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Liebe in Vampiren





849年。
調査兵団は幾度目かの壁外遠征に出発していた。
ワイヤーに繋がった兵士が空を翔け、巨人の血肉が飛び散ってはどこかで誰かが死ぬ。
人員を減らしつつも、彼らは何とか兵站拠点の設置に成功した。

世界が闇色に染まり巨人たちが眠った頃、事件は起きた。



01 赫い双眸



「今夜の番はお前か」

焚火の揺れを見つめていたnameは聞き慣れた上官の声に顔を上げた。
振り向けば、予想通り。
彼女が所属する特別作戦班の長、リヴァイが立っていた。

「リヴァイ兵長、お疲れ様です」
「もう一人はどうした」
「不調気味ということで今晩は私一人で」
「…なら代わりを立てろ。お前が居眠りでもしたら見張りを置いた意味がねぇだろ」
「あ……仰る通りですね、すみません」

nameははたと気づき、自分の失態に頬をかいた。
誰かに代わりを頼むのは忍びなく、見張りの一晩くらいなら一人でできると見越してのことだったが、兵団全体のことを考えれば配慮が足りなかった。
リヴァイは鼻を鳴らすと、nameの横に腰を下ろした。

「兵長、そんな、悪いです」
「お前は俺の話を聞いてなかったのか?お前一人じゃ十全に欠ける」
「でも…」
「いいから黙って見張りを続けろ」
「……はい、ありがとうございます」

泣く子も黙るリヴァイ兵長は今日も粗暴で近寄り難い。
けれど、彼が本当は優しく仲間思いな人だということをnameは知っている。
今日だって、班員である彼女の様子をわざわざ見に来てくれたのだろう。
でなければ、既に休んでいる筈の彼が見張り番の横を通りがかったりはしない。

焚火の燃える音だけが静寂な夜に響く。
暫しの無言のあとリヴァイは口を開いた。

「お前は調査兵としてかなり腕が立つ。だからこそ、一人で平気だと思ったんだろう」

何の話をされたのか分からずnameは返答に遅れた。
それが先の話の続きだと気づいた時には、彼は二の句を告げ始めていた。

「強い人間はそれ故に感覚が麻痺する。過信は身を滅ぼすからな、気をつけた方がいい。お前も、俺も」
「兵長でもそんな風に考えるんですね」
「……前科がある。だいぶ昔の話だが」

ボッと音を立てて炎が勢いを増した。
伏せ目がちのリヴァイの表情が、少しだけ寂しげなものに見えた気がした。
彼は調査兵団に来る前、地下で有名なゴロツキだったと聞く。
その頃のリヴァイ兵長はどんな人だったのだろうと、nameは何となしに考えた。

「次回同じようなことがあったら、代わりを頼みます」
「ああ、夜の見張り番で一人は避けた方がいい。特に、お前は女なんだからな」
「!……はい」

男達に混じって訓練をしていると、自分が女であることを忘れそうになる。
任務において女だからと特別扱いを受けることはないし、リヴァイだってnameやペトラを他の男達と分別して指示することもない。
だから、彼がそんな心配の仕方をしてくれるのがとても意外で、nameは嬉しく思った。

リヴァイ兵長は不意に見せる表情や仕草が、とても優しい人。
上官である彼に、nameは淡い恋心を抱いていた。


「…!」

リヴァイは矢庭に顔を上げると、辺りの茂みへと神経を集中させた。
何かの気配を感じる。
だが、それは巨人とは違う。

「兵長…?」
「…………」

険しい顔をして黙り込んだリヴァイにnameは首を傾げた。
彼が睨む茂みへと目線を移すと、暗色の草が突然揺れた。
風もないのに草花は勝手に揺れたりしない。
何かがいる、とnameも気づいた瞬間、それは勢いよく飛び出してきた。

「!!」

2人は立ち上がり体勢を整えた。
しかし、よく見ればそれは見知った生き物だった。

「犬…?」

はっはと息を切らしている口からは、長い舌がだらりと垂れている。
全身を覆う黒い毛は逆立っており、唸り声が聞こえた。
二つの目はしっかりと2人を捉えたまま、炎の灯りを受けて時々光った。

「どうしてこんなところに犬が…」
「ここに来る前に村の跡があった。主を亡くした動物が近くをうろついていても不思議じゃねぇ」

ウォールマリアは元々人間が暮らしていた地だが、今となっては巨人が闊歩する無法地帯と化している。
狩りのために犬を飼っていた村は多く、人間がいなくなった地で野犬となって生き長らえたものも当然いるだろう。
そして、野生にかえったが故に凶暴化している可能性も充分にありうる。

リヴァイはブレードに手を掛け、鋭く眼を細めた。
nameも息を止めて身構えた。
しかし、犬は唸るのを止めると、素早く飛び跳ねて茂みの中へと姿を消した。

呆気ない退散にnameは少々拍子抜けをした。
リヴァイは未だ同じ姿勢を保っていたが、暫くするとブレードを収めた。

「火の近くには来れないんだろう。今夜は焚火の勢いを弱めない方がいい」
「では薪も多めに要りますね。持ってきます」

薪とは言っても枝を寄せ集めたものだ。
昼間のうちに積んでおいた枝の山へとnameは近寄った。
神経を張り巡らせていた為か、リヴァイの耳には彼女の土を踏む音がやけに大きく聞こえた。
少し遠ざかった彼女の背中を見つめる。
暗がりで屈んで枝を拾う姿が見えずらいと思った時、彼は思わず叫んだ。

「待てname!すぐに戻れ!」

驚いたnameが振り返ろうとした瞬間、今度は草木の擦れる音少なく、再びそれが姿を現した。
空腹を抑えきれないのか、黒い犬は涎を垂らしながら彼女へと一目散に駆け寄ろうとする。
獲物を狩る機会を、人間が火から離れるのを、茂みの中で静かに待っていたのだ。

(遅かった!)

慌てて立ち上がろうとするnameの腕から枝が零れ、宙を舞う。
リヴァイは脚力に全てを込めて駆け出すが、距離的に間に合わないのは明白だった。
ギリッと奥歯を食いしばる。
両足を止めぬまま咄嗟に腰にあるトリガーを引くと、暗闇目掛けてアンカーが放たれた。

途端、悲痛な鳴き声が耳に届いた。


「…無事か」


枝が散らばる地面に片膝を付いているnameにリヴァイは声をかける。
彼女の目線の先には、首にアンカーを差し込まれ、未だ四肢を動かしている犬の姿があった。
空腹を満たそうと顎を上下させ続ける様にゾッとしてnameは立ち上がった。

「無事です…あ、あの兵長、すみませんでした…よく注意もせずに火から離れて」
「……いや、俺も気づくのが遅れた。動物相手だと甘く見ていたようだ」

これは自分の失態でもあるとリヴァイは思った。
過信は身を滅ぼすなどと説教じみたことを言ったばかりだというのに。
リヴァイは装置を操作してワイヤーを引き抜いた。
アンカーにこびり付いた血液は巨人のものではないため、蒸発して消えることはない。
赤黒い汚れに彼は舌打ちをした。

nameの安堵の吐息と、リヴァイの深い溜息の音が重なる。


───夜の惨事はここで終わる筈だった。


犬はギョロリと目を剥くと、持ち上げられないはずの頭を持ち上げて視界にリヴァイを捉えた。
ただの犬にしては鋭利すぎる犬歯を光らせると、むくりと体を起こして静かに駆け出す。

「…!兵長危ない!!」
「!?」

nameは咄嗟にリヴァイを突き飛ばそうと手を伸ばした
しかし、彼目掛けて飛び跳ねた犬の歯先の方が一歩早かった。

見開かれたリヴァイの眼に映ったのは、自分の腕に食い込む犬の歯と、赫く染まった双眸。
先の致命傷をものともしない顎の力に愕然とする。
何故、まだこんなにも動ける?
犬はリヴァイの腕に噛み付いたまま、傷口を舐めようと長い舌を動かした。
その不快感に彼の頭は途端に冷静になった。
無事な方の手でブレードを引き抜くと、犬の首を下から一刎(ひとはね)した。

「兵長…っ、すぐに止血を…!」

nameはリヴァイの肘から下の袖をブレードを使って裂くと、水筒の水を傷口にかけた。
裂いた布を二の腕に巻いて止血をする。

彼女に応急処置をされるがまま、リヴァイは傷口を黙って見つめていた。
ただの犬に噛まれたにしては深すぎる傷だ。
二本の犬歯の痕がくっきりと残っている。
しかし、その傷の残り方は肉を裂いて喰らおうとしたものには見えなかった。
傷口を舐めようとしたあの舌の感触を思い出すと、不快感と同時に疑問が浮かんだ。
あの犬は何をしようとしていたのだろう。

足元に落ちている犬の胴体は頭を失ったまま動くことはない。
完全に息絶えたようだ。
リヴァイはその亡骸から眼を離せぬまま眉間に皺を寄せた。
赫くギョロギョロと動いたあの双眸はとても普通の生き物のものとは思えず、彼の脳裏に焼き付いて消えそうもなかった。


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