次に意識が戻った時、花月の目の前には所謂ICUと呼ばれる場所で大量のチューブやらコードやらに繋がれた自分の姿があった。
 思考が停止する。何が起きているのかさっぱり分からない。乾いた笑いが口から漏れたが、それは音にはならなかった。自分の置かれている状況が不明過ぎて『は?』と言った。しかしそれも音にはならない。


『何じゃこれ! まじ意味分からん!』


 大声を出したつもりだった。でもその場に響くのは、ピ、ピ、という花月の心臓の動きをモニターしている機器が出す無機質で規則的な音だけ。
 おかしい。全部。何もかも。発狂しそうだった。いや、狂ったように喚き散らした。けれどその空間はとても静かだった。それに何だかボーッとしているような感覚が常にある。疲れている気がする。立っていられないと感じた花月は、その場にへたり込んだ。

 しばらくの間、眠る自分を眺めていた。顔は案外綺麗なものだが、頭には大きなガーゼがくっ付いているし、全体をネットで覆われている。頭を固定する器具のような物が首には装着されているし、何も掛けられていない上半身はボロボロだ。見えないが、下半身も同じだろう。
 そういえば車に轢かれたんだった、と思い出す。白い軽自動車が自分に向かって突っ込んでくるその刹那、妙にスローモーションで進む時間のせいで運転手の顔まで見えてしまった。運転手は眠っていた。居眠り運転だった。そのせいで、自分はこうなっている。……最悪の気分だった。

 どのくらいそうしていたのか分からないが、その間も花月の心臓は規則的に動き続けていたし、医療従事者が様子を見に来ることもない。落ち着いている状態なのだろう。事故に遭った日から、何日経過しているのか。そんなことが気になりだした時、眠る花月のそばに一人の男が近寄って来た。
 その姿には唖然とした。マスクや帽子、それと同じ色をした割烹着のようなものまで身に付けている。あの男が。割と見目を気にする結城がだ。何だか少し笑ってしまいそうになる。


「……10分したら出ろ、やと。短すぎやろ。さっさと起きて、普通の病室に移れ。このアホが」


 結城の声にはいつもの覇気が無かった。頼りなく、ボソボソと喋る姿が花月に切なく映った。そ、と指の背で眠る花月の頬を撫でる手つきも平素の結城とは異なる。いつも包むように優しく触れてくれた手が、今は微かに震えている。


「治んのか、これ。……なあ、花月。ほんまに……」


 結城がぎゅっと目を瞑る。マスクや帽子で覆われた顔は目と眉しか出ていないけれど、普段の凛とした眉が下がって、眉間の皺も薄い。まさかと思ったが、そのまさかで。


「……悪かった。俺が、すぐに追いかけとったらこんなことにはならんかったのに……!」


 結城の声は震えていた。零れないようきつく目を閉じていても、目尻に涙が滲んでいた。
 結城が泣いている。花月は慌てた。慌てて抱きついて、その泣き顔が誰にも見られないように顔を隠してやろうとした。髪を撫でて慰めようとした。
 でも駄目だった。花月の手は、結城の頭をスカスカと通り抜けていた。


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