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視界を遮断すると、意識が遠のくような、けれど眠気とは違う不思議な感覚に襲われた。
意識が何かに強く引き寄せられ、神経が鈍くなっていく。
途切れ途切れに声が聞こえたかと思うと、暗い視界が段々と明るくなっていった。

そして、ふっと世界が鮮明になる。
配線がしっかりと接続されたように。

nameは軽く頭を振った。
すると、すぐ目の前に人がいることに気付いた。
ゆっくりと、目線を上げていく。


(……っ!?)


目に入ったその顔に、思わず息を呑んだ。



11 願い



緩やかな風に靡く前髪。
鋭い光を携えつつも、深く優しい灰の眼。
形の良い薄い唇。

朧気だった彼の姿が目の前にある。
nameは瞬きと呼吸を忘れて凝視した。
懐かしくて、愛しい。


会えないはずのリヴァイがいる。


(リヴァイ!)


思わず叫ぶ。
けれど、発したはずの声は声になっておらず、彼には届いていない。
何故かという疑問を考えるより早く、リヴァイが口を開いた。

「お前が病気だとわかった時…正直、平静じゃいられなかった」

リヴァイは切なげに眉を寄せる。

(……?)

彼のその台詞には聞き覚えがあった。
けれど、リヴァイの目線は自分よりやや上を向いており、他の誰かに話しかけているようだ。
その目線の先を辿って斜め上を向いたnameは、はっと目を見張る。

(え……わ、たし?)

リヴァイを見つめ返す自分の顔がすぐ真上にあった。
自分を第三者の視点で見るという、奇妙な感覚に戸惑う。
同時に、他の景色が視界に入った。
ぐるりと辺りを見回す。

空には煌めく星と白い満月。
2人の足は水に浸かっており、美しい水面には時々波紋が広がる。
ここは、古城近くの湖?

「心配かけてごめんね、必ず治すから」
「ああ…必ずだ。俺から離れることは許さねえ」

リヴァイと自分の会話を見つめる。
nameは何度かゆっくりと瞬きをすると、繰り広げられているものが何なのか理解し始めた。

見覚えのある場所。
デジャブを覚える会話。

(これは…記憶だ)

兵団に来たばかりの頃、あの湖へ行った時の記憶が流れている。
当時の映像がそのまま再生されているかのようだ。
けれど、どうして自分の視点ではないのか。

一体誰の目で2人を見ているのだろう?


すると、不意にリヴァイの目がこちらに向けられた。
思わずnameの心臓が跳ねた。
そっと、彼の手がこちらに伸びてくる。
視界が狭くなったかと思うと、全身があたたかい何かに包まれた。

そして、頭に声が流れ込んでくる。


───必ず守り抜くから、この手に抱けるくらい、いつでも傍にいてほしい。


そう聞こえた途端、身体が熱くなった。
あまりの熱に息を止める。
直接流れ込んできたのは、正確には声ではなく、想いだ。

nameはようやく、これが誰の目線によるものなのかを理解した。


(これは、石の記憶)


湖に行ったあの満月の夜、リヴァイはnameの首に光るムーンストーンに触れた。
そして、強い想いを石に込めたのだ。

───いつでも傍にいてほしい、と。


「お前を失わないためなら何にだって願う」


それは、祈りにも似た"願い"。

彼の手から伝わってくる熱がその願いに共鳴しているようで。
胸が締めつけられる。
nameは思わず手を伸ばそうとした。


しかし、視界が急に霞み始める。
映像が乱れるように。


(待って……まだ)


お願い…消えないで…。
必死に手を伸ばしてみるが、彼を掴むことは出来ない。
視界がどんどん黒く塗り潰されていく。
リヴァイの眼が、輪郭が、暗闇に侵食される。

待って、待って……!!



「───待って!!リヴァイっ!!」



劈くような叫びと共に目を開けた。
視界に映っているのは伸ばした自分の手。
しかし、その先に広がるのは夜の海。
耳に届くのは潮騒の音。

見開いた瞳から涙が零れ、頬を伝った雫が顎から落ちる。
それが地面に新たな染みを作ることはなく、海水を含んだ砂に吸収された。

視線を落とし、石を握ってる方の手を開く。
掌に収まっているムーンストーンは、美しい純白色に煌めいていた。


「いつでも、傍に……」


私も、そう願っていたはずだった。
なのに、あの流星の夜。
あなたの死を知った夜、私はあの世界から消えることを願ってしまった。

「……っ」

ぎゅっと強く。けれど、決して壊れぬように石を握りしめる。
胸が痛くて痛くて、張り裂けそうだ。

どうして、彼の願いを叶えてあげられなかったのだろう。

例え世界にリヴァイが居なくとも、ずっと傍にいればよかった。
彼の生きた世界を愛せばよかった。

あの世界を手放すことは、リヴァイの想いを否定するのと同じことだったのに。


嗚咽を漏らしながら泣きじゃくる。
ガキのようだと笑われてしまいそうだ。


「もう二度とっ…あなたから……、世界から目を逸らさないから」


そう、言うには遅すぎるけれど。
とても勝手だけれど。
どうしようもない我儘なんだけれど。
それを承知で願います。


「私はあなたの"願い"を叶えるために生きたい───」


言葉にした瞬間。
手の中の石が強く熱を帯びた。
そして、誰かの声が流れ込んでくる。


───今度は、もう二度と帰れないよ。
この世界にだって、大切なものはあったでしょう?


それは最後の選択。
本当の決別。
この世界での思い出が、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
それでも、心は揺るがなかった。

この世界の全てがどうでもいいわけじゃない。
ただ、彼の願いを叶えたい。
リヴァイの生きた世界の傍にいたい。


「───だから」



nameの体は強い力に押し上げられるような感覚に包まれる。
月の引力に寄せられる海も、こんな感じなのだろうか。
感じたことのない浮遊感に酔ってしまいそうで目を瞑る。
意識が、薄れていく。
完全に思考ができなくなる直前、最後に優しくしてくれた叔母へ「ごめんなさい」と呟いた。



純白の満月は、今宵も変わらず空に佇む。
遠くの海面がネオンの橙色で揺れる。
寄せては返す潮騒が、誰もいない砂浜に響き続けた。



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