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出発の準備が整ったリヴァイは、執務机の引き出しを開けた。
奥にしまってある小さな箱を取り出す。
長い間、そこが定位置となっていた箱は、彼の潔癖な性格のお陰で埃一つ積もっておらず、時の経過を感じさせない。

彼女に渡しそびれて5年、未練たらしくこうして大切に保管してきた。
開けて中を確かめようと手を掛けてみる。
けれど、すぐに止める。
見ても心が乱れるだけだ。

リヴァイは掌の箱を暫し見つめた。
今日から約一ヶ月半、部屋を留守にする。
これまでにない長い期間故か、この箱を置き去りにする気になれなかった。

ちらりと窓の外を見やれば、班員達は既に揃っている。
あのエレン・イエーガーも、緊張の面持ちで自分を待っているようだ。

(もう時間か)

彼はズボンのポケットに箱を深くしまい込むと、大きめの鞄を手に自室を後にした。



12 意外な噂話



「で、俺はその時こう言ったわけだ。お前らにはその理由がわかるか?わからんだろうな」
「オルオ…馬鹿に見えるからやめてよ」

食事中も饒舌なオルオの話に、ペトラが呆れながら相槌を打つ。

旧調査兵団本部の古城に着いた初日、彼らは施設の清掃をするだけで一日を終えた。
リヴァイの潔癖具合や、それについていく先輩達にエレンは終始圧倒されていた。

既に食事を終えているリヴァイ。
特有の持ち方でティーカップに口付ける彼の表情を窺う。
班に馴染もうと必死なエレンは、わざと明るく声をかけた。

「調査兵団にこんな立派な施設があるなんて知りませんでした」
「長く使われてねえからな。どこもかしこも汚れてやがる」
「あはは…。では、兵長がここに来ることは滅多になかったんですね」
「……ああ、このへんに来るのは…5年ぶりだ」

低く呟いたリヴァイの目元に影が差す。
普段は鋭く光る双眸が物憂げに揺れた気がして、エレンは思わず凝視した。
その視線に気付いたリヴァイは、顎を上げてエレンを見下ろす。

「エレン、お前の明日の仕事は庭の掃除だ」
「え…また、掃除ですか」
「他に任せられることもねえだろうが」
「は、はいっ、承知しました」

有無を言わさぬ雰囲気に、エレンは姿勢を正す。
いつもの兵長だ。
さっきの表情は気のせい、だろうか?

「俺は明日から王都へ行く。2日ほど留守にするが、掃除は抜かりなくやれよ」
「わかりました。でも、今日この城に着いたばかりだというのに、慌ただしいですね」
「クソみてえな会議と接待が待ってるからな…ちっ、めんどくせえ」

彼は舌打ちをして席を立つと、未だ歓談する班員を残して自室へと戻って行った。



***



厨房に食器のぶつかり合う音が響く。
エレンが皿を洗い、ペトラがそれを拭いて仕舞う。
時々話題を投げかける彼女に、エレンは軽く笑いながら応えていた。

「エレン、私たちの輪の中は居心地悪いかな?」
「えっ…どうしてですか?」
「何だかぼんやりしてるみたいだから」
「いえ、そんなことはありません。ただ…」
「?」
「先ほど、兵長が浮かない顔をしていたのが気になります。やっぱり俺が班に加わったことで、気苦労を増やしてしまったのかと…」
「…………」

最後に洗い終えたティーカップを渡す。
しかし、それが受け取られないことに気付くと、エレンは顔を上げた。
横のペトラを見れば、一点を見つめて黙り込んでいる。

「ペトラさん?」
「え…ああ、ごめんね」

ペトラは慌てて笑いながら食器を受け取る。
しかし、それがリヴァイの使っていたティーカップだと気付くと、再び目を伏せた。

「…どうかしたんですか?」
「……兵長が浮かない顔をしていたのは、昔の恋人を思い出したからかもしれない」
「えっ」

エレンは目を丸くした。

「兵長に恋人が?」
「うん、私も噂でしか聞いたことないけど、その人も昔は兵団にいたみたい」
「へえ…じゃあ兵士だったんでしょうか?」
「詳しいことはわからない。ただ、当時の兵長が恋人とこの古城へ行くのを見たことがあるって、先輩達が話しているのを聞いたの」

染みが残らないように、ペトラはカップを丁寧に拭く。
その手元を眺めながら、エレンはぽつりと呟いた。

「なんだか、意外です。兵長がそういう一面を持っている人だなんて」
「私もそう。昔の恋人を想って感傷的になるようには見えないわよね」

その相手がどれくらい前に付き合っていた人で、何故今は一緒にいないのかは不明だ。
ただ、何度も囁かれている噂は、最後に必ずこう締めくくられる。

「その人を忘れられないから、兵長はずっと独り身を貫いてるって…」

水滴が無くなった食器をしまうペトラの背中を見ながら、エレンはとても不思議な気持ちになっていた。
人類最強と羨望され、同時に畏怖されるリヴァイ兵士長。
自分からは遠くかけ離れた人だと思っていたけれど、そんな普通の恋愛をしていたなんて。

(凄く意外だな……)

あのリヴァイ兵長が今でも想い続けるという女性とは、どんな人なのだろう。
想像してみたけれど、エレンにはいまいち具体的な女性像は浮かんでこなかった。



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