×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




壁外調査2日目の朝、古城を出発したリヴァイは辺りの静けさに気味悪さを感じていた。
まるで巨人の気配がなく、広大な敷地と静寂が続いている。

(集団で移動したかのように巨人共がいねえ)

だとしたら、奴らは一体どこに行ったというのか?
集団行動を取る知性を持ち合わせているようには見えなかったが。
眉間に皺を寄せ、手綱を握ったまま馬を走らせない彼を不思議に思った班員達は各々顔を見合わせて首をかしげている。

すると、上空をめがけ伸びていく緑の煙弾が視界に入り、リヴァイ班の全員が同じ方向へと顔を向けた。
煙弾が放たれたのは、壁のある方角。

(まさか…帰還だと?)

指揮の意図が掴めぬリヴァイは解せない様子で煙弾を睨む。
そんな彼の背に、焦りを含んだハンジの叫び声が浴びせられた。


「リヴァイ!」


リヴァイ共々、班員が後ろを向けば、血相を変えたハンジが馬で駆けてきていた。
彼女の班員達もそれに続いてこちらに向かってくる。

「団長から帰還命令だ!全員、馬の最高速度を保って壁の方へ向かってくれ!」
「どういうことだ…急な帰還を要するアクシデントが起きたようには思えねぇが?」
「…さっき、赤の煙弾上がったのは見ただろう?巨人を発見した班からの報告があったそうだ。"その巨人は我々を無視して北上していった"…と」
「北上…?壁の方へ向かったってのか?」
「ああ、それも数体の巨人が同じように壁の方へ向かったらしいんだ。その巨人の行動を受けて、エルヴィンはこう結論付けた」

ハンジは額に汗を浮かべ、口の渇きを誤魔化すようにごくりと喉を鳴らした。
そして、同様に乾いた唇を開く。


「───壁が壊されたかもしれない」


瞬間的にリヴァイの眼が見開かれる。
ほんの数秒の沈黙。
表情を固めた兵士達。

リヴァイは信じられないものを見るようにハンジを見つめ、黒目を酷く揺らしたあと、煙弾の放たれた方角へ勢いよく馬を方向転換させた。


そして、彼の黒馬が、風を切り始めた。



03 黄金空の下で見た



調査兵団が壁外へ発った次の日、nameは休暇のために部屋の掃除をしていた。
午前中のうちにその殆どを済ませてしまい、午後はすっかり暇になってしまった。

手持ち無沙汰になり、誕生日にリヴァイにもらった小物入れへと手を伸ばした。
鍵を開ければ、中には彼女の宝物が詰まっている。
その一つ一つを丁寧に磨く。
ムーンストーンのネックレス、イザベルの髪紐、スマートフォン、パスケース、2年前の手帳。

もう電源の入ることのないスマートフォンのボタンを押してみる。
…画面は暗いまま。
わかっているのについやってしまうのは、もう癖みたいなものだ。
このスマートフォンで、前の私はどんなことをしていただろう?

全てを磨き終えて元の通りにしまうと、再び鍵をかけた。
ふう、と息をついたところで、部屋の扉を強く叩く音がした。

「…?」

あまりに乱暴なノック音に違和感を覚えながら寝室を出る。
執務室を進んで扉の前まで来ると、nameは声をかけた。

「どちら様ですか?」
「ロレです」

意外な訪問者にnameは目を丸くする。
どうやら戸を叩いていたのはロレだったらしい。
その忙しない音とは裏腹に彼の声はいつも通り落ち着いていて、妙な感じだった。
nameは鍵を解錠すると、ゆっくりと扉を開けた。
長身の彼を見上げれば、やや表情に乏しいはずのロレの端正な顔に珍しく焦りが滲んでいる。

「ロレくん、どうしたの?」

扉越しの声は落ち着いて聞こえたが、目の前の彼は息を切らしている。
どうやらここまで走ってきたようだ。
右手首には包帯が巻かれ、左手は強く握られている。
扉を叩いていたのは怪我をしていない左の拳だろう。

「nameさん、落ち着いて聞いてください」

予告をするような口振りに、嫌な予感がした。
さわさわと不和な音が耳の奥で聞こえる。
nameは頷くこともせず、表情を固めてただ真っ直ぐにロレを見つめ返した。
やがて彼は意を決して口を開き、耳を塞ぎたくなるような報告をした。


「シガンシナの壁が、壊されました」



***



シガンシナ区。
ウォールマリアの南側に突出した区域であり、人類の最重要防衛区域である。
壁外調査の際、調査兵団はシガンシナの門から出発と帰還をすることになっている。

エルヴィンの提案で帰還命令を下した団長の後ろに続き、調査兵団は早馬でシガンシナ区へと帰還していた。
馬の最高速度を保っていても、一度遠ざかった壁に戻るには相当の時間を費やし、陽も傾きつつあった。
太陽は黄金色に変わり、空も夕刻の顔へと表情を変え始めている。

(早く…、もっと早く走れ…っ!)

時間の経過となかなか縮まらない壁との距離に苛立ちながら、リヴァイは黒馬に揺られていた。
奥歯は強く噛み締められ、手綱は潰れそうなほどに握られている。

やがて、壁の頂き部分が見えてきた。
もう少しだと班員達が声を掛け合っている。
しかし、壁の全貌が見えてきた時、リヴァイは絶句した。


「嘘だろ…壁が…」


誰かの絶望の声が聞こえた気がした。

壁の根本にあるシガンシナの門は本来の形を留めておらず、まるで人間を食らおうとする巨人の口のような穴が、ぽっかりと空いていた。


「班長!?ま、待ってくださいっ!」


班員の叫び声はリヴァイを静止する力は持たなかった。
彼は黒馬の腹を蹴って更なる加速を促すと、班から抜けて壁の穴へと向かった。



リヴァイが他の班を追い越していく間、団長と共に先陣を走っていたエルヴィンは自身の予感通りの光景に顔を顰め、これからの対処方法へ思考を巡らせていた。
壁はどこまで壊されてしまったのか?
まさかウォールマリア、ローゼ、シーナの全てが破壊されてるなんてことが…。

そうして思案していたエルヴィンの目の端に、黒い影が映った。

「!?」

それは死にそうな勢いで猛進している黒馬で、一瞬で自分達を追い抜いていってしまう。
抜かされる瞬間、乗馬主の顔が見えたエルヴィンははっと目を見開き、必死の形相で叫んだ。


「リヴァイ!!!」


彼の叫びも虚しく、黒馬の走行は止まらない。
そして、リヴァイのあとに続くように数頭の馬が駆けてゆく。


「!待て!君たちまで陣形から外れるな!」


駆けて行ったのは、リヴァイ班の面々。
彼らは迷った末に、班長であるリヴァイについて行くことに決めたらしい。
振り向けば、他の班の面々も動揺を隠せない様子だ。

(まずい…!)

壁内に戻ったら始まるであろう戦いに備え、兵士達を一度冷静にさせ、果敢に立ち向かわせなければ。
このまま動揺と恐怖が蔓延した状態で突っ込んでは全滅の可能性も有りうる。
先頭を走りながらも愕然として壁を見つめている様子のシャーディスに、エルヴィンは叫んだ。

「団長!我々も急ぎましょう!!」




黒馬の息はかなり荒い。
壁外調査用に品種改良されているとはいえ、これ程の長距離を休憩もなしに走らせれば、流石に限界を感じるだろう。
それに対し、どれだけ走っても滅多に早くならないリヴァイの心臓は異常な程に早鐘を打ち、彼に鋭い痛みを与えていた。

壁に辿り着くまであと少し。
あの穴の向こうは、恐らく巨人の胃袋の中のように沢山の血が流れ、人々が断末魔を上げているに違いない。
闊歩する巨人に、無抵抗な人間達。
恐怖に顔を歪め、巨人の口へと放り込まれるname・・・───。


「…っクソ野郎が!!」


リヴァイはギリッと奥歯を噛んだ。
冷静さを失っているのは自分でもわかっている。
このまま疲弊した愛馬と共に壁内に突っ込んで、まともに戦えるかもわからない。
けれど、彼女の安全をこの手で確保するまでは走行を止めるわけにはいかなかった。


(俺が行くまで必ず死ぬな!)


あと少しで壊された門へと辿り着く。
リヴァイはブレードを抜くと、いつでも飛び立てるように鐙を踏みしめた。
しかし、彼は後ろから聞こえた意外な声に振り返ることとなる。


「班長!」
「!お前ら…!」


後ろについてきていたのは、リヴァイ班の面々だった。
一人も欠けることなく、全員が必死に彼を追いかけてきていた。

「おい!お前らは陣形に戻って上の指示に従え!」
「我々の直属の上官はリヴァイ班長です!お供します!」
「今の俺の行動は私情絡みだ!わかったら戻れ!」
「それでも!班長だけを1人で行かせるわけにはいきません!」
「ちっ…!」

舌打ちをしたリヴァイの顔に焦燥の色が浮かんだ。
このままでは無益な死を生んでしまう。
だが、ここで足を止めて、nameへ一歩及ばずなんてことはあってはならない。

仲間である彼らに的確な指示を与えるために陣形に戻るか。
彼らを見捨ててnameの元へ走るか。

大事なものの比重は明らかに後者に傾いているのに、彼の心には迷いが生まれ、兵士の自分と、一人の男としての自分の間でリヴァイは板挟みになっていた。

どっちを選択する───?


走り続けるリヴァイ班の馬達は遂に壁の根本まで到着した。
このまま行けば、自分に続いて彼らも歪な穴を潜ってしまう。

「っく…!」

リヴァイは眉を寄せ、苦々しい顔で歯を食いしばると、手綱を思い切り引いた。
急な停止の命令に黒馬は驚き、前足を上げて嘶く。
彼に続いて班員達も慌てて自分の馬を停止させた。

(一旦本隊と合流するしかねえ…)

今すぐにでもnameの元へ飛んでいきたいのに、仲間を見殺しにできないのはやはり自分の性分で。
立ち止まったリヴァイに班員達は安心したように笑う。
彼らのその顔見ると、何とも言えぬ苦い気持ちになった。

壁内側にいる巨人達に気づかれぬうちに本隊と合流しようと、リヴァイが再び黒馬の方向を転換させた時だった。
突如、頭上から岩盤が崩れるような音が響いた。
ぽっかりと空いた穴から亀裂が広がって、その一部が、崩壊した。


「班長!危険です!!!」


劈くような班員の叫び声。
崩れた壁の一部から岩が落ちる。
落下速度と共に重力を増したそれは、リヴァイ班の頭上で彼らに大きな影を落とし始める。

リヴァイの眼に、彼の双眸よりも鈍い灰色をした岩石が移る。
落ちてくる岩は、首ごと吹っ飛ばされた巨人の頭が無様に落ちてゆく様に似ていると、リヴァイは頭の片隅で思った。

どんどん肥大して見える岩の背景は夕焼けの黄金色で、彼らはその優しい色から見放されたような暗い影に覆われていった。



back