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涙を堪えるようにきつく閉じていた目を再び開いた結城は、目が少し充血していること以外は平素と変わらない凄味のある顔をしていた。こうして、いつも気を張って、自分を強く見せることを義務付けられている男が、微かに見せた弱味が花月の胸を締め付ける。
『俺は大丈夫や。割と元気やぞ』
声を掛けたけれど、届きはしない。こんな意味不明な状態ではあるけれど、気付いてはもらえないけれど、せめてそばにいようと思った。ICUから出て行く結城についていく。あともう少しで自身もICUから出るというところで、花月の足は意思に反して止まった。
それは奇妙な感覚だった。なぜかは分からないが、ここから一歩も進んではいけないと頭で理解していた。結城のそばにいたいと感情は叫ぶのに、足は動かない。
『結城!』
そう大声で呼び止めても、口が動いているだけで実際に声が響くことはない。結城はしっかりとした歩調で歩いていく。もうその背中は遠くなっていた。
結城の姿が見えなくなると、なんとなく自分の身体のそばに近寄った。今の自分の状況は、幽体離脱というやつなんだろうか、と考える。それならば身体に戻ればいいだけなんじゃ? とまで考えて、水泳の飛び込みのように勢いよく頭から突っ込んでみたが、目を開けるとそこはベッドの下だった。そりゃそうか、と独り言ちた。その場で立ち上がると、自分の身体の胴体部分から生えているような状態になる。青白い顔をした自分を見下ろしていると、また最悪な気分になった。
勝手に拗ねて、喚いて、飛び出して、事故に遭って。結城に罪悪感を抱かせて、泣かせた。あの結城を、泣かせた。
『……クソや』
聞き分けはいいつもりだった。父親に我が儘を言うこともしなかったし、部活だってサークルだってバイトをする時間に充てた。お金が無いのだから仕方がないと思っていた。家事をすることも、節制した生活を送ることも、嫌だなんて言わなかった。仕方がないから。そう思って生きてきた。
それなのにどうしてだろう。結城には、ついいらないことを言ってしまう。感情に任せて行動してしまって、あとで後悔することが多い。大事な存在なのに。結城の代わりなんて他にいないのに。どうして我が儘ばかり言ってしまうのだろう。なんで、優しくしてあげられないんだろう。
結城はこんなにも、大切にしてくれるのに。だからって、甘えきっていい訳がない。同じだけ、それ以上に、結城を大切にしなきゃいけないのに。
『おい……ほんまに目ぇ、覚めるんやろうな? ずっとこのままとか、シャレにならんぞ』
眠っている自分に話しかけたところで答えが返ってくるはずもない。
もし、いつまでもこのまま起きなかったら? ここでずっと自分の身体を眺めているのか? 結城が見舞いに来て辛そうにするのを眺めているだけ? いつまで? いつまで結城はここに来てくれる? こんな、眠っているだけの自分に……いつまで付き合っていてくれるのだろうか。
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