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Liebe in Vampiren





nameはシャツの釦に手をかける。
この手に躊躇いがなくなったのは、いつからだろう。



11 人でない証



「痛むか」

向かいに座るリヴァイにnameは首を振った。
肩の傷を見る度に彼が聞いてくることだった。

「かなり慣れました。巨人の歯もこのくらい可愛ければいいんですけどね」

冗談めかしてnameは笑った。
しかし、リヴァイはぴくりとも笑わず彼女の傷を見つめていた。
肩の傷は塞いでは抉るを繰り返したために、もう既に消えない傷痕になっていた。

「リヴァイ兵長、どうぞこちらへ」

左肩を晒したnameが呼びかける。
リヴァイはゆっくりとした動作で立ち上がると、彼女の横に移動した。
nameは目を伏せた。
この、直前の瞬間だけは未だ慣れない。
互いに沈黙する。
リヴァイの雰囲気が変わったのがわかる。
隣を見れば鋭い赫と目が合った。

「あ…」

とん、とリヴァイに押され背中から倒れ込む。
柔らかなソファに身が沈んだ。
覆いかぶさるリヴァイの顔を見上げ、nameは目を見開いた。

「…兵長?」

戸惑いから声が微かに揺れる。

「どうかされたんですか…?」

nameがそう聞くのも無理もない。
あまり表情に変化のないはずの彼が、悩ましげな顔をしていたのだ。
揺れる赫が、何故だか切ない。
リヴァイはふっと息を漏らす。
そして、困ったような笑みを浮かべた。
見上げてくる大きな瞳を片手で隠す。

「なんでもねぇよ」

視界が真っ暗になった。
しかしnameの瞼には、リヴァイの切なげな顔が焼き付いて離れなかった。
あんな風に悲しそうに笑う彼を初めて見た。
胸が、締めつけられる。

「いくぞ」

合図の言葉だった。
胸につかえるものを感じながらnameは身構える。
その時だった。

「!」

リヴァイの堪えるような息の音と共に、何かがぱたぱたと肩に落ちてきた。
生温かい液体の感触だ。
nameは驚き、身を捩った。

「えっ、へいちょう、どうしたんですか?」

瞼を覆う彼の手から逃れようとnameは首を動かす。
あっさりと解放され、リヴァイをもう一度見上げた。
まだ血を飲んでいないというのに、彼の口から血がこぼれ落ちていた。
口というよりは微かに覗く舌の先端からだ。
どうやらあの鋭利な牙で切ってしまったらしい。

「傷が…」

リヴァイがそう漏らしたのでnameは自身の肩を見た。
傷口まではよく見えないが、リヴァイの血が滴り落ちる度に蒸発のような白煙が上がった。

「どうなってやがる…」

左肩の傷のある箇所をリヴァイが親指でなぞる。
古い痛みに身構えたものの、予感した痛みはやってこずnameは首を傾げる。
リヴァイと目が合ったかと思うと、彼は予告なく彼女の肩に噛みついた。

「いっ!?たぁ…っ!」

nameは思わず大声を上げてしまった。
予期せぬタイミングでの痛みは神経を握られたような衝撃が走る。
涙が滲んだ。

やがて喉を潤したらしいリヴァイが牙を抜く。
彼は傷を見下ろしたあと、ズボンから徐にナイフを取り出した。
きらりと光る刃物にnameは怯える。

「な、何を…?」

リヴァイは答えず、ナイフで自分の人差し指を切った。

「兵長っ!?」

突然の自傷行為にnameはひどく戸惑う。
リヴァイは血が滴る指先で彼女の肩の傷に触れた。

「…やはり」

納得したようにリヴァイは頷くが、nameは全く状況が飲み込めない。

「何がやはり、なんですか?」
「肩に触れてみろ」
「え…?」

nameは言われた通り自分の左肩に触れた。
滑らかな肌触りに驚き、首を無理やり曲げて目視する。

「傷がない!どうして…!?」
「どうやら、吸血鬼の血液は傷を治癒することができるようだ。自分の体だけでなく、人間の体も」

nameの傷に落ちたリヴァイの血が、まるで上書きするように傷を塞いだのだという。
その過程で蒸気が発生し白煙が上がる。
蒸気を発しながら傷が修復されるその様は、さながら巨人の再生を彷彿とさせた。

そうこう説明しているうちに、リヴァイの指の傷も跡形もなく消えていた。

「すごい…!まるで不死身ですね、ただでさえ兵長は強いのに」

nameは肩に触れながら体を起こした。
痛む傷が消えたこともあり、この不思議な事象を楽観的に受け止めていた。
しかし、それが誤りであると彼女はすぐに思い知らされることになる。

「お前の傷を癒せるとわかったのは朗報だった。だが俺は……俺は、どうやら本物の化け物らしい」
「…!」

深い灰に戻ったリヴァイの眼は、落胆とも悲観ともいえる色をしていた。
ああ、馬鹿なことを言ってしまった。
彼は不死身の体など喜んでなどいない。
それは人間ではなくなったということに違いないからだ。

「兵長、待ってください…!」

自室へと向かうリヴァイをnameは呼び止めた。

「兵長が元に戻る方法がないか兵団の図書館を調べてみました。それらしい文献はなかったけど…でも、中央の図書館にならもっと沢山の本があります!その中になら何か手がかりになる情報があるかもしれません」

必死に説明する彼女にリヴァイは迷う仕草を見せたが、やがて口を開いた。

「……中央の図書館なら俺も探した。数は少ないがそれらしい書物はあった。が、あの民話と同じような話ばかりで目ぼしい情報は見つけられなかった」
「っ…でも、まだ他にもあるかもしれません…私も探してみます!」
「やめておけ。俺は正直、自分がこのまま血に狂っていくんじゃねぇかと思い始めている。この現状を打開する方法なんざ、元からないのかもしれねぇ」

nameは口を噤んだ。
彼の眼にはいつもの鋭さがなかった。

「だがまあ、何にせよお前の傷を塞ぐことはできた。それだけはよかったと、心底思う」
「…っ、兵長」
「今夜はもう帰れ。遅くまですまなかった」

nameは次の言葉を探したが、結局何も言えなかった。
悔しさに震える拳で敬礼をする。
彼女は静かに執務室を出た。



人気のない廊下を歩きながら、nameは鼻の奥が痛くなるのを感じて上を向いた。
視界が滲む。
自分の無力さに腹が立った。

(…まだ諦めちゃ駄目だ)

明日からまた手がかりを探そう。
どれだけ時間がかかっても、絶対に見つけ出してみせる。
しかし、それだけでは足りない気がする。
ただ闇雲に情報を探すよりも、大きなひらめきがこの問題を解決する鍵になるような。
そんな気がしていた。

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