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Liebe in Vampiren





壁外遠征から帰還した夜。
nameは自室に戻るより前にリヴァイの執務室へと向かった。


あの晩、リヴァイの腕の傷はすぐに止血された。
酷く痛むこともなかったようで、雨天時用の替えのシャツとジャケットに身を包むと、彼はまるで何も無かったかのように見張りを続けた。
そして、この件は他言無用だと口止めされた。

利き手は無傷とはいえ、戦闘に支障が出るのではとnameは懸念した。
彼女はリヴァイのフォローに回ろうとしたが、そんな必要もないほどに彼は問題なく剣を振るえていた。

あれから数日後、無事帰還できた。
けれど、nameの頭はリヴァイへの申し訳なさと怪我の具合のことでいっぱいだった。
彼にもしものことがあったら。
そう思うと部屋で体を休めることなど出来なかった。



02 霞む世界で見えた



執務室のある廊下へ出ると、丁度リヴァイが部屋に入って行くところが見えた。
声をかけようとしたが、その背中はすぐに見えなくなる。
nameは早足で扉の前まで行くと、一つ息を吐いて静かにノックをした。

「…………」

返答はない。
普段ならばすぐに入れと声が聞こえる筈なのに。
少し待って再びノックをしたが、結果は同じだった。

「…?兵長?」

部屋に入っていくところを見たのだ。
執務室にいるのは間違いない。
nameは1分ほどそこで悩んだ末、遠慮がちにノブを回した。

「失礼します」

扉を開けながら恐る恐る声をかけた。
しかし返事はない。
部屋の奥にある机上の蝋燭には火が灯されていた。
どうやら、彼がここに戻ってきたことに違いはないようだ。

来客用のソファとテーブルの横を歩きながら、薄暗い室内をnameはゆっくりと見回した。
もう一度リヴァイの名を呼ぶ。
けれど、やはり返答はなかった。
もしかして自分の見間違いだったでは。
nameがそう考え出した頃、彼女の足音とは別の音が聞こえた。

それは、小さな息遣いだった。

音の方へとnameは顔を向けた。
すると、本棚と壁の角の闇に静かに佇む男がいた。

「!!!」

nameは思わず声を上げそうになった。
しかし、落ち着いて目を凝らす。
僅かに見える髪型や背格好は見慣れたものだ。
すぐに自分の探していた上官だと判断がついた。

「りっ、リヴァイ兵長…!?どうされたんですか、そんなところで?」
「…………」

nameはどもりながら尋ねた。
リヴァイは終始無言のまま答えない。
その様子に違和感を覚えた彼女は眉根を寄せた。
リヴァイの顔がよく見えない。
確認しようと近寄った時、彼はやっと口を開いた。

「おい、止まれ」
「え…?」
「それ以上、近付くな」

普段より低い声色だった。
nameは言われた通り足を止めた。
彼女は訝しげに尋ねた。

「あの…こんな暗い部屋でどうされたんですか?」
「放っておけ。それより何の用だ」
「…兵長、腕の傷の具合はいかがですか」
「気に留めるな…大したこと、ねぇ…」
「兵長…?」

リヴァイの声が次第に途切れていく。
耳を澄ませば、息遣いがさっきより荒くなっているのが分かった。
明らかに様子が変だ。

「もしかして具合が」

彼女がそう言いかけた時。

「用が済んだなら部屋を出ろ!!」

リヴァイの怒声が部屋に響いた。
nameは思わず肩を竦めた。
しかし彼はずるずると壁伝いに座り込むと、片膝を付いて俯いた。
急いでnameは駆け寄る。
彼は荒い呼吸を繰り返し、肩が上下していた。
nameの脳裏に感染症の文字が浮かんだ。
もしかして、あの犬に噛まれた傷から菌が入ったのでは。

「兵長、医務室に行きましょう!様子が変ですよ」
「放っておけと…言っている」
「できません!熱はありますか?もし感染症ならすぐに薬を打たないと…!」
「っ、触るな!」

nameが彼の額に触れようとした瞬間。
リヴァイはその手を振り払い、彼女を突き飛ばした。
すぐ後ろにあった机の側面にnameの背がぶつかる。
その衝撃で机上にあった燭台が落ちた。
外れた蝋燭が2人の元まで転がってくる。
足元に落ちた火が彼らの顔を照らした。

背中を打ち付けられた痛みにnameは眉を寄せながら顔を上げた。
そして、大きな目を更に見張った。

「リヴァイ…兵、長?」

暗闇の中で、橙色に照らされたリヴァイの顔がぼんやりと見えた。
彼の表情は険しく、額からは汗が滲み出ていた。
しかし、nameが驚いたのはその表情に対してではない。

リヴァイの黒目は赫く、荒い息を吐く口元からは二本の牙が見えた。
鋭利すぎるその歯先はあの晩見た犬のものとよく似ていた。

リヴァイ兵長の瞳は深い灰色。
並んだ歯はいつも綺麗だった。
なら、今目の前にいるこの人は?

頭が真っ白になった。
nameは咄嗟に立ち上がろうとする。
すると彼女の靴底が蝋燭の火を消した。
部屋が完全に真っ暗になった。
恐怖を覚えた彼女が喉を鳴らした。
その音を頼りに、リヴァイは彼女の肩を掴む。
彼はそのまま体重をかけると、力任せにnameを机に押し倒した。

「だから、早く出ろと言ったんだ」

nameは恐怖で息を止めた。
彼の顔が間近にあるのは息遣いでわかる。
さっきの彼の様相とこの状況で彼女は完全にパニックに陥っていた。
それでも声を出せずに顔を強ばらせるしかできない。

リヴァイの息遣いはやがて耳元へと移り、熱い息が吹きかけられた。
ぞくりとした感覚が彼女を襲う。
初めての感覚に耐えられず、nameは逃げるように手を伸ばした。
すると、何かが右手に触れて咄嗟にそれを引いた。

「!」

彼女が引っ張ったのはカーテンだったらしい。
隙間から月明かりが差し込んだ。
突然の明るさに驚いたのかリヴァイは上体を起こした。

見下ろす彼と視線が絡む。
nameは思わず息を呑んだ。
リヴァイの双眸は、さっき見た時よりも鮮明に赫く映った。
見間違いじゃ、ない。

「なあ…nameよ。自分の体がどうなっちまってるのか、俺にもわからねぇ」
「っ…」
「今はただ、ここに噛みつきたい衝動を抑えることができそうにない」

リヴァイはnameの白く浮き出た首に触れた。
びくりとnameの肩が震える。
熱い吐息に反して、彼の指先は冷たくひんやりとしていた。
やめてと言いたいのに声が出ない。
僅かに開いた彼女の唇は震えている。
瞬きを忘れた瞳は恐怖に染まっていた。

彼の中に僅かに理性が残っていたのだろうか。
怯えるnameの表情を見て、リヴァイは悩ましげに眉根を寄せた。
そして、ゆっくりと身を屈めた。

リヴァイは彼女の唇にそっとキスをした。

「…!」

nameはこれ以上ないくらいに目を見開いた。
焦点が合わない距離で赫い眼と見つめ合う。
思わず息を止める。
いつの間にか、体の震えも止まっていた。

すると、リヴァイは彼女の首筋へと唇を移した。
彼は熱い息を吐きながら口を大きく開けた。
二本の牙は銀糸を繋いでいる。
そして、白い肌に噛みついた。

「っあ!痛っ───!!」

鋭利な歯先がずぶりと刺し込まれた。
堪えようのない痛みにnameは思わず声を上げた。
しかし、リヴァイの手がそれを遮った。

噛まれた首がとても熱い。
そこから脈打つ音が頭の奥に響いた。
あまりの痛みと息苦しさでnameの目には涙が浮かんだ。

リヴァイはゆっくりと牙を抜いた。
そして彼女の口を覆っていた手を退かした。

「…っ、はあ、はっ…」

急に酸素が肺に送り込まれnameの呼吸は激しく荒れた。
彼女は唇を噛みながら目を開けた。
涙で潤んだ瞳をリヴァイは見下ろす。
苦しげなnameの表情と、傷口から溢れ出す鮮血が彼の赫眼に映る。
彼女の肩を掴むと、溢れる赤へと舌を這わせた。

「んっ…」

傷口を直接刺激され、鋭い痛みが走った。
nameは彼のジャケットを掴んだ。
もうやめてとばかりに首を振る。
何が起きているのか分からない。
とても頭がついていかないのだ。

一体どれほどの時間そうしていただろう。
次第に傷は鎮痛し、nameは意識が朦朧とするのを自覚した。
リヴァイの息も落ち着いてきた。
彼は口元を拭いながら顔を上げた。
nameの視界に入った彼の眼は、深い灰色へと戻っていた。

彼女と目が合うと、リヴァイの表情に動揺の色が浮かんだ。
労わるような手つきで彼はnameの頬に触れた。

「name」

叫ぶように名前を呼ばれ、nameはなんだかほっとしてしまった。
巨人と戦っているときの彼はいつもそんな風に呼んでくれる。

ああ、よかった。
大好きなあなたの声だ。

ぼんやりした頭でそう思いながらnameは微笑んだ。
視界が霞み、強い眠気に襲われる。
それに抗う力なく、彼女はそのまま意識を手放した。


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