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843年。
壁の最も中央にある王都ミットラス。
その真下にある地下街に陽の光はほとんど届かない。
険しく狭い世界で、彼は生きていた。



02 かもしれぬ鴨



その日の仕事を終えたリヴァイとファーランは、行きつけの酒場へと足を進めていた。
酒場の多いその通りは既にできあがった酔っ払いたちで賑わっていた。
常灯の地下であっても、そこは夜の雰囲気を感じさせる場所だった。

リヴァイは訝しげに眼を細めた。
目的の店の入口付近に男数人の人集りができていた。
男達の足元に何かある。
白く細長く見えたそれは人の足だった。

「妙な格好だぜ」
「娼婦に決まってる」
「ああ、こんだけ露出してりゃそうだろうな」

男達の中心にいたのは女のようだった。
酔っ払っているのか座り込んでいる。
遠目からでもすらりとした脚が目に入った。
安い店の客引きかとリヴァイは思った。
女の履いているスカート丈は短く、地下であれだけ露出している女は娼婦か、気が触れた奴だけだからだ。

リヴァイは特に気にもならなかったが、店に入る手前でちらりとその女を盗み見た。
女の瞼は閉じられていたが、一見して整った顔立ちをしていた。
そして、とても娼婦には見えなかった。

(小綺麗すぎる)

地下で長く暮らしていると地上から来た人間はすぐにわかる。
雰囲気が違うのだ。
例えそれが地上の悪党だとしても。
太陽の下で生きる人間と、地下で生きる人間とでは纏っている雰囲気が違う。
この女も同じだとリヴァイは思った。
彼は店に入る足を止め、男達の方へ向き直った。

「リヴァイ?」

後ろからファーランの訝しげな声が聞こえた。
その声に反応して、男達がこちらを振り返る。

「リヴァイだと?俺たちに何の用だ」
「その女はお前らが買ったのか?」
「いや、ここに座って眠りこけてやがった。出勤前の娼婦だろうよ」
「そうか。なら、その女は俺が買う」
「なんだと?」

リヴァイは男達の間を割って入ると女を抱き上げた。
アルコールの匂いはしない。
代わりに、揺れた黒髪から甘い香りがした。
男達は誰もリヴァイを止めなかった。
彼には逆らわない方がいいと思っているのだろう。

「珍しいこともあるもんだ」
「あのリヴァイでも女を買うんだな」

外野の話声が耳に入ったがリヴァイは意に介さない。
女を抱き抱えたまま彼は店をあとにした。
後ろからファーランが追いかけてきて横に並ぶ。

「おいリヴァイ!どういう風の吹き回しだ?」
「ファーラン、今日の酒は無しだ」
「はあ?そんなに女で遊びたいのか?」
「この女をよく見ろ」

ファーランは言われた通り、リヴァイの腕で眠っている女を見た。
白い肌に黒髪がよく映えている。
ふっくらとした唇は男を誘うようだ。
だが顔には幼さが残っており、美人というよりは可愛らしいという印象を受けた。

「まあ、可愛い顔をしてるな」
「お前…馬鹿か」

リヴァイは溜息をついた。
自分の覚えた違和感にファーランは気づいてないらしい。

「娼婦にしては小綺麗すぎると思わねぇか」
「え?…ああ、確かに」
「身なりもきちんと整えてある。丈は短ぇが」
「まさか」
「ああ、地上からきた可能性がある」

ファーランは思わず息を飲んだ。
彼らはまじまじと女を見つめる。
地上から流れてくる者は皆、訳ありだ。
特にそれが女であれば、もっと普通ではない理由がある。

「王都にいる貴族の娘かもしれねぇ」

この女にどんな訳があるかは知らないが、もしもリヴァイの予想が当たりならやることは一つだった。
金目のものは奪う。人質として使えるなら金を巻き上げてもいい。
女は大金を運んでくれる可能性があるカモだった。

「悪い男だねぇリヴァイ」
「てめぇもな。ファーラン」
「俺は女には優しいぜ」
「しっかり持ってきてるじゃねぇか」

ファーランはくっと笑って鞄を揺らした。
リヴァイが女を抱き上げた時、女のそばに落ちていた鞄をファーランはすかさず手に収めた。
リヴァイの意図までは読めなかったものの、ちゃっかりしている男だった。

「戻ったらベッドを貸せよ」
「ええ!?使うのは俺のベッドかよ」

ファーランの抗議も虚しく、リヴァイは早足で自宅へと急ぐ。
どんな女であっても潔癖さには妥協しない。
それがリヴァイという男だ。
相棒の身勝手さにファーランは苦笑しつつも、すぐに後を追った。



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