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Liebe in Vampiren





リヴァイ班に引き抜かれるよりずっと前。
nameは巨人に食べられそうになっていたところをリヴァイに助けられたことがあった。

「お前は注意力に欠けるようだな。もっと周りの巨人共に意識を向けながら戦え」

それが、初めてかけられた言葉だった。

リヴァイの指摘は彼女の訓練兵の頃からの欠点だった。
nameは、まだひよっこの自分を身を挺して救い出してくれた彼の姿に強く、強く感銘を受けた。
いつかこの人に認められたい。
共に戦える兵士になりたいと思った。

リヴァイ班の一員になってからも、彼は何度も助けてくれた。

あの晩だって、本当なら私が犬に噛まれて終わる筈だったのだ。
もし、あの犬に噛まれたことが原因なら。
それであなたが吸血鬼になってしまったのだとしたら。
私は───。



05 片想い



夜の来訪者にリヴァイは億劫そうに扉を開けた。
彼はnameの顔を見るとバツが悪そうに視線を外した。

「何の用だ」
「今夜の調子はいかがですか」
「…?」

質問の意味が分からず彼は眉根を寄せた。
ちらりと横目でnameを見やる。
彼女の真っすぐな眼差しが向けられていた。

「まあ、悪くない」

昨晩に比べれば随分と落ち着いていた。
彼女といても衝動的なものには駆られない。
nameは頷き、抱えている本をぎゅっと握った。

「昨日のことですが、私なりに色々調べてみました。話を聞いてもらえませんか?」




リヴァイは彼女を来客用のソファに通した。
nameは早々に本題に入った。

「これを読んでみてください」

妙な古本にリヴァイは訝しげだった。
しかし彼は書面に目線を落とすと、静かに文章に目を通し始めた。
元々読書家の彼は読むのが早い。
早々に全て読み終えてしまった。
それまで無表情だった彼だが、最後のページの挿絵を見ると眉を顰めた。

「とんだお伽話だな。俺の嫌いな類だ」
「でも、似た類でもありませんか」
「……なあ、nameよ」
「はい?」
「昨日の俺はこんな顔をしていたのか?」

リヴァイの目線の先にあるのは旅人の挿絵。
二本の牙が恐ろしい。
nameは苦しげに眉を下げた。
何と答えるべきか迷っていた。
リヴァイはそれを肯定と受け取ったらしい。
彼はソファに深く腰かけ直し脚を組むと、自身の口元に親指で触れた。
そして、nameの首に残る痛々しい噛み痕を見た。
あそこに傷がある以上、残念ながら昨日のことは夢ではない。

「…この本はハンジさんからお借りしたものです。色々と考察も聞かせてくれました」

nameはハンジの話を説明した。
吸血鬼に噛まれた人間は吸血鬼化する。
しかし、異性はその限りではない。
あくまで考察の範囲だが、それが正しければ彼女が吸血鬼になることはない。

「勿論、兵長の件のことは伏せています」
「…なら、あの狂暴犬は雄だったということか。よくできた話だな」

皮肉っぽくリヴァイは言った。
nameは曖昧に頷く。
だとしたら、あの犬もどこかで吸血鬼に噛まれたのだろうか?
突然変異でああなることはあるまい。
彼女はあれこれと考えてみたが答えは見つけられそうになかった。

「本当に…申し訳ありません」

nameは深く頭を下げて謝罪した。

「私がきちんと注意して行動していれば、兵長が噛まれることもありませんでした」
「…過ぎたことを悔いても仕方ねぇ。なるようになっちまったんだ。今後どうするかを考えるしかねぇだろ」
「……はい」

nameはゆっくりと顔を上げた。
そして驚きに目を見開く。
リヴァイがジャケットを脱ぎ始めていたからだ。
彼が左の袖を捲って腕を露にすると、nameは思わず目を疑った。

「噛み痕がない…!」
「あの犬に噛まれた次の日には跡形もなく完治していた。これも吸血鬼の力によるものだろう」

nameはリヴァイの腕にそっと触れた。
手当した時、もしかしたら消えない傷痕になるかもしれないと思ったほど深い傷だった。
それがたった一晩で回復しきるなんて、普通の人間では到底ありえない。

「お前の傷が塞がっていないということは、ハンジの推測は正しいんだろう」

綺麗になっている彼の腕がその証明になった。
nameの首の傷は消えていない。
それは、生身の人間の体だからだ。

「…!」

リヴァイの腕に触れていたnameの手が掴まれた。
nameは驚いて顔を上げる。
深い灰色の眼が真っ直ぐにこちらを見ていた。
無条件に心臓が跳ねた。
しかし、目線の先が自分の首元だと気づくと同時に、握られていた手は離されてしまった。

リヴァイは頭を振ったかと思うと、体ごと横を向いて脚を組み直した。
そして、口元を手で覆った。

「兵長…もしかして」
「…数日前から妙な空腹感に襲われる。昨日お前がここを訪ねてきた時は特に酷かった」

懸命に耐え忍んでいたリヴァイだったが、自室に戻ったことで気が緩んだのか空腹感は一気に膨らんだ。
そして、灯りの元でnameと目が合った時。
彼女に姿を見られた時には、彼は自分では衝動を抑えられなくなってしまっていた。

「吸血鬼の姿を見られたら、相手の血を吸わずにはいられない。そうだな?」
「…はい」
「なら早く出ていけ。昨日のようになる前にな」

リヴァイは片手で顔を覆った。
そして顔を伏せた。

暫し、静寂が流れる。
nameが席を立つと、服が擦れる音が聞こえた。
彼女はゆっくりとした動きでリヴァイの真後ろに行くと、そのままソファに腰を下ろした。

「何をしている」

顔を見ずとも、リヴァイが眉間に皺を寄せているのがわかった。

「あの時…噛まれそうになったのが私でなくても、兵長は助けたと思います」
「…………」
「兵長が吸血鬼になったのはもう取り返しようがありません……でも、一つだけマシなことがあります」

nameは慎重に言葉を紡いだ。

「私が女だということです」

リヴァイが息を吸ったのがわかった。
綺麗に刈り上げられた頸を見つめながら、nameは続ける。

「女の私なら噛まれても吸血鬼にはなりません。兵長の空腹感を和らげることができます」

逆にそんなことぐらいしかできないと、nameは申し訳なさそうに言った。
リヴァイは頭を押さえた。

「できるわけねぇだろうが」

リヴァイはまるで自分に言い聞かせるように叫んだ。
上官として、人として、その提案には乗れないのかもしれない。
彼の息が荒い。心なしか肩が上下している。
苦しそうなその背中にnameは努めて明るく言ってみせた。

「大丈夫です!吸血鬼ほどではないですが、私も回復力には自信がありますから」

この場に不釣り合いな明るい声だった。
リヴァイは黙ったまま動かない。
nameは彼の背にそっと触れた。
決して広くはない背中が、耐えるように震えていた。

「大丈夫ですから。こっちを向いてください、兵長」

nameは優しい声色で誘う。
その優しさが、彼のタガを取り払った。

「馬鹿が。どうなっても知らねぇぞ」

リヴァイはゆっくりと振り返った。
揺れるnameの瞳に彼の顔が映り込む。
鮮血のように赫い眼と視線が絡んだ。
鋭利な二本の牙にどきりとした時、nameの体はソファに押し倒された。

ぎらつく赫い眼が見下ろしてくる。
その赫をnameは綺麗だと思った。
昨日とは比べ物にならないくらいに彼女は落ち着いていた。

「首は目立ってしまうので違うところにしてもらえますか?」

nameは静かにお願いした。
リヴァイは黙ったまま彼女のシャツの釦に手をかけた。
一つ、二つと釦が外される度に心臓が煩くなる。
nameは思わず喉を鳴らした。
こんな状況でも、彼に触れられることに胸が高鳴ってしまうのはどうしようもなかった。

三つ目を外したところで襟元がはだけた。
生々しい首の傷から少しずれた白い肩に、リヴァイの眼は釘付けになっている。
彼の冷たい指先に愛撫するように触れられ、nameは堪らず目を瞑った。

「…震えているぞ」
「やっぱり痛いですから…昨日より、優しくしてもらえますか?」
「……善処する」

リヴァイは彼女の肩口に顔を埋めた。
nameは身を固める。
白い肌に熱い舌を這わせると彼は口を開けた。
二本の歯先が突き立てられる。
先端が肉を抉り、深く沈められていく。
nameは肩に走る激痛に顔を顰めた。
思わず彼の背にしがみつく。
リヴァイがそっと歯を引き抜くと、美しい鮮血が溢れ出した。
彼はそれをうっとりと見下ろしたあと、我慢ならない様子で彼女の肩に吸い付いた。

「っ…」
「…痛い、か?」
「平気…っ、です」

口ではそう言っても生理的な涙を堪えられない。
リヴァイは彼女の涙を指先でそっと拭った。
労わってくれる彼の仕草に、nameは胸が締め付けられる。
苦痛に耐えながらも無理やり笑って見せた。

───リヴァイ兵長は優しい人だ。

とても部下思いで、強くて。心から尊敬している。
凶暴犬から守ってくれたのは、自分が大切な部下の一人だからにすぎないことはわかっている。
彼がこうして血を吸えるのがその証拠。
吸血鬼が拒むのは愛する人の血だけ。

だからきっと、昨日の口付けにも深い意味はない。

「リヴァイ兵長…」

nameがしがみつくと、リヴァイは応えるように彼女を抱きしめた。
大好きな人とまさかこんな形で抱きしめあうことになるなんて思ってもみなかった。
与えられる痛みの中で、nameはぼんやりとそう思った。

例え庇われたわけじゃなかったとしても。
彼が苦しんでいるとわかったら、自分は迷わず血を差し出しただろう。
痛い思いをしてもやっぱりあなたが好きだから。
あなただからこそ耐えられると、こんな関係に心酔してしまうのだ。

nameは震える吐息を吐きながら目を瞑った。
溢れた涙が睫毛を濡らす。
彼女の目尻から滴がこぼれ、一筋の線を描いて落ちた。


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