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Liebe in Vampiren





初めて見る街並みに目を奪われながら、nameはリヴァイの背中を追った。

こんな華やいだ場所にくるなら、もっと女らしい格好をすればよかったと少し後悔する。
スカートを履いていこうか迷ったのだ。

部屋を出るギリギリまで。



07 ワインとチョコレート



壁に沿ってずらりとボトルが陳列している。
圧巻の光景だった。
初めて入ったワインセラーの中はひんやりとしていて、微かにフルーティーな香りがした。
リヴァイは時々スタッフに声をかける。
銘柄や年代を確認しては試飲していた。

「ワインお好きだったんですね」

彼はやはり大人の男性だとnameは思った。

リヴァイが連れてきてくれたのは王都ミットラス。
彼は船を降りると真っ直ぐこの店へ向かった。
店内を見たnameはすぐに納得した。
彼はいいワインを買いたかったのだと。
わざわざ王都まで足を運ぶくらいだ。
よほどのこだわりがあるのだろう。

「多少は気休めになるかと思っただけだ」

リヴァイは慣れた様子で会計を済ませる。
以前nameが渡したボンボンショコラ。
あれに入っていたワインの味わいは、どこか血の味に似ている気がしたとリヴァイは言った。
上手いこと吸血衝動を紛らわせるためのフェイク品になれば良いのだが。
nameはそう願わずにはいられなかった。



それから2人は街を歩いた。
nameはやっぱりどきどきしていた。
こうして並んでいると恋人同士に見えるだろうか。

昼時は適当なカフェに入った。
適当とはいっても王都のレストランカフェはとても洒落て、スタッフの対応も洗練されている。
緊張の面持ちのnameにボーイが椅子を引いてくれた。
テラス席は風が気持ちよかった。

リヴァイは好きなものを頼めと言ってくれた。
しかし、メニューを見ても彼女にはどれがどういうものなのかわからない。
待たせるのも悪いので彼と同じものにした。
運ばれてきたのは、子羊の肉に特製ソース。

(贅沢すぎる…!)

噛んだ子羊は柔らかかった。
だがあまり心は躍らなかった。
高級なものに違いないのだが、どれも味付けが凝りすぎていて美味しいのかよくわからないのだ。
場に不慣れなせいか、庶民の舌ゆえか。
どちらにしてもこの洒落た雰囲気はnameを背伸びさせるものだった。

「緊張しすぎだ」

ゼンマイ玩具のようにぎこちなくフォークを運ぶ彼女を見兼ねてリヴァイが言った。

「慣れてなくて…こんなところで食事するのは初めてなんです」
「そんな調子じゃ味もわからねぇだろう」
「いえ、そんなことは…」

nameは硬い笑顔でペリエを飲み下した。
気を使わせてしまっては申し訳ない。
彼女は話題を変えることにした。

「このあとは何を買うんですか?」
「買い物はさっきので済んだ。お前はどこか行きたいところはあるか」
「え?」
「俺は中央にはしょっちゅう来てるからな、目新しいものは特にねぇ。だがお前にとっては観光も同然だろう。行きたいところがあれば連れて行ってやる」

彼女のフォークを運ぶ手が止まった。

「どうしてそんなことをしてくださるんですか…?」
「俺の体がこうなってからお前には随分助けられている。その礼だ」

リヴァイの視線がnameの首元に注がれた。
今日の彼女の服装は白のパンツにシンプルなカットソー。
普段、襟で隠れている首からデコルテは惜しみなく晒され、彼が最初に付けた噛み痕がよく見えた。
傷はとっくに塞がっているが、痕はまだ消えそうもない。

「そんな…元はといえば私の」

リヴァイは食事を再開する。
わざと聞こえないふりをしているようだった。
nameは皆まで言うのをやめ、もう一度ペリエを飲んだ。
少し無言が続き、食器の音だけが聞こえた。
やがてnameは表情を明るくして言った。

「お気遣いありがとうございます。じゃあ、一箇所だけいいですか?」



***



あのボンボンショコラがどこの店のものかリヴァイは知っていた。
ミットラスでは有名なチョコレート専門店で、甘いものに関心のない彼の耳にも入るくらい知名度の高い店だった。

「いらっしゃいませ」

ソプラノの声が2人を歓迎した。
nameは目を輝かせた。
リボンを巻かれた可愛らしい箱が種類別に棚に並べられている。
その色彩はとても目に楽しい。
種類の多さにリヴァイは圧倒された。

「わあ…!」

ショーケースに近づいたnameは感嘆の声を上げた。
沢山のチョコレートの粒が綺麗に並んでいる。
四角、丸、楕円形と色々な形があった。
同じ四角でも歪だったり綺麗だったりと、違いが出るそれはまるで人の個性のようだった。

「よかったら試食いかがですか?新作になります」

女性の店員は白い歯を見せて笑う。
二粒のチョコレートを薄いガラスのトレーに乗せると、彼らに「どうぞ」と差し出した。

淡いブラウンの粒をnameは口に入れた。
口の中でゆっくり溶かす。
蕩けるような甘さが広がった。
カカオが少なめのミルクチョコレートだ。

「美味しい」

なんて幸せな味だろう。
まるで頬が落ちてしまいそう。
nameは笑みがこぼれるのを止められなかった。
幸せそうなその横顔をリヴァイは見つめた。
取り繕うことのない表情はまるで少女のようで、彼女が普段は兵士だということを忘れそうになる。

「兵長も一つどうですか?」

nameは屈託のない笑顔を向けた。
リヴァイは少々面食らったように目を見開くと、差し出された粒を口に放り込んだ。



甘いチョコレートと一緒に緊張もとけたらしく、nameはそれからの時間を心から楽しむことができた。
リヴァイが時々、貴族達を皮肉るような冗談を言うので彼女はおかしそうに笑った。
その横顔を、リヴァイはたまにじっと見つめた。
普段の彼らの日常からかけ離れた穏やかな時間が流れた。

ウォールローゼへと戻る船に乗り込む頃には、すっかり日が暮れ始めていた。
橙に染まった水面が眩しく反射する。
あたたかな色はノスタルジックな気分にさせた。

「夕日なんて毎日見てるのに、今日は特別な感じがします」

nameは遠くを眺める。
彼女は今日一日を振り返っていた。
リヴァイは礼だと言ったけれど、本当は"詫び"のつもりだったのではなかろうか。
首の傷を見つめる彼の眼には、いつも後悔の色が滲んで見える。
nameは思わず眉を下げて微笑んだ。
自分はこの傷を後悔していないのに。

(兵長も、少しは楽しかったと思ってくれたらいいな)

自分への"詫び"なんかではなく。
そう、例えば息抜きとして。
彼は忙しくて、背負うものが多い人だから。

nameの瞳が夕日を映して揺れた。
リヴァイはデッキの手すりに軽く凭れながら、今日何度目になるかわからない彼女の横顔を盗み見る。
彼女の寂しげな表情を隠すように風が髪を泳がせた。



***



「チョコレート、買っていただいてありがとうございました」

女兵舎の玄関の前でnameは頭を下げた。
手には袋が握られている。

「礼だと言ったろ。そう何度も頭を下げるな」

夜になった兵舎の外に人影はない。
ちょうど誰もいなくてよかったとnameは思った。
リヴァイといるところを、しかもこんな外出帰りの瞬間を見られたら、女性陣が黙っているはずがない。

「部屋に戻られたらゆっくり休んでください。船旅でお疲れでしょうから」
「そんなヤワじゃねぇよ。お前こそ、明日の寝坊は大目に見ねぇからな」
「あはは、気をつけますね」

nameが軽快に笑ったあと、沈黙が流れた。

(まだ一緒にいたいな…でも)

明日も朝は早い。
nameはあえて先に沈黙を破った。

「おやすみなさい」

微笑んでnameは背を向ける。
ああ、と短い返事が聞こえた。
このまま兵舎の扉を開けようとしたのだが、nameの腕はどうしてか後ろに引っ張られてしまった。

「…兵長?」

nameは振り返り不思議そうな顔でリヴァイを見た。
彼女の腕を掴んだままリヴァイは何か言いたげに口を開けたが、なかなか言葉が紡がれない。
近い距離でじっと見つめ合ったせいで、nameの顔は段々と赤らんでしまった。

すると、リヴァイは徐にワインの袋を持ち上げた。

「…時間が許すなら、部屋で飲んでいくか?」
「……え?」

彼の部屋に呼ばれるのは初めてではない。
血を与えるために何度か足を運んだ。
けれど、こんな風に誘われるのは初めてのことだ。
まるで、初デートのあとのようなやりとり。

「じゃあ、少しだけご馳走になります」

nameはしどろもどろになりながら、ようやっとそう答えた。
心なしかリヴァイが安堵しているように見える。
どうして、こんな誘いを?
そう聞きたいけれど、聞きたくない。
今は、夢のような時間に身を委ねたい。

「なら、行くぞ」

そう言って本部の方へと歩き始めたリヴァイの背をnameは追いかける。
チョコレートの袋が跳ねるように揺れた。

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