綺麗に整った中性的な顔をした男が、不機嫌さを隠そうともしていない表情をして歩いている姿は、金曜の賑やかな夜の雑踏に紛れてもそう少なくない注目を浴びていた。そんな視線にすらもまた苛立ち、舌を打つ。チッ、と自分の耳に届いた音に、今現在イライラしている元凶の男を思い起こさせられて、さらに苛立つ。
 ひどい堂々巡りだと、自嘲したくなった。二十歳も過ぎているくせに、些細なことで怒る自分が情けない。拗ねて、喚いて、部屋を飛び出した。でも所持品のいくつかに付けられているというGPSのせいで、居場所は簡単に割り出されてしまう。いつも守られて、甘やかされている自分。
 ……分かっている。どう考えても過干渉ではあるけれど、それが幸せなことだということは。けれど、どうしようもなく虚しくなる時だってあるのだ。

 相手はヤクザの組長。若くして何百という人間の頂点に立ち、何千という人間を使い、想像もつかないほどの金を動かすような男。
 野獣のような顔をしているくせに温かさを瞳に湛えて自分を見つめる。人を痛め付ける術を熟知した手が優しく自分に触れる。好きだとか愛しているだとか直接的な言葉を言われなくたって、実感できるのだ。自分はこの男に愛されている。それも、どっぷりと。
 でも不満がないわけじゃない。そのある意味重いとも取れるほどの想いのせいで、一線を引かれている。愛しているからこそ身を引くという行為をこの男はいとも容易く行ってしまうのだ。それが嫌だった。


「忙しいんか?」

「時間が作れん訳やない。そんなんは関係なしにそもそも行く気が無い。俺が行ける訳ないやろ、普通に考えろ」

「なんで、何でそうなんねん。俺が来てくれって言うてんのに」

「俺が極道もんで、お前の周りはそうやない。せやからお前の父親の三回忌なんぞに俺は顔を出せへん。そんだけや。もちろん香典は用意する」

「お前がヤクザかどうかなんか関係ないんじゃ! 俺のそばにおってくれって言うとるだけやろ」

「……アホ、無理や。またどっかで時間作って二人で墓参りに行くぞ。そんでええやろ」

「いらんわ! ボケ!」


 それで部屋を飛び出した。
 相手の男……結城の言っていることは分かる。それが正論だということも理解している。親戚連中にヤクザとの関わりがあることを知られるのは良くない。そもそもそんな場に、身内でもなんでもないヤクザの組長と連れ立って行く阿呆がどこにいる。
 でもそれが何だというのが自分……花月自身の思いだった。男手一つで育ててくれた父親が事故で死んでしまい、たった一人になったあの時。手を差し伸べてくれることもせず、ただただ金の話をしてきたような親戚に、気を遣う必要などない。
 多額の借金を肩代わりして、さらには生活費や学費ですらも面倒を見てくれた。家族愛ではないけれど、愛情を向けてくれる結城こそが、花月にとっては大切な家族なのだ。父親の三回忌に共にいたいのは、結城ただ一人だ。


「何で分かってくれへんねん……結城のアホ、ボケ、カ……」


 カス、と続くはずだった憎まれ口は、目に飛び込んできた衝撃的な出来事のせいで止まった。
 そして花月の身体が浮いた。
 ドン! という大きな音を立てて浮かんだ身体が車のフロントガラスに打ち付けられる。花月をボンネットに乗せたまま道路脇の電信柱に突っ込んだ車がようやく動きを止めると、けたたましいほどの叫び声がその場に響き渡った。


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