半年以上かけて、無事に自動車の普通免許を取得できた花月。今日は初めて、一人で車に乗ってお出掛け。行き先は、実母の屋敷だ。
 結城と暮らすことを伝えた日。たまには遊びに来るようにと言われ、花月は頷いた。しかし、実際に会いに行く気はなかった。それが花月なりのケジメのつもりだった。

 数日前、結城組の事務所に花月宛の手紙が届いた。差出人は不明だったため、花月の手元に届いたのは山下が中身を確かめてからだったが。
 山下に急かされながら手紙を読んだ。差出人は実母。内容は『妊娠をした』というものだった。


「花月さん! おはようございます!」


 組が所有する車の整備士が大きな声で挨拶をした。彼は組員というわけではなく、車の整備を専門に結城個人に雇われている。おかげで、恐いという印象を受けない。いつまで経っても組員を恐がって馴染めずにいる花月だが、彼は別だった。柔らかい印象を受ける標準語も一因かもしれない。


「おはようございます。航平さん」

「ご実家に行かれるの、今日でしたよね。花月さんのラパン、今日は特別綺麗に洗車しておきましたよ」

「毎日何台も洗車して大変ですね。ありがとうございます。……あれ? 今日は自分で運転して行ったんかな?」


 いつも停まっている場所に、結城の愛車が無いことに気が付いた。いかにもなレクサスが結城の愛車だ。


「あ、組長ですか? 今日は風見さんの運転で出られましたよ」

「そういうこともあるんや。あいつが自分の車運転させるんなんか珍しくないです?」

「そうですね。鳴海さんと風見さん以外には俺も見たことありませんよ」

「へー! やっぱ風見さんって結城に信頼されてるんやな」


 実際、結城が信頼している人間はただの二人。鳴海と風見だけだ。他の人間には裏切られることもあるだろうという前提が常にある。
 何よりも大切な花月の世話役を山下に任せたのは、山下が風見を裏切ることはないと知っているからだ。結城のために動かなくても、風見のためなら動く。山下がそういう人間であることを結城は知っている。


「運転、気を付けて下さいね。お一人で運転されるの初めてですよね?」

「大丈夫やと思うんですけど……そんな遠いわけやないし」

「カーナビは車を動かす前に設定して下さいね。絶対に運転中に操作しちゃダメですよ」

「そんな余裕ないですって」


 航平から車のキーを受け取り、運転席に乗車した。まずはシートベルトをする。カーナビの目的地を実母の屋敷に設定してハンドルを握った。ギアをドライブに入れて、ブレーキペダルから足を離す。航平が帽子を取って、頭を下げている姿を視界の端に捉えて、苦笑する。
 俺に対して、そんなに礼儀正しくする必要はないのに、と。妙に恭しく接してくるせいで、余計に組員のことが恐いと感じる花月だった。


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