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Liebe in Vampiren





「name、これリヴァイ兵長に差し上げて」

同期が渡してきたのはラッピングされた箱。
中央でわざわざ買ったものらしい。
何とも言えぬ顔でnameがそれを受け取ると、同期の子はよろしく、と顔を赤らめた。



06 甘くて苦い



リヴァイに初めて噛まれた夜から一週間が経った。
その間、彼女が部屋に呼ばれたのは一度だけ。
彼は控えめな量を飲み下して唇を離した。

nameはそっと首筋に触れた。
最初の傷はかなり良くなってきた。
しかし新しくつけられた噛み痕はまだ痛む。
そのうち身体中が穴だらけになってしまいそうだと彼女は苦笑いをした。

リヴァイの部屋の前でnameは溜息をついた。
両手に持つのは例の箱。
こういう嫌な役回りは時々やってくる。
英雄でありながら色男でもあるリヴァイを、女達が放っておくわけがない。

(私だってこんなプレゼントしたことないのに)

内心で呟いて、nameはすぐに頭を振った。
卑屈になるのはやめよう。
秘めた想いは秘めたままでいい。
彼の助けになれるだけで充分じゃないか。

ノックするとリヴァイはすぐに顔を出した。
nameの顔を見た彼は、表情に疑問の色を浮かべた。
今夜は約束はしていないはず、と思っているのだろう。
普段あまり見ることのない彼の私服姿にnameはどきっとした。
預かってきた箱を差し出す。

「あ?そりゃなんの真似だ」
「同期の子に頼まれました。中央のお土産だそうです」

リヴァイは憚ることなく眉根を寄せた。
顔に面倒だと書いてある。
いつまでも箱を受け取らない彼にnameは遠慮がちに声をかけた。

「あの、受け取ってもらえませんか?」
「…………」
「…兵長?」

沈黙しているリヴァイを見上げた。
何か思案しているような間だった。
やがて彼は、扉を広く開けた。

「ちょうど茶を淹れたところだ」



***



傾けたポットの先から飴色が注がれる。
アールグレイの優しい香りがした。
リヴァイはカップの一つを彼女の前に置いた。
nameは包装を丁寧に剥がしながらお礼を言った。

「全部開けて構わない」

裸の箱を置いた彼女にリヴァイは言った。
どうやら彼はこの箱にあまり興味がないらしい。
nameは何故だか、同期の子に対して申し訳ない気持ちになった。
丁寧にそっと箱を開ける。
贈り物の中身が姿を現すと、彼女は思わず声を上げた。

「チョコレート…!凄いっ…これきっと高いですよ!」

箱の中でつやつやと光る粒。
中央で買われたものだけあって、一つ一つ丁寧に作られているのがわかる。
上品なブラウンはまるで宝石のようだった。
興奮気味のnameにリヴァイは眼を瞬かせた。

「お前、チョコレートが好きなのか?」
「はい!甘いものは大好物です!」

nameは嬉々として答えた。
煌めく熱い視線をチョコレートに注いでいる。
溶けてしまいそうなくらいの熱線だ。

「丁度いい、お前にやる」
「えっ…でも、これは兵長への贈り物ですよ」
「その箱の薄さはどうせ菓子折りだろうと思っていた。俺は甘いものは好まん」

リヴァイはそう言うと、もう箱の中身には目もくれず、淹れたての紅茶を飲み始めた。

(そっか)

nameは視線を箱に落とした。
急にお茶に誘われた訳が理解できた。
これのためだったのだ。
女の彼女なら好んで食べると思ったのだろう。
甘い想いのこもったチョコレートを。

nameは小さな粒に手を伸ばした。
こんなに可愛らしく、魅惑的なのに。
リヴァイは見向きもしない。
贈ったあの子のはにかんだ顔が浮かんで少し胸が痛んだ。
そして同じだと思った。
自分もきっと、このチョコレートと変わらない。

「…いただきます」

nameはチョコを口に含んで目を閉じた。
小さな球体を味わうように舌の上で転がして溶かす。
上品な甘さが口いっぱいに広がった。
なのに気分は苦い。
舌の上で味わったあと、奥歯で優しく噛んだ。

「!?」

nameはぎょっと目を開いた。
苦みが口に広がった。
それはもちろん気分のせいではない。
眉根を寄せ、口元を押さえながら小さく唸る。

悶え始めた彼女をリヴァイは不思議そうに眺めた。

「珍しい喜び方だな」
「ちがっ、これ…!」

そこまで言うのが限界だったようで、nameは慌ただしくカップを持ち上げた。
アールグレイで苦みを飲み下す。
幸か不幸か、リヴァイはそこで初めてチョコレートに関心を示した。
彼は一粒つまむと、試しに少しかじってみた。
すると、歪になった球体の中から赤い液体がとろっと流れ出た。
リヴァイはその正体がすぐにわかった。

「ワインだな」

上品な香りが鼻から抜けるのを彼は感じた。
これはただの甘いチョコレートではなく、酒入りのボンボンショコラだったのだ。
nameがカップを空にしたことにリヴァイは気づく。

「酒は苦手なのか」
「はい…酔いやすいのもありますが、何より苦味が駄目で」

兵士同士で飲みに行く時も、nameはいつも炭酸水ばかり飲んでいた。

「そのチョコレートなら兵長のお口に合うのでは?」
「まあ悪くはないが…好みもしねぇな」

リヴァイは残りを口に放り込んだ。
甘さと苦さを味わったあと、彼はふと思いついたように呟いた。

「…ワインか」

nameは剥がしっぱなしだった包装紙を折りたたんだ。
酒が入っているとわかった以上、もう食べるつもりはない。

「痛っ」

nameは反射的に声を上げた。
鋭い方の側面を指でなぞってしまったのだ。
人差し指に入った線から薄らと血が滲んでいる。

「切ったのか」
「はい。書類整理の時もよくやっちゃうんですよね」
「見せてみろ」
「いえ、大したことないですから」

nameは胸の前で手を振った。
事実、切った瞬間ほどもう痛くなかった。

しかしリヴァイは彼女の手首を掴んで自分の方へ寄せた。
前屈みになりながらnameは目を丸くする。
彼はじっと指先の傷を見つめた。

「リヴァイ、兵長?」

リヴァイの眼は微かに滲んだ赤に向けられていた。
ワインよりもより鮮血に近い深紅。
甘く彼を誘う。
チョコレートよりも、ずっと甘く。

彼は僅かに口を開けると、彼女の指先を含んだ。

「!」

nameは思わず息を飲んだ。
一瞬で顔に熱が集まったのがわかった。
自分の指を咥える彼の薄い唇に目が釘付けになる。

(もっと凄いことしてるはずなのに)

首を噛まれ、肌を舐め上げられもした。
こんなのは些細なことだ。
なのに、心臓は忙しなく早鐘を打っている。
彼に噛まれるとき、あの唇が肌に触れているのかと思うと赤面せずにはいられなかった。

リヴァイの口内で小さな切り口を広げるように舌が動く。
彼は無意識に違いない。
甘美な深紅を体が勝手に欲してしまうのだろう。

傷口を何度も舐められ、微弱な痛みがnameを刺激した。

「い…っ」

nameは軽く身を縮めた。
それに気づいたリヴァイははっとする。
急いで彼女の指を解放した。

「…悪かった」
「いえ…大丈夫です」

nameは笑って俯いた。
真っ赤になった顔を髪で隠す。
指の切り口は特に広がっていなかった。

2人の間に静寂が流れた。
リヴァイは額に手を当て深いため息をついた。
自責の念にかられているのかもしれない。

「…無理はなさらないでくださいね。必要な時は言ってください」

nameはまだ微かに頬を染めたまま笑いかけた。
指の隙間から、リヴァイは彼女を見た。

「name、次の休暇はいつだ」
「確か…来週の金曜です」

彼の質問にnameはすぐに答えた。
その日の夜に部屋に呼ばれるのだろうと予想した。

「予定がなければ外出の準備をしておけ」
「…へっ?」

咄嗟のことにnameは間抜けな返事をしてしまった。

「行きたい店がある。買い物に付き合え」
「……ええっ!?」

予想と違うお誘いに彼女は目を丸くした。
その顔があまりにも間抜けだったのだろう。
リヴァイが珍しく口元を緩めた気がした。

まだまだ減りそうにないチョコレートを、彼がまた口に放り込んだ。
部屋には甘い匂いが充満していて、nameは余計に胸がどきどきした。


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