「何をふざけたこと抜かしとんのじゃ、クソじじい。俺は結婚なんぞせんって言うたやろが」


 電話の向こうで、俺の最も敬愛するクソじじいが柔らかく笑う気配がする。ああ、今回も結局は言い負けてしまうんやろう。そんな予感がした。


「儂の知る限りでは、相手のお嬢さんも乗り気ではないようじゃ。野田と縁戚を結びたいという政略結婚に利用されとうないんじゃろう。ただのう、ここで貸しを作っておくと後あとが楽でな。会うだけ会ってくれんか。もちろん会いさえしてくれれば、断って構わん」

「……相手は?」

「なに。小さな銀行じゃよ」


 俺はわざと大袈裟に溜め息を吐いた。このクソじじい。最初から俺に拒否権与える気無いやんけ。


「どうせ断るんやったら、狼でもええやろ」

「まだあいつはそこのところで子供でな。『どこぞの女と会う時間があったら鈴音に会いたい』などと抜かしおった。少しは成長したかと思えばこれじゃ。二言目には鈴音、鈴音。まずは……」

「あー! もう分かった! 俺が見合いでも何でもすればええねやろ。ただし先に言うとくぞ。俺は絶対断るからな。それでええように運んどけよ」

「すまんな。すぐにお前に頼るのは儂の悪い癖じゃ」

「分かっとんねやったら治せ」

「治す気はない。じじいの我儘くらい孫は大目に見るもんじゃ」

「アホか、逆やろ。……詳しいことは鳴海に伝えといてくれ。ほなな」


 電話を切る。面倒なことになった。ビジネスとはいえ、見合い……花月に何て言おうかと考えて、気付く。
 気にしそうにない。俺が見合いしようが何しようが、あいつがそんなことで狼狽えるのを想像できへん。そこで嫉妬でもしてくれたら、嫌々な見合いでもする甲斐があるってもんやけど……ないな。


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