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Liebe in Vampiren





熱いシャワーを浴び終えたリヴァイは体の水気をよく拭き取ると、清潔な衣類を身に付け始めた。
シャツを取ろうとして自分の左腕が目に入った。

数日前に怪我を負ったはずのそこには何もない。
元通りの筋肉質な腕だ。

あの夜の、次の日。
包帯を替えようとした彼は驚愕した。
たった1日で、深い噛み傷が瘡蓋すら残らず綺麗に消えていたのだ。

それが、最初の異変だった。



03 無言の鍵



nameは慌ただしく髪を拭きながら広い脱衣場を歩き回る。
寝坊した。完全に遅刻だ。
昨日、いつ部屋に戻ったのか覚えていない。
目が覚めたら自分のベッドの上で、兵服を着たままだった。
あれやこれやと思い出すより先に、普段の起床時間を大幅に過ぎた時計の針に気づくと、すぐさま大浴場へと駆け出した。

nameがシャワーを出た頃には、他の女兵士達は訓練へと出払ってしまったようだった。
急いで下着を身に付けズボンを履く。
ベルトを閉めたところで脱衣場の扉が開いた。

「あれ、name?こんな時間に珍しいね」
「ハンジさん!」

ハンジはいつも結っている髪を下ろし、ゆったりとした寝間着姿で現れた。

「寝坊してしまって」
「あはは、これまた珍しいね。じゃあこれからリヴァイに怒られに行くわけだ」
「はい、悲しいことに…」
「私は有難いことに今日は遅番なんだ」

nameは羨ましいと呟きつつ髪をもう一度タオルで拭いた。
彼女がシャツを羽織ろうとした時だった。
ハンジの眼鏡が光った。

「name、首の傷どうしたの?」
「え?」
「酷い傷だね。何かに噛まれたみたいだ」

nameは首筋に触れた。
抉れたような二つの窪みがあった。
途端、昨晩のリヴァイとの出来事がフラッシュバックするように頭の中を駆け巡った。
赫い眼、怪しく光る牙、鋭い痛み。

「大丈夫?顔色も悪いけど、貧血かな」
「いえ…問題ないです」
「そう?噛み痕に貧血の症状なんて、まるで吸血鬼にでも出会ったみたいだね」

吸血鬼。
聞き慣れない名称だった。
nameは疑問を表情に浮かべたままハンジを見た。

「吸血鬼って何ですか?」
「ああ、古い民話でね、血を吸わないと生きていけない男の話さ。本当は禁書なんだけど、まだこっそり隠し持ってるんだ」

内緒話をするように片手で口元を隠しながら、ハンジは楽しそうに言った。

───血を吸わなければ生きていけない。
昨晩のリヴァイの熱い舌をnameは思い出した。
何度も自分の血を舐めとった、彼の舌を。

「あの、ハンジさん。その本をあとで見せてもらえませんか?」
「え?いいけど…今日は本当に珍しいね。君はあまり本を読まないだろう?」
「ちょっと気になることが…」

そう言って眉を寄せたnameの顔は、さっきよりも青白くなったように見えた。
ハンジはその深刻な雰囲気に首を傾げながらも、彼女の首の傷がやはり気になって仕方なかった。



***



昼。
リヴァイは本部の長い廊下を歩いていた。
午後のスタートはミーティングからだ。
昼飯後の会議など、皆どうせ眠気と仲良しになるに決まっている。
壁外調査から帰還した次の日ならば尚更に。

会議室に入ると先客の兵士が視界に入った。
微かに見える横顔からname・fam_nameだとわかる。
彼女は机に顔の側面を押し付けて眠っていた。

随分と緩みきっているなと、普段のリヴァイなら悪態をついただろう。
しかし今日の彼は、彼女に対してとてもそんなことを言える立場ではないと自覚していた。

彼女の後に立ち、眠る横顔を見下ろす。
薄く色づいた頬を見てリヴァイは少し安堵した。

(…朝よりはマシになったか)




壁外遠征の終盤の夜。
リヴァイは謎の飢えに苦しめられていた。
食事は問題なく足りている筈なのに、夜が深まるにつれ腹が減る。
夜中に野戦食を食べてみても満たされない。
食事とは違う"何か"を体が猛烈に欲するのだ。
朝になれば衝動的なものは薄れるが、食事とは別の空腹感は常に感じさせられていた。

そして、昨晩。
自室に戻った瞬間その飢えはピークに達した。
何日も水を飲んでいないかのように喉がヒリついて、例えようのない衝動が体を支配する。
気が触れてしまいそうだった。
そしてnameが部屋に来た時。
その衝動はもっと明確なものになった。

血を飲みたいと思ったのだ。

彼女の白い柔肌に歯を突き立てて、溢れる鮮血に口付けしたいと思った。
リヴァイは必死に頭を振った。
自分に嫌悪感すら抱いた。
変食どころの騒ぎじゃない。
まともな人間が支配される欲求ではない。

しかし暗がりの中でnameと目が合った瞬間。
抑えていたタガは簡単に外れてしまった。

彼女との会話の内容をあまり覚えていない。
もしかしたら、まともな会話すらできていなかったかもしれない。
ただ、nameの酷く怯えた表情は鮮明に焼きついている。
そしてその顔と、白い首に映える赤に猛烈に興奮した。
鮮血を飲んでいる間、舌は甘く痺れ、久しぶりに酒を飲んだ時のような恍惚感に包まれていた。



***



「…ん」

眠っている彼女の口から小さな声が漏れた。
リヴァイは胸ポケットからあるものを取り出すと、nameの顔の近くに置いた。
それは彼女の部屋の鍵だった。

空腹感が満たされた頃。
血の気を失ったnameの顔を見てリヴァイは我に返った。
一気に頭が冷え、自責の念に駆られた。
大事な部下を押し倒し、気絶させるまで自分は何をしていたのだろう。
気を失ったnameを部屋まで運ぶと、静かにベッドに寝かせて施錠した。

リヴァイは鍵から手を離した。
どんな顔でこれを返せばいいか分からなかった。
彼女が寝坊したのも、顔色が悪かったのも、間違いなく自分のせいだ。

「…どうなってやがる」

自分の掌を見ながら、リヴァイは呟いた。
あの晩からだ。
傷が消えたのも、血に飢えたのも。
あの犬に噛まれた夜から何かが変わった。
涎を垂らしながらnameを目掛けて走っていたあの犬と、昨晩の自分が重なるように思えて、堪らなく嫌な気分だった。

「部下を危険に晒すな」

叱咤する言葉は自分へあてたもの。
その声にいつもの強さはなく、静かに落ちて消えた。

班員達の声が聞こえてきた。
会議室の扉が開かれる前に、リヴァイは素早くnameから離れた。


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