室内にノック音が響いた。
2人の目線が同時に扉へと向く。
エルヴィンが「どうぞ」と言うと、同じ兵服を着た兵士が入ってきた。

「モブリット?一体どうしたんだ」
「ハンジ分隊長から言伝を預かってまいりました。リヴァイ兵長宛に」
「俺に…?」

ハンジが部下の彼を単独で、しかも、わざわざ王都まで赴かせるとは余程の事態が起きたのだろうか。

「すぐに伝えろ」
「はい。現在、特別作戦班の拠点である旧調査兵団本部の古城付近にて女性を保護。その女性は…5年前に失踪したname・fam_nameさんであることが確認できました」
「!!!」

リヴァイは思わず立ち上がった。
足がテーブルに当たった衝撃でカップが揺れ、零れた紅茶がソーサーを汚した。

モブリットを凝視したまま、彼の眼が大きく揺れる。
見つかった?nameが?
彼は動揺の色を隠さず、先の言葉を急かした。

「その情報は、確かか?」
「ええ、私もこの目で確認しました。それと、ハンジ分隊長からの文書もお預かりしています」

モブリットはそう言うと、折りたたまれた小さな紙をリヴァイに渡した。
リヴァイはすぐにその文面を確認する。
ハンジが急いで殴り書きしたであろう文字は雑なものだったが、しっかりと読むことができた。


"nameが古城近くで見つかった
意識はないが、顔色良好
衣服の乱れも見られない
あと、相変わらず可愛い"


"文書"と言うにはとても稚拙で、たった四行の呆気ないメモだ。
けれど、紙面にはハンジの気遣いが伺えた。

じんわりと、胸が熱くなっていく。
リヴァイは揺れる黒目を瞼で一度隠すと、小さく息を吐いた。
そして、エルヴィンに向き直る。


「俺は今すぐここを出る」


驚いた様子のエルヴィンに言い放った。
彼は、リヴァイがそう言い出すことは予想できていたらしい。
誰もリヴァイを止められない。
どんな言葉も、引き寄せ合う彼らを阻むことはできないのだ。

「明日まで待てと、言いたいところだが」
「悪いが、今日は聞けそうにない」
「いや……あの日、彼女の失踪をお前の耳に入らぬよう阻んだのは私だ。だが、今日は止めない。行ってやってくれ、リヴァイ」
「!……エルヴィン、感謝する」

リヴァイは最後に、「この埋め合わせは必ず」と言い残し、足早に部屋を出て行った。
モブリットもすぐにそれを追う。

客室に一人残されたエルヴィンは、ぬるくなった紅茶に口付けた。
明日、本部に戻る前に一度、古城に顔を出すことにしよう。
5年前と同じように連れ添う彼らを見れると、期待して。



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