×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




調査兵団の主力部隊に撤退命令が出たのは、ロレがリヴァイと合流した数日後のことだった。
疲弊した兵士達は馬の手綱を引きながら、重い足を進める。

「ロレ、帰還するぞ」

唯一の班員にリヴァイは声を掛ける。
まともに睡眠を取っていないせいか、ロレの下瞼は黒ずんでおり、目も充血している。
けれど、彼は何よりも精神的な部分で限界を感じていた。

(もう、これ以上は黙っていられない)

エルヴィンの命令には従った。
彼の考え通り、リヴァイは僅かな狂いもなく刃を振るい続けた。
けれど、もう充分だろう。
もう、事実を知ってもいいはずだ。


「班長……お伝えしなければならないことがあります」

重々しいロレの口振りに、リヴァイは進めようとした足を止めて振り返る。
しかし、彼はなかなか先の言葉を紡げないでいた。

「おい、呼び止めておいて何を黙り込んでやがる。言いたいことがあるなら言え」
「…っ」

自分の言葉が、今からこの人を深い絶望へと押しやることは避けようがない。
どんな優しい言葉を探しても、事実は1ミリとて優しくはならないのだ。
ロレ唇を噛みしめ、充血した目をリヴァイに向けた。


「壁が壊された夜から…nameさんの行方が、わからなくなっています」



08 見つけた可能性



床板を踏む音は、彼の心を表しているように乱雑だ。
リヴァイは自室の扉を勢いよく開くと、彼女の名を叫んだ。


「name!!」


執務室に彼の声だけが反響する。
返事はない。人の気配もない。
2人の寝室にも、シャワールームにも、nameの姿はどこにもなかった。

気づけるのは彼だけだが、どの部屋も掃除を怠っているのがわかる。
それは、nameが数日間この部屋に戻ってきていないことを意味した。

「班長…」

愕然としている彼を遠目に見ながら、ロレは執務室の入口で動けずにいた。
リヴァイは首だけで振り返り、切れ長の横眼で鋭くロレを睨みつける。


「何故、今日まで黙っていた」
「……申し訳ありません」
「謝罪なんか求めてねえ。何故だ?俺の部下であり、nameとも面識のあるお前が、何故黙っていられた」
「それは…」

「私が命令したからだ」


リヴァイの眼が、ロレの後ろへと向けられる。
そこには無表情のエルヴィンが立っていた。彼はロレの横を通り過ぎると、執務室に入っていく。
リヴァイは姿勢を変えず、灰の眼に殺気を滲ませた。


「いつまた壁が壊されるともわからない状況で、お前を前線から引かせるわけにはいかなかった」
「それで、今の今まで隠してたってのか」
「そうだ。全ては私の判断だ」


金属の擦れる音。
リヴァイは振り返りながらブレードを引き抜くと、そのままの勢いでエルヴィンの喉元へ刃を突き付けた。
首が裂かれる寸前、エルヴィンはブレードを素手で止めた。

床に鮮血が落ち、血溜りができる。
切れ味のよい対巨人用の刃は深く彼の掌に食い込み、そのまま切り落としてしまいそうな勢いだった。
距離を取って避けなかったのは、その余裕がなかったからだ。
リヴァイの刃は恐ろしい程に躊躇いがなく、本物の殺意を感じさせた。


「…リヴァイ、お前は兵士だ。どんな理由があれ時に非情になり、遺棄し、諦観しなければならない」
「黙れ」
「お前にとって兵団は何だ?人生とは何だ?」
「…黙れと言ったのが聞こえねぇか」
「彼女の存在なくして機能しなくなってしまうほど、お前の世界は脆いのか。他は全てどうでもいいものなのか?」
「っ黙れ!!」


叫びと共に、リヴァイはブレードを振り切った。
エルヴィンの掌から紅い飛沫が散る。
それに表情を歪めることなく、彼は口調を強めて言う。


「俺を殺せば、戦いを辞めれば、彼女は戻るのか!?」


その咆哮にリヴァイは動きを止める。
静寂な室内で、刃より鋭利な光を宿した眼がエルヴィンを刺し続ける。
やがて、数秒の間をおいてブレードを収めると、彼は扉へと向かい始めた。

すれ違いざまに、エルヴィンは低く呟く。

「彼女の捜索要請は出してある。だが、もしもの覚悟は…決めておけ」

リヴァイはそれを耳に入れない様子で横を通り過ぎると、執務室を出て行った。
黙って傍観していたロレは、遠くなるリヴァイの背中を追おうとする。

「君は行くな。彼女がいなくなった日からまともに寝ていないだろう」
「いえ…自分は、リヴァイ班長の部下ですので」

そう言い残すと、ロレはしっかりとした足取りで走り出した。

2人の主が不在となった執務室に、エルヴィンだけが佇む。
彼は掌から流血し続ける紅色を見つめながら、初めて眉を寄せた。


「破滅の種は、芽を出してしまったな」



***



それから5日後。
好天に恵まれた日の正午、エルヴィンの団長就任式は滞りなく進行した。
団長のエルヴィンから、新たな幹部達が名前を呼ばれる。


「兵士長、リヴァイ」


分隊長や副長の面々が一新されていく中、最後に呼ばれた新たな肩書きと兵士の名に、一同がざわつく。
けれど、呼ばれた兵士が返事をすることも、登壇上に現れることもなかった。

リヴァイは就任式を欠席していた───。



「どこ行っちゃったんだろうね…name」

閉式後、分隊長となったハンジは浮かない表情で溜息を吐いた。
貰ったばかりの辞令書を丸めて掌を軽く叩く。
ハンジの隊の副長となったモブリットも、眉を下げ、目を伏せている。

「憲兵にも捜索要請を出しているそうですが…正直、対応できる状況ではないでしょうからね」
「いくらリヴァイの訃報を聞いたからといって、彼女が一人で遠くまで行けるとは思えないんだけどな…」

この5日間で、状況は何ら変わりない。
nameの行方は分かっておらず、兵団を飛び出したリヴァイは、未だ戻ってきていない。

これには様々な憶測が飛び交っている。
もしかして、2人は駆け落ちしたのではないかと言った者もいた。
だとしたら、どんなにいいかとハンジは思う。
それならば少なくとも、悲しい結末ではないのだから。



噂を口々にする兵士達の間を抜けて、ロレは会場を抜け出した。
リヴァイ同様に兵団を出てnameの捜索に当たっていた彼は、昨日のうちに本部へと帰還させられていた。

久しぶりにまともな睡眠を取ったお陰か、頭がきちんと回る。
あの夜のことをもう一度思い出す。
状況整理をしながらリヴァイの執務室に辿り着くと、扉を二度ノックした。
返答はない。

(やはり、まだ戻られていないか)

立体機動で兵団を飛び出したリヴァイは、あっという間に姿を消してしまった。
そのため別行動でnameの捜索を続けたが、まだ帰還していないことから察するに、彼の方も収穫なしなのだろう。

何となしに、ノブを引く。
施錠もせずに主が出て行ったがために、扉はいとも簡単に開いた。

窓からの日差しで逆光になり、中央の執務机と椅子は黒いシルエットとなっている。
椅子が不自然に横向きになっていることに気づいたロレは微かに目を凝らした。
そして、小柄なシルエットが椅子に腰掛けていることが分かると、思わず叫んだ。

「リヴァイ班長!」

シルエットは動かない。
机へ駆け寄りながら自分の誤りに気づいたロレは、すぐに訂正した。

「いえ、リヴァイ兵士長…、戻られていたのですね」
「…………」

リヴァイはロレの呼びかけには無反応で、一点を見つめたまま片肘をついている。
横顔からは疲労の色が窺えた。

一週間以上外にいた彼は決して清潔とは言い難く、うっすらと埃が積もった椅子に腰掛けるのも不本意なはずだ。
けれど、そんなことに意識が向かないほどに考えに耽っているようだった。
やがて、彼は掠れた低音を響かせた。


「なあ、ロレよ……、お前がnameを追った時の状況を、もう一度詳しく話せ」


その命令に、ロレは深く頷いて話し始めた。
推察も含めた彼の話に、リヴァイは耳を傾け、聞き入っている。
そして、ある場面に反応を示した。

「今のところをもう一度言え」
「え?はい…屋上に出ようとしたら一瞬、強い光が見えて」
「その光ってのは何だ?あの晩は流星群だった。それじゃねえのか?」
「いえ、そんな小さな光ではありませんでした。目も開けていられないような眩しさで、そのせいで屋上に出るのが一歩遅れてしまって…」
「そうか……なるほどな」

リヴァイは納得したように、もう一度「そうか」と呟いた。
理解が追いつかないロレはやや困惑する。

「ロレ、感謝する……あいつのために随分と駆けずり回ったようじゃねえか」
「…いえ、自分がもっと注意を払っておくべきでした。そうすればnameさんは…」
「…過ぎたことを言っても変わらねえよ」

リヴァイはそう吐き捨てたが、彼の眼には後悔の念があるように見えた。

「お前の説明のお陰で、一つの可能性が見えた。今はもう……その可能性を信じるより他ねえ」
「その、可能性とは?」

ギッと椅子の脚が床と擦れる音がした。
リヴァイは机に肘を置いて指を組むと、鈍く光る双眸をロレに向けた。


「nameは、死んでねえってことだ」



back