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翌朝、リヴァイは自分の不在時の業務を班員に指示していた。
とは言っても、ここでの待機命令が出されている間に出来ることはあまりない。
最も神経を使うべきなのは、人類の希望を絶やさぬよう、彼を守るということだ。

「エレン」
「は、はい!」

最後に、エレンへと目線を向ける。
彼は必要以上の声量で返事をした。

「……俺が戻るまでに庭の掃除を完璧に仕上げておけ」
「了解しました!」

班員に見送られて城を出たリヴァイは、好き放題荒れている庭に舌打ちをする。
エレンの仕事ぶりにはあまり期待していないが、帰ってきたら入念に確認してやろう。

リヴァイは馬に跨ると、後ろを振り返らずに王都へと出発した。



13 少年が見つけた



晴天の下、たまに吹く風が心地良い。
けれど、6月下旬に差し掛かっている気温の中で長時間外にいれば、流石に暑かった。
エレンは一度腰を上げると、草むしりの為にはめていたグローブを外した。
蒸れた掌が暑さから解放されて気持ちがよかった。

ふと、数メートル先にある木々の間から、何か白いものが見えた。
木の根元から伸びているように見えるそれが何か分からず、エレンは目を凝らす。
ゆっくりと近付きながら確認して、彼はぎょっとした。
それは、人の足だった。

(何でこんな所に……まさか死)

その先を想像するのは怖くてやめた。
エレンは顔を強ばらせ、身を固める。
しかし、意を決して足を進めると、二本の白へと近付いた。

「あ……」

思わず、声が出た。
彼の目に映ったのは、想像していたような恐ろしいものではなかったから。


木の根に寄り掛かるようにして、一人の女性が座っていた。
瞼は閉じられ、規則的な呼吸で胸が上下している。
どうやら眠っているらしい。
吹き抜ける風に黒髪が揺れた。
木陰の下でも、その肌はとても白く、柔そうなのがわかる。

(綺麗な人だな…)

エレンは素直にそう思った。
普段、異性に対して可愛いとか綺麗だという感想を持つことはあまりないけれど。
明らかに年上に見えるその女性に、少年は魅せられた。

引き寄せられるように、手が伸びる。
あと少しで、指先が頬に触れる。
その時。


「おーいエレン!そろそろ昼飯にするぞ!」


後ろから聞こえた声に、エレンはびくりと肩を上げる。
慌てて手を引っ込めた。
振り返れば、不思議そうに首をかしげたエルドがこちらへ歩いて来るところだった。

「何してるんだ?まさか、早速さぼってたのか?」
「ち、違いますよ。ここに人が倒れていたから、びっくりして」

エレンのそばで力なく座っている女性に気付くと、エルドは驚きで目を見張った。

「本当だ…一般人が何故こんな所に。いつからだ?」
「俺が気づいた時には既に」
「妙だな…」

エルドは腕を組んで考えた。
その女性は全身を礼服のような黒で包んでいるが、スカートの丈は短めで、一見して妙な格好だった。

試しに、女性に声をかけてみる。
反応はない。
次に肩を叩いてみるが、反応は同じ。
ただ眠っているというよりは、完全に意識を失っているようだった。

「どうしますか?」
「女性だからな…意識がない状態で放っておくわけにもいくまい。とりあえず、中に運ぼう。エレン、頼めるか?」
「はい」

エレンは女性の背中と膝裏に腕を差し込むと、軽々と体を持ち上げた。
顔が近くなってどきりとする。
髪が靡くと甘い香りがした。

彼が歩き出した衝撃で、女性の手に握られていた純白の石が、音もせずに落ちた。




「おいおいおい、どういう状況だこりゃあ…!?」

女を抱えて戻ってきたエレンの姿に、オルオがいち早く声を上げた。

「なんで女の持ち帰りなんてしてんだ!?」

彼の声は高らかに古城に響き渡る。
"女の持ち帰り"という、聞こえの悪いフレーズにペトラが過敏に反応した。

「なっ…エレン、兵長がいない間になんてことを…!最低じゃない!」
「違うんだペトラ。これは…」
「エルド!あなたまで!」
「おいエレン、俺だって色々と我慢してるってのにてめえは!」
「2人とも落ち着けよ!」

エレンの悪い素行だと思い込んでしまったオルオとペトラを宥めようと、エルドは必死に説明を試みる。
けれど、同期2人組はこんな時に限って息をぴったり合わせて叫ぶ。

「「落ち着けるか!」」

2人がエルドを標的にしているうちに、エレンはその場を離れる。
少し遠くで状況を見ていたグンタが、彼に声をかけた。

「で、エレン。実際のところ、その女性はどうしたんだ?」
「庭に倒れているところを見つけて、それで…」
「なんだ、大した事でもないじゃないか。これくらいで騒ぐとは、あいつらもまだ子供だな」

騒ぎ続ける2人に呆れたように溜息を吐くと、グンタは先輩の余裕を見せた。

「それなら奥の部屋を使えよ。兵長が掃除したから一番綺麗だしな」
「わかりました」

エレンは頷くと、聞こえてくる怒声から逃げるように廊下の奥へと進んだ。



***



エルヴィンとリヴァイが王都に召集されていているこの日。
ハンジは嬉々としてリヴァイ班のいる古城へと馬を走らせていた。
鬼の居ぬ間に、というやつだ。

「ああ、楽しみだなあ!待っててねーエレン!」
「分隊長、後で知れたら大変なことになりますよ」

モブリットが釘を指すが、いつもの如く、彼女の耳には入っていないようだ。



馬を繋いで城の中へ入ると、何やら騒がしい。
リヴァイ班の面々が言い争っている様子に目を丸くしながら、ハンジは声をかけた。

「一体どうしたの?」
「ハンジさん、モブリットさん!?」

突然の上官2人の登場に一同は驚く。

「随分騒がしかったけど、何か問題でもあったの?」
「エレンの野郎が、女を連れ込みやがったんすよ!」
「えっ…ええぇ!?」

オルオの言葉に、今度はハンジが驚きの声を上げた。
モブリットも目を丸くしている。

「いや、違うんですハンジさん。これには訳が…」

これ以上話をややこしくさせまいと、エルドは彼女に話しかけようとする。

「そうか、なら私がどんな具合か確かめる!巨人化できる彼の行為に何か違いがあるのか気になるからね!」
「分隊長!?あなたに人の心はありますか!?」
「エレンは今どこに!?」
「はっ…お、奥の部屋に」

興奮した面持ちのハンジに聞かれ、グンタは咄嗟に答えてしまった。
ハンジはゴーグルを光らせながら走り出す。
モブリットがそれを慌てて追いかける。
飽くなき探求心とは…恐ろしい。

目的の部屋に辿り着くと、彼女はノックもせずに扉を開けた。

「やあエレン!楽しんでるかい?」
「!?」
「分隊長!ノックはしてください!」

突然の来訪者に、エレンは大きな瞳を更に大きくして振り返った。
彼は椅子に腰掛け、ベッドに横たえた女性の様子を見ているところだった。

「あれ?何もしてないじゃないか」

衣服の乱れが全く見られないエレンに、ハンジは拍子抜けして、あからさまに落胆した。
そんな彼女を他所に、モブリットはエレンに状況を確認する。
そして、彼の行いが倒れていた女性を保護しただけだとわかると、モブリットは安心したように頷いた。

「なあんだ、リヴァイの居ぬ間に悪さをしてるかと思ったのに」
「分隊長…それはあなたですよ」
「それで、保護したってのはその人だね?」

ハンジはベッドへと目線を移す。
そして、女性の顔を見ると、彼女はゴーグルの奥の目をゆっくりと見開いた。

「……え?」

目を瞑っている女性の顔と、記憶の奥にいる彼女の顔が一致する。
ハンジはベッドに手をついて、確かめるように顔を覗き込んだ。
幾らか大人びたように見えるが、5年前にも残っていた幼さの面影を感じる。

間違い、なかった。


「…name、なのかい?」


845年の壁の崩壊と共に姿を消したはずの彼女が、帰ってきていた。



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