「ガキの頃を除けたら、お前の家に乗り込んだ時が俺との初対面やと思とったやろ。俺に接客したこと忘れてな。薄情な奴や。それかお前、眼鏡フェチか」


『はぁ?』

 それまで結城の話をしんみりと聞いていた花月が素っ頓狂な声を出した。それは当然『眼鏡フェチ』という言葉に対してのリアクションである。


「自分の人相が悪いことぐらい自覚しとるからな。まあ、こんな商売や。人相悪いくらいでちょうどええ。ただな、お前にビビられでもしたらと思たら、俺でもそれなりにダメージ食らう。で、眼鏡で行った。……鳴海の奴も眼鏡無しやとアレや。冷血漢を絵に描いたような目しとるやろ。それで俺もインテリ臭い眼鏡でも掛けたら堅気に見えるやろう思ってな」


 花月は噴き出した。ブフッ、と盛大に。それでもその場は静かなものだったが。


「その格好で何回も店に行ったし、お前に接客もされた。お前、俺がいつも頼むもんまで覚えとったぞ。顔と好みまで認識しといて、眼鏡外したら知らん奴かい。薄情もんか、眼鏡フェチやな」


 花月の意識が無いと思って散々な言いようである。それにこの話はおそらく結城の中では恥部なのだろう。だからこそ二年もの間話さずにいたのだ。


「いらっしゃいませ、って俺を迎え入れるお前を抱きしめてやりたいと何回思ったか分からん。お前に笑顔を向けられる度に子供の頃のことを覚えとるか確かめたくて仕方なかった。どうしたら俺のもんになるかって、そんなん考えながらコーヒー飲んどったわ」


 自嘲するような笑みを浮かべて、結城は花月の頬を撫でる。そして苦しそうに顔を歪めて、絞り出すように口を開いた。


「……お前の目が覚めるなら、俺が代わりになってもええって、そんなことすら言うてやれんクソみたいな俺を……許してくれ」


 結城には立場がある。責任もある。野望も、夢も、思い描く未来も。仮に身代わりになるなんて言われたとしても、花月はそれを喜ばない。けれど、そもそもが非現実的な仮定なのに、そうしてやれないと本気で苦しむ、その想いが嬉しかった。


「代わってはやれん。それでも、お前が起きるまで、何があっても、絶対……そばにおる」

『アホか、それで十分や』

「……ほな、寝るか」

『おう。休め休め。お前の顔色悪すぎやぞ』


 自分の声が聞こえていない。山下となら感じなかった虚しさや寂しさが花月の胸を蝕んだ。最後に結城に掛けた言葉が憎まれ口だなんて耐えられないと思った。結城以上に大切な人間なんていないと思うほど、結城を想っているのに。大好きだと、愛していると満足に伝えることもできず、このまま死んでしまったら……そんな恐怖でいっぱいになる。


『……おい、起きろ。ええ加減目ぇ覚ませ。そこで寝てる俺をぶん殴ってくれてもええ。とにかく起きさせてくれ。それで、お前に、ちゃんと……もう一回会いたい……』


 花月の懇願は誰にも届かない。結城にも伝わらない。絶望感に包まれた花月が涙を流した時、まさにその目元に結城の唇が触れた、ように感じた。おやすみ、という結城の声がしたと思うと、花月の意識が遠のいていった。


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