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「name」

窓際に佇む彼女が振り返るより早く、リヴァイは手を伸ばした。
小柄な体を腕に閉じ込めて、艶やかな漆黒の髪に口付ける。
鎖骨あたりまで伸びた髪がさらりと鼻先を掠め、甘い香りがした。
長くもなく短くもないこのくらいの長さが、nameには似合う気がする。

「リヴァイ、どうしたの?」

くすぐったそうに肩をすくめながらnameは振り返る。
窓から差し込む日差しを受けた彼女は穏やかに目を細め、綺麗な笑みを口元にたたえている。
nameは夜空を好む女だが、彼女の存在そのものは陽だまりのようだといつも思っていた。

「今日は、ずっとこうさせろ」

そう言って顔を寄せれば、nameの瞳が閉じられる。
今日は何度だって、こうしてキスをして、抱きしめ合いたい。
胸が甘く満たされる感覚に溺れていたいのだ。

「こんな風に甘えるなんて珍しいね?」
「…こんな俺は駄目か」
「そんなことないよ。そんなリヴァイも、"悪くない"よ」

彼の褒め言葉を真似てnameは悪戯に笑う。


ああ。
こんな優しい時間がずっと続けばいい。
俺はいつだって、お前との未来に想いを馳せる。
残酷な世界の中で、優しい夢を見ずにはいられない。



09 ひとりで夢を見る



視界に入ったのは見慣れた天井。
窓を叩く強い雨音が、徐々に意識を覚醒させていく。
リヴァイは深い息を吐くと、手の甲を瞼に乗せた。
現実に引き戻されたことを知る。
毎晩ずっとこうだ。


846年、3月。
あれから半年が過ぎた。

兵士長という新たな肩書きに就いたリヴァイは、責務を全うする日々を送っていた。
新たな班員も増え、"リヴァイ班"などと特別視を受けている。

壁外調査の機会が増えたのは有難かった。
巨人を削いでいる間は無心になれる。
部下の前では気丈でいられる。

だが、この部屋で夜を過ごしている時は、自分を誤魔化すことができない。


(この様子じゃ、明日は外に出れねえな)

雨が降り続ける窓の外を見る。
もう3月だというのに、今年は春の訪れが遅い。
雨のせいか、今夜は余計に寒く感じた。


「なあ、そっちも雨か?」

雨音にかき消されるほどの声で呟いた。
当然、返事はない。


ロレが屋上で見た一瞬の光。
それは恐らく、nameが世界移動をした際のものではないだろうか。

もっと具体的に言えば、彼女は元の世界に"戻った"のではないだろうか───?

方法はわからない。
けれど、5日間の捜索の末、忽然と姿を消した彼女の行き先はもう、それしか考えつかなかった。
元の世界に戻る方法はnameも知らなかったはずだが、もし、何かきっかけがあるとすればそれは…。


「俺は死んじゃいねえよ……」

悲痛に零れ落ちた言葉は、雨音に呑まれる。

自分の死を聞いたnameは、どれだけ世界に絶望したことだろう。
あの流星の下で泣いていたはずだ。
同じような状態におかれている自分もこんなに苦しいのだから、容易に想像できる。

nameと過ごしたのはたったの2年間。
数字にすれば短く思える。
だが、2年間で得たものは、それまでの人生で得たものより多いかもしれない。

そうでなければ、世界はこんなにも色を変えてないだろう。
春を感じられないのは、もしかしたら自分の感覚が鈍ったせいか?


『彼女の存在なくして機能しなくなってしまうほど、お前の世界は脆いのか。他は全てどうでもいいものなのか?』

エルヴィンの問いが頭の隅で木霊する。
それを否定することは、やはり、できそうにない。


「何も…ねえ」


声が微かに震える。
昔の俺が今の俺を見たら、ガキみてえに喚くんじゃねえと、一喝することだろう。
そういう自分でいられたら、こんなにも後悔と喪失感に苛まれることはなかった。


「name以外……俺には何もねえ」


兵団の仲間を蔑ろにするわけじゃない。
彼らとの戦いに大義を抱かないわけでもない。
ただ、自分を自分たらしめるものが、nameだったというだけだ。
他が"どうでもいい"のではなく、nameの存在が"大きすぎた"というだけの話だ。

息をするのもままならなくなる程に。


「頭が…おかしく、なり、そうだ」


左胸を押さえて息を詰まらせる。
お前は俺に幸福を与える代わりに、他のものを奪っていったらしい。
例えば、色や感覚や、空気なんかを。
でなけりゃ、当たり前に出来るはずの呼吸が、こんなにも困難になるはずねえだろ?

「……はっ」

夢で彼女が佇んでいた窓際へと手を伸ばす。
誰もいない空虚で、手は彷徨い続ける。

「戻って、こい」

元の世界に戻ったという仮定すら、真実かもわからない。
ただ、彼女はどこかで生きているのだと考え、それを希望にしていないと気が触れてしまいそうだった。


「name……っ」


会いたくて堪らない。
こんな夜を繰り返すうち、いつか死ぬのではないかと思ってしまう。
いつもnameが眠っていたシーツを強く握りしめ、リヴァイは何度も息を吐いた。
半年経っても、彼女のスペースを残して眠る癖は無くなりそうにない。

彼女を抱きしめるように毛布を引き寄せると、再び眼を閉じた。
目覚める度、落差に絶望させられる。
それでも、nameに唯一会える夢を求めずにはいられないのだ。

失った色も、夢の中でならほんの少しだけ、色付くような気がするから。



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