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悲しみや憎しみに魘される夜が明けた。
あれは夢だったのではと期待を抱くけれど、現実は変わっていない。

日が昇る頃、姿を晦(くら)ましていたシャーディス団長と合流したエルヴィンは、状況確認のために一足先に本部へと帰還していた。
本部にいた者達は彼らの帰還にいくらか安堵している様子だった。
どうやら目立った混乱や問題は起きていないようだ。


「エルヴィン…団長をやってくれるか?」


本部を出ようとした折、自分にだけ聞こえるように呟かれた言葉。
エルヴィンは視線だけをシャーディスに向ける。


「私はこのまま王都へ報告に向かう。それが最後の任務になる」



06 違う顔



団長は自らの退きを決めた。
この混乱が落ち着いたら、正式な団長の交代式が開かれるだろう。
そうなれば、幹部の人選も可能になる。

彼の頭には数名の候補者が上がる。
その筆頭として浮かんだのは、リヴァイだった。

シガンシナ区通過の際、巨人の項を削ぎ落としながら追いついてきた彼を見た時、思った。
調査兵を束ねるのに最も適した兵士は、リヴァイであると。
彼の技量は既に班長に収まるものではない。
もっと特別な役職に就かせるべきだ。

エルヴィンは思案しながら、本部の門を抜けようとした。


「エルヴィン分隊長」


向かいから聞こえてきた声に顔を上げる。
目の前には、疲弊した顔の兵士が敬礼をしていた。
彼も今、本部に帰還したのだろうか?


「君はリヴァイの班の…確か、本部待機になっていたはずでは?」
「ロレ・フランツです。この非常時に…申し訳ありません」
「いや、丁度よかった。本部の職務は他の者に任せて、トロスト区にいるリヴァイの元へ向かってほしい。頭のいい君なら右手を使わずとも何か…」
「えっ…リヴァイ班長は、生きているのですか!?」

エルヴィンの口振りに、ロレは表情を変えて詰め寄った。
そのただならぬ様子にエルヴィンは僅かにたじろぐ。

「ああ、残念ながら他の班員は皆死亡したが、リヴァイは生還した」
「ではあの報告書には誤りが…いや、今はそんなことはどうでもいい……くっ」

頭を抱えるように前髪を潰し、ロレは奥歯を噛んだ。

「何かあったのか」
「……昨晩、nameさんの姿が消えました。報告書に書かれた、リヴァイ班長の訃報を耳にしたあとのことです」
「!それで、彼女は?」

大方の事態を把握したエルヴィンは先の言葉を促す。
しかし、ロレは目を伏せて首を振った。


彼女は確かに屋上にいたはずだ。
けれど、駆けつけた時にはその姿はなかった。
建物の下まで降りて遺体がないか確認したが、それも見当たらなかった。
あの混乱の中で、まさか遺体を隠す人間がいるわけもあるまい。
まして、必要もない。

屋上にいると思ったこと自体が勘違いだったと考え直し、一晩かけてあちこちを探し回った。
いつの間にか兵団の外まで行っていた彼は、日が昇ったことに気づくと、一度本部まで戻ってきたのだ。

「リヴァイ班長がいるのはトロスト区ですね?このことを伝えなくては……」

あの人にどう伝えたらよいか。
一晩中駆け回っていた彼の頭も限界にきていた。


「待て。リヴァイにはまだ伝えるな」


エルヴィンの言葉に、ロレは顔を上げた。
目の前にいる上官の碧い双眸は、普段よりずっと冷たいものに見える気がする。


「…何故ですか?」
「今はまだ、彼の心を乱すわけにはいかない。この混乱が収まるまでは」
「っ、しかし!」
「ロレ、理解してくれ。人類のためだ」


冷酷な殺し文句にロレは押し黙る。
納得できない様子の彼から目を逸らすと、エルヴィンは「トロスト区へ向かえ」と命令し、歩みを進めた。


今、リヴァイを乱れされるわけにはいかない。
もし、新たに壁が破壊されたら、彼を戦いの前線に送らなければならないのだから。
使命感に燃える彼の炎を、まだ消すわけにはいかない。



***



目を開けたnameは表情をピクリとも動かさず、屋上にいた時と同じ体勢で座り込んでいた。
瞳に映る物達を瞬きも忘れて凝視し続ける。

淡いピンク色のベッド。
可愛らしい装飾が気に入って買ったチェスト。
一人で食卓と向き合ったテーブル。


ここは、私の部屋だ。


リヴァイと共に過ごしている兵団の一室ではない。
元の世界で、彼女が本来住んでいた自室。
実に2年ぶりに見るここは、奇妙な程に何も変わっておらず、生活感が漂っていた。
冷たいフローリングの感覚がしっかりと伝わってきて、これは"夢ではない"と教えられているようだ。

不意に、玄関の鍵が解錠する音がした。
ゆっくりとした動作で後ろを振り返れば、ドアを開いた人物が唖然とした表情で立ち尽くしていた。


「name…?nameなの!?」


その人は声を荒らげ、乱暴に靴を脱ぎ捨てると、慌ただしく駆け寄ってくる。
そして、強くnameを抱きしめた
その慣れない温もりに息を止め、身を固める。
身を離したその人は、確かめるように彼女の顔を覗き込んだ。


「おば…さん」


2年ぶりだとしても、見間違うはずはない。
抱きしめてきたその人は、彼女に冷たく当たっていたはずの叔母だった。
皺の寄った目尻は変わらず、うっすらと涙が浮かんでいる。
神経質そうな顔をしていることが多かった叔母の、こんなにも切なげで安堵した顔を初めて見た。
そして、この人に抱きしめられたのも、初めてのことだった。

「どれだけ心配したと思ってるの…!?」
「あ…あ、わたし」

何を言ったらいいか分からない。
まともな言葉が発せずにいる彼女に、叔母は涙を堪えながら更に問いかけた。


「あなた、1ヶ月もどこに行っていたの?」


nameの目が、至極ゆっくりと見開かれる。
それは、聞かれたことを理解するまでに時間がかかったせいだ。


「1ヶ月……?」


そうよ、と叔母は壁を指差す。
そこにあったのは、彼女がこの世界を去った年号のままのカレンダー。
9月と10月で止まっている。

「丁度1ヶ月前からあなたが行方不明になって、捜索願まで出しのよ」

あのカレンダーを見ても、叔母の説明を聞いても理解できない。
叔母の言う"1ヶ月"という期間は、nameの時間感覚とは明らかに相違があるのだ。

だって、私が向こうにいたのは"2年間"のはず。


様々な情報の混濁に気分が悪くなるのを感じ、nameは思わず口を押さえてよろよろと立ち上がる。
その際、彼女の肩に掛かっていた鞄がずり落ちた。

壁伝いに脱衣場へ向かい、洗面の蛇口を捻る。
2年経っても、こうした生活の動作は忘れないものらしい。

冷たい水で口をすすぎ終えたnameは、荒い息を落ち着かせながら、そろりと顔を上げた。


「!?」


目の前にある鏡を見て、表情を引き攣らせる。
そこに映っているのは、私。
顔面蒼白で、異常なものを見るような目が揺れている。
けれど、驚かせたのはその顔色ではない。


「顔が……」

震える手で頬に触れる。
間違いなく自分の肌の感覚だ。
しかし、鏡に映る自分の顔は、最後に見た時よりも"幼く"見えたのだ。

それはまるで、2年前の自分が映っているようで。
伸びていた髪の長さも、当時と同じところまで短くなっていた。



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