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窓から差し込む日差しが鬱陶しいくらいに眩しい。
秋晴れの朝日を受けて伸びた彼の影は、執務机にシルエットを作る。
掌の中にある小さな四角を見つめながらリヴァイは溜息を吐いた。
昨日もまた、この箱の中身を渡しそびれてしまった。

(いい加減、腹を決めねぇとな)

nameだって、ここ暫くの奇行とも言える自分の中途半端な投げかけに疑問を感じているはずである。
機会を伺うのではなく、いっそ期限を決めた方が渡せるかもしれない。


───壁外から帰ってきたら、必ず。


そう心に決め、リヴァイは箱をしっかりと握った。


「リヴァイ?そろそろ行かないと」


nameの声が後ろから聞こえて少し身を固める。
リヴァイは「ああ」と短く返事をすると、彼女が絶対に触らないであろう執務机の引き出し奥に、小さな箱をしまった。

振り返ってnameの顔を伺えば、不思議そうに首をかしげている。
朝の日差しに照らされた彼女の肌は無垢で、まるで白い羽のようだと思った。
引き寄せて柔く抱きしめると、伸びかけの黒髪が揺れた。

「行ってくる」

触れるだけのキスをして、数日の別れを告げる。
nameはリヴァイの背に手を回すと、離れ難そうにぎゅっと抱きしめ返した。
白と黒の二翼に皺が寄る。


「いってらっしゃい」


いつものように微笑むnameの髪を撫でた。
名残惜しいが、数日の辛抱だ。
数日後には、おかえりなさいと言って微笑む彼女を、また抱きしめられる。


そう、信じて疑わなかった。



02 戦う理由



壁外調査初日の夜。
調査兵団は兵站拠点の設置を築くことに成功した。
彼らが身を寄せた古城は、頑丈とは言えないが雨風を防ぐには充分な建物で、秋が深まり風が冷たくなりつつある今夜みたいな日には有難いものだった。

エルヴィンは、これまでの壁外調査に比べ死傷者が少なかったことに安堵するとともに、違和感を覚えていた。
死傷者が少ない理由は他でもない、ここまであまり巨人に遭遇しなかったからだ。
戦闘を避けて通れるのは何よりも好都合なことだが、こんなにも数が少ないのは初めてのことだった。
このまま何もなければいいが…。

(妙な胸騒ぎがするな)

長い遠征に備えて今夜も早く床につかなければならないのに、彼はいまいち寝つきが悪かった。
気分を落ち着かせるためにゆっくりとした足取りで古城を歩く。
澄んだ空気を求めて外に出ると、小柄な背中が目に入った。
見張り当番のリヴァイは地面に腰を据えて焚火の炎を眺めているようだ。

「まだ交代の時間じゃねぇはずだが」

リヴァイは振り返ることなく言った。
その研ぎ澄まされた神経に苦笑しながら、エルヴィンは彼の横に腰を下ろした。

「何だ、エルヴィン」

エルヴィンを一瞥し、リヴァイはやはりぶっきらぼうに問いかける。

「何、ちょっと外の空気を吸いに来ただけだ」
「…………」

座っても背丈に差のある二人の男の顔が、炎の橙色に照らされている。
揺れる炎を見つめていると、不思議と気分が落ち着く気がした。

「お前も兵団に来て1年が経ったが…だいぶ馴染んできているようだな。班長としてもかなり信頼を得ているようで安心したよ」
「必要なことをしているだけだ。中途半端な仕事をすれば死ぬだけだからな」

ぱちぱちと、木が炭になる音がする。
火の当たらない背面を寒く感じ、エルヴィンは微かに身を震わせた。
9月と言えど、こうして暖を取らなければ間違いなく風邪をひくであろう寒さだ。

「秋とはいえ、随分と冷える」
「暑いよりはマシだ。水もすぐにはなくならねぇしな」

そう言いながら、リヴァイはポケットから銀時計を取り出して時刻を確認した。
顔を上げ、壁のある方へと視線を投げる。

(そろそろ寝る頃か)

普段ならばこの時間は、nameと一緒にベッドに入り、しっとりと恋人同士の時間を過ごしている。
一人のベットで寒い思いをしていないだろうかと、彼女への思いを馳せる。

リヴァイの視線の遥か先にあるものを察したエルヴィンは僅かに口角を上げた。


「彼女が心配か?」


リヴァイは目線をエルヴィンに移すと、至極不機嫌そうに舌打ちをした。
nameのことを他人に聞かれるのは好きではない。
特にこの男には。

「壁の中が安全なら、俺はこんなところにはいねぇ」

100年の平和を保っている壁も、巨人という脅威に壊されない確証はない。
壁が壊される可能性がある以上は、巨人の謎の解明を急ぐか、もしくは奴らを絶滅させるしかない。
それこそが広い意味でnameを守ることになる。

「さっさと巨人共を根絶やしにしたいと思うだろ?エルヴィンよ。俺は壁外調査の度に強くそう思う。この問題が片付けば、俺は壁の外になんざ出なくていいんだからな」
「…お前の戦う理由は変わらないな。壁外の広大さを知った今、それを彼女に見せてやりたくはないのか?壁外の自由を手にしたいとは思わないのか?」
「……そんなもんいらねぇよ」

リヴァイの低い呟きにエルヴィンは暫し沈黙する。
他の兵士が聞いたら反感を買いかねない一言だった。

「何故そう思う?」
「壁外の景色を見せることなんざ戦いが終わったあと考えりゃいい。今はただ、巨人共を絶滅させる。それからは、壁の中だろうが外だろうが、どっちでもいい。俺はあいつの生きていける世界に行く。それが俺にとっての自由だ」

流石に面食らった様子で、エルヴィンは目を見張った。
兵団で責務を果たしているリヴァイはきっと、兵士としての志を育んでいるのではと、頭のどこかで思っていた。そう見えるからこそ、彼を尊敬する兵士達も出てきているのだ。
けれど、彼の志は兵団に来た頃と変わらず、寧ろ彼の世界はより強くnameを中心に動いている。

リヴァイが調査兵団にいるのは、あくまで彼女を守るためであり、巨人の解明・絶滅という目的が兵団と一致しているからにすぎないのかもしれない。

「リヴァイ、お前は彼女のために戦っているのだな」

自分の中に出た結論を確認するようにエルヴィンは呟いた。
リヴァイは無言で炎を見つめている。
その沈黙は肯定を意味した。

「もし…nameがいなくなったら、お前は戦いを辞めるのか?」

その問いに灰の双眸が鋭く光り、エルヴィンを捉えた。
数秒の沈黙の中、二人の視線がぶつかり合う。
焚火の薪の中央が炭となり音を立てて折れると、炎は一瞬激しく燃え上がった。


「俺にその未来はねぇよ」


リヴァイの志は固く、強く、轟々と音を立てて燃えている。
それは焚火の様な橙色ではなく、碧色だ。
一見低温に思える炎は、触れれば骨をも溶かす程の熱で燃え滾っている。
その熱は恐らく、これからも彼を奮い立たせ続けるのだろう。
nameがいる限りは───。


「長居したな。交代したらお前もよく休んでおくんだ、リヴァイ」

エルヴィンは声色を変えてそう言うと、静かに立ち上がった。
正直、先よりも眠気は薄れてしまった。

「巨人共の数が少なかったからな、大して疲れちゃいない」
「ああ、明日も戦闘を避けて進めればいいが…もっとも、それを不満に思う者も若干1名いるが」
「あのクソメガネの馬鹿さ加減には付き合いきれねぇな。今日もうぜぇほど騒いでいた」

リヴァイの悪態に笑うと、エルヴィンは古城へと戻っていった。
入口の辺りで振り向けば、リヴァイは先と同じように、壁のある方角へと目線を向けていた。

彼の背にある自由の翼は、人類という大きなもののために羽ばたきはしない。
あの翼が傷つくとしたら、それはただ1人のためだけであり、その傷を癒せるのも、ただ1人だけなのだろう。



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